第23話そのアイドルの名はエリア5i(ファイブアイ)
「あのね、あのね……わ、わっ、私ね。私ね。ミチェリっていうの……。おじいちゃまの名前も教えて?」
「ああ……わ、わわっ、私の名でございますか!私はぁ!!東明(あずまあきら)と申します!何卒、お許しくださいぃい!!むへへへっ!!!」
「……アズマ、アキラ?……あははっ、変な名前!でも……嫌いじゃないかも。アキラおじいちゃまって呼ぶのも悪くないかな?」
「むへへへへっ、ミチェリお嬢様のお好きなように呼んでいただければ結構でございますぅ!」
「うん、わかった。じゃあ、アキラおじいちゃまって呼ぶことにする。あははっ、おじいちゃまって面白いね!」
「ありがたき幸せぇええええぇえ!」
「うふふ、それにしても異世界から来た人ってみんな変な名前してるんだねぇ……ふふふ」
「え?ええ、まあそうかもしれません。ははは……」
ミチェリと名乗る魔女は安堵したのかご機嫌な様子で鼻歌を歌いながらスマホを操作している。私は小瓶から取り出したトウメインの錠剤を握り締め、飲み込むタイミングを図っていた。
さて、これで後は透明になってこっそり逃げるだけだ。幸いなことに、この魔女はスマホに夢中になっているようだし、気づかれることはあるまい。
……よし。
……よしっ、今だ!
……いや、本当に今か?
……もっと待った方がいいんじゃないか?
ここは念入りに……慎重に……あっ、鼻を掻いている!
今なら!うわぁ、今しかないぞ!
……あ、ダメだ。何かこっちを見ているような気がする。
「ねえ、ねえねえ~アキラおじいちゃまぁ」
「うひゃあぁいっ!?何でございましょうかぁっ!!!」
私は心臓が止まる思いだった。
だが魔女はスマホの画面をこちらに向けて無邪気な笑顔を浮かべているだけだった。
「……うふふ、すごいでしょ!みんな倒した!ほらほら見て!見てみて!!」
「おおぉお、素晴らしいですな!お見事でございます!!」
くそっ、何をやってるんだ、私は!
さっさとトウメインを飲んで逃げればいいものを……こんなに時間を無駄にして!
「……えっと、それでね、おじいちゃま。あのね、お願いがあるんだけど」
「は、はひっ!なんなりとおっしゃっていただいて構いませんよ!!」
「あのね、さっき見せてくれた女の子達のことをもう一度見たいの!いいでしょ?ねえ!」
「えっ、あ、ああ、もちろんです。ちょっと待っててくださいね。えー……」
私はミチェリにスマホの操作方法を教え、再びアイドルの映像を見せてやる。これで彼女は勝手にスマホで遊び続けるだろう。その間に私は逃げればいい。スマホを失うのは痛いが、拷問されて殺されるよりはずっとマシだ。
「…………」
「ねえ。この子達って何なの?どうしてこんなに可愛い格好で大勢の人の前で歌ってるの?」
……そんなことを聞かれても困るが、ここで適当に答えればボロが出るかもしれない。慎重に、丁寧に、わかりやすく説明してやらねば。決して怪しまれてはならない。
「えっとですね、それはですな。彼女たちはアイドルと言いまして、あー、何と言えばいいか……つまり、そう、あの世界の人々の憧れの的……といったところでしょうかね」
「……ア、イ、ド、ル?……ふーん、そうなんだぁ。へぇーえー……」
周囲は不気味なまでに静まり返り、私たちの言葉だけが響き渡っている。
まるでここだけ時間が止まってしまったかのような錯覚を覚えるほどに辺りには何の気配もなかった。しかし、この時の私にはそれを疑問に感じる余裕はなかった。
「はぁ……私も、こんな風にきらきらして……みんなに応援されてみたいなぁ……」
彼女はスマホを眺めながら、ぼんやりと呟く。
「そ、そうですか。はは、きっとなれますとも。ミチェリお嬢様なら……ね。はははははっ!」
「……アキラおじいちゃまもアイドルになったことあるの?」
「い、いえ、私はそういうのとは縁遠い存在でしたので……でもですね、私も若い頃はたくさんの女性からキャーキャー言われてたんですよ!まあキャーキャーと逃げられてばかりでしたが……どひゃーっ!たははは……」
私は冗談めかして笑うが、ミチェリは笑わなかった。彼女はスマホを胸に抱いたまま、私の顔をじっと見つめていた。その視線に耐えられず目を逸らす。
「……私も……応援してもらえるかなぁ?」
消え入るような声で彼女が問いかけてくる。
その問いに対する明確な回答など持ち合わせていないし、正直言ってどうでもいい。しかし……。
「私が応援します!あなたさまのファン第一号になります!だから、安心してください!」
「ほんとう?本当に本当?」
「ええ、ええ、約束します。どんなことがあっても必ず、私はあなたのことを一番に応援し続けます!……うひょあぁあぁああ!!ファンレターも書いちゃいますぅうう!!」
「お父さんやお母さんがいなくても私のことバカにしない?嫌いになったりしない?ちゃんと応援してくれる?」
「ええっ!?あ、はい。もちろんですとも!例えば今ご覧のアイドルグループのその、真ん中にいる女の子。彼女は孤児で親がいませんが、それでもトップアイドルとして立派に活躍しています!」
「…………」
「あ、あの……?」
「……ねえ、この子たちのこともっと教えて?」
「はっ、はい!構いませんよ。それでは……」
私はトウメインを飲むことも忘れ、彼女の質問に一つ一つ丁寧に答えていた。
私の世界について、アイドルとはどんな存在なのか、そしてこの子たちが何者なのか。
彼女は興味津々で私の話を聞き、時折笑顔を見せたり、驚きの声を上げる。
……この子は一体何を考えているのだろうか。なぜ私のような気味の悪い爺さんの話をここまで真剣に聞けるのだろうか。
「この日良居遊歩(ひらいゆうほ)という子がですね、バク転4回からの宙返りが得意で……見てください。ほら、くるくるっと……」
「うわぁ……すごぉい……」
「こっちの子がですね、梨藤るぐれ(りとうるぐれ)ちゃんといって、居合切りの特技を持ってて……あっ、居合切りっていうのは……」
「うん……うん……」
「あとですね、この……」
「うふふ……あははっ……」
私はすっかり夢中になり、ミチェリと二人で一緒になってスマホの中のアイドル達に魅入っていた。
だから私はミチェリが泣いていることにしばらく気が付かなかった。
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