第6話My name is Azuma Akira.

私は藁人形になりきる。

私はただの藁人形だ。何も考えてはいけない。ただの藁人形だ。


そう自分に言い聞かせて、私はじっと耐える。


怪物が奇怪な雄叫びを上げて、丸太のような腕を振り上げる。

うわぁっ、もうダメだ。


左脳よ、何をしている!いつまで寝てるんだ、助けてくれ!


その刹那のことであった。


『へへへっ、悪い悪い、ずいぶん待せたな!』


おおっ、私の左脳よ!ついに甦ったか!


『左脳?違う違う、私は小脳だ』


なんだと?そんなのが来たってしょうがないじゃないか!


『おいおい、言ってくれたな前立腺、だが私のアイデアを聞けばたまげるぞ』


なんだ?アイデアだと?

この絶体絶命のピンチに小脳が出来ることなどあるのか?


『ははは!あるとも!前立腺よりはな!ほら、しゃがめ!』


小脳の言葉に応えてその場にへたり込んだ瞬間、

振り下ろされた怪物の腕は空を切り、轟音と共に水車小屋の壁面に穴が開く。


なんというバカげた破壊力だ!

しかしやった、やったぞ!ありがとう小脳!


『へへっ、いいってことよ、じゃあまた後でな』


ん?ちょっと待ってくれ。これで終わり?

おい、冗談じゃないぞ。何しに来たんだあいつは。


顔を見上げると、怪物が私の首を分厚い爪で掴み上げようと手を伸ばしていた。

そして次の瞬間、私の視界は真っ赤に染まる。


ああ、終わった。とうとう死んだ。

願わくば次の異世界では女神から最強スキルを授けてもらいたいものだ。


だが、いくら待てども私の意識は途切れることはなかった。

恐る恐る目を開けると、おお、そこに私は見た。


荒れ狂う竜巻のように、巨大な剣を軽々と振り回す一人の美しい女性の姿を。

四肢五臓六腑を一瞬にしてずたずたに切り裂かれ、血飛沫と肉片を撒き散らしながら怪物は絶命する。


「……なんだお前は」


「ひっっ!ぁに゛ゃん!」

「どうした、恐怖で頭がおかしくなったか」


私は恐怖に駆られ咄嗟に猫の振りをしてみたものの、残念ながら彼女には通用しなかった。


「オゥアォウ?ポェッ」

「なぜ服を着ていない?」

「みぎゅう……」

「まさかお前、魔女の一味か?」

「ぴぃ!」

「殺すか」


女性は転がった怪物の頭に蹴りを入れると、巨大な剣を持ち上げ、私の目の前に突き立てた。

血塗られた鋭い切っ先が私に向けられている。


「魔女の手の者だな。ここで死ね」

「NO」

「何が違う?」

「My name is Azuma Akira. I'm not witch. Please believe me……」


私は恐怖と混乱のせいかロクにロレツも回らなかったが、とりあえず殺されずに済んだようだ。

しかし、すぐさま私は女に首根っこを掴まれて宙吊りにされてしまう。


なんという握力と腕力、そして熱い手のひらか。


燃えるような赤い髪が別の生き物のように妖しく揺らめき、たくあんのように黄色い瞳が私の顔を覗き込んでいる。


「いい加減にしろ、お前は何者だ。なぜ藁を纏っている。魔女の一味なのか。答えろ。さもないと……」


「びゃあうっ!?」

「言え」

「にゃん!にゃん!にゃにゃにゃ!にゃあっ、ぶがぶぼっ!?」


私は必死に弁明を試みるも次の瞬間、鉄の拳が鼻先に叩き込まれ痛みとショックで左脳が微妙に機能し始める。


「うわぁあ!待ってくれ!私は怪しいもんじゃないんだ!私は別の世界から来た。この世界に服が必要だとは知らなかったんだ」

「別の世界だと……?」


「おお、そうだとも!私はこの世界とは違う世界からやってきたんだ。だが向こうの世界よりこちらの世界の方がずっと素晴らしい!なぜなら、この世界にはあなたのように見目麗しく心優しきご婦人が……」

「調子にのるな」


そう言うと彼女は手を離す。

私は地面に落下し、激しく尻を床に打ち付けてしまった。


「ぐおぉおああぁっ!痛い!痛いぞ!本当のことなのに!ああ、でもそんな冷たい態度もまたいい!」


「見た目もふざけてるが中身までおかしいのかお前は。一体何を企んでいる?」

「だから違うんだって!私は別にあなたの敵ではない。私はただ、ちょっとだけ、ほんのちょっぴり運が悪くて、こんな格好になってしまっただけで……」

「まあいい。洗いざらい吐け。そうすれば命だけは助けてやる」

「へへっ、本当かい!?」


私はあまりの痛さに涙ぐみながら感謝し、これまでの経緯を話し始めた。


異世界に迷い込んでしまったこと。裸でいたのはそれが気持ちいいからだということ。怪物に追われて水車小屋に逃げ込んだら、いつの間にか脳が機能停止して藁人形になっていたこと。そしてトウメインは透明になれる道具だということ……。


だが、彼女の表情はどんどん険しくなっていく。

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