第4話走れアズマーキラ
「どうしたんだ、爺さん。きょろきょろしたりして、アリの巣でも探しているのか?」
「いや、ち、違うんだ。探しているんだ。え?この世界にはアリがいるのか?いやいい、忘れてくれ」
「探してるって何をだ?」
「だから、透明になる為の道具をだ」
「透明になる為の道具?」
「ああ、この藁巻きじゃなくて、もっとちゃんとした服のポケットに入れてたんだが……あわわ」
どうしよう。
トウメインがない。
トウメインがないとヤバいぞ。
危険だ。もし魔物とやらと鉢合わせたら大変なことになる。
「おい、爺さん。本当に大丈夫か?顔色が良くないぞ」
「ああ、大丈夫じゃない、もうダメだ。おしまいだ、みんな死ぬ!死ぬんだよ!イヒヒ!あひゃ、あひはは」
「お、おい、しっかりしろってば」
「うひゃひへへああぁあーっ!!?!」
私は奇声を上げながら一目散に駆け出していた。
だが私はすぐにぬかるみに足を取られて盛大に転んでしまうこととなる。
「ぶひいっ!」
「爺さん、投げやりになっちゃダメだよ。まだ逃げるくらいの時間はあるんだ」
「くぅう……しかし、トウメインがなければどちらにしろ……そ、そうだ、ご老人。私が倒れていた時に周辺に何か転がってたりはしてなかったか?その鞄だとか瓶とか……?」
「ああ、なんか黒い箱が落ちていたが、ボロを着た男が拾っていったな」
「なんだって!?」
「ああ、そうだ。爺さんが倒れてる横に落ちてたその箱をひょいってな」
「あ、ああ……なんてこった……」
私の記憶が正しければあの箱の中にはトウメインのライトバージョン『トウメイン・ピエニー』といくつか薬品の入った小瓶、それから充電器やカメラなど実験用の器材が入っているはずだ。
いや、それよりもだ。服を着ている分際で裸の老人の物を盗むとはなんたることだ。
だが、不幸中の幸い。
このような事態を想定していた私はあの箱に生体認証機能をつけていた。
そうだ。登録者の私以外は開けられないように設定していたのだ。だからそう簡単には中身を漁られることはないだろう。
しかし、ここは異世界。何が起きても不思議ではない。
私は一刻も早くそのボロ布野郎を見つけ出して、トウメインを奪還しなければならない。
私は泥と藁にまみれた汚い身体を起こし、必死の形相で辺りを見回す。
アリの巣が見える。この世界にもアリはいるんだな、昆虫学者なら涎を垂らして喜ぶことだろう。いや、どうでもいい。
私はそんなことを考えつつ、急いでボロ布男を追いかける為に歩き出した。
「その男を探しているのか?この辺にはいないよ。あいつはいつも水車小屋の辺りで釣りをしていてな、今日もそこにいるんじゃないかな」
「スイシャ……?」
「あんた、まさか水車も知らないのか……?こう、川の流れを利用してだな……」
私は老いぼれから水車の機構について簡単なレクチャーを受ける。なんということだ。そんな便利な魔法が存在するというのか。しかし、今は悠長に感動している暇はない。
「ありがとう。助かった」
私は老人に別れを告げると、足早にその場を去る。
「ちょっと待ってくれ」
振り返ると、老人は手に持っていた小さな袋を差し出してきた。
「爺さん、少ないけど持っていきな」
「な、なにを言ってるんだご老人。私に構わず逃げてくれ。魔物が来るんだろ」
「なーに、どうせいつかは死ぬんだ。なら最期は誰かのために何かしたいと思ってな」
「そ、それならなおさら受け取れないぞ。老人、あんたは生き残らなければならない」
「いいんだ。俺はただの役立たずだからこんなもんしか渡せないが、きっといつか爺さんの役に立つ日が来ると思うんだ」
「ご老人……わかった。それならありがたく頂戴する。この恩は決して忘れないぞ」
「じゃあな、もしかしたらたまたま生き残ってるかもしれないから、いつかまた会いに来てくれ」
「わかった。必ず来るよ」
のんきな別れの言葉を背に、私はトウメインを求めて走り出していた。
走ったのは何十年ぶりだろう。
足は痛いし、息は切れるしで最悪だ。だが、私はそれでも走る。土が剥き出しになった地面はそこら中に石が転がっている。
しかも、私は裸足だ。
疲労物質の蓄積も著しく、体は鉛を吸い込んだように重くなる。
しかし、トウメインの為ならばこれしきの苦しみなどどうということはない。
「はぁっはぁっ……げへぇ……うふぇっ……ぶはぁ……」
私は必死になって、泥だらけになりながらもなんとか水車小屋まで辿り着く。
全身をぶつけるように扉を開けて、中に転がり込んでみたものの狭く薄暗い小屋の中に人の姿はなかった。
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