第2章 secret elegy
その日の夜、総次は学校の宿題があったことを思い出し、必死に問題集と格闘していた。
「ええっと、これはこうだろ・・・いや、違うか・・・」
形勢は総次が圧倒的に不利だった。
昼に天国のような時間を過ごした分、夜はうって変わって地獄の時間となっていた。
因果応報とはまさにこのことである。
静まり返った部屋で、宿題と悪戦苦闘している最中、ドアをノックする音がした。
「はい、開いてますよ」
総次が答えると、ドアが開き、若葉が姿を現した。
「夜、遅くにごめんなさい。ちょっといいかしら?」
「はい、俺は構いませんけど」
総次はシャープペンシルを置いた。
「よかった。それじゃ、少しお邪魔するわね」
若葉は微笑みながら、部屋の中に入った。
「総次君、今日は娘たちと遊んでくれてありがとう。あの子たち、本当に楽しそうにしていたわ。あの子たちのあんな笑顔を見たのは、夫が亡くなって以来になるわ」
若葉はそう言って、ベッドの上に腰掛けた。
「若葉さん・・・」
「父親を失って以来、あの子たちは今までずっと、私に心配かけないようにと自分自身を押さえていたの。もっとも、そうなった一番の原因は、仕事に追われて、ほとんどかまってあげられなかった私にあるけど・・・」
若葉は表情を曇らせながら話を続けた。
「でも、このままじゃ、いけないと思うの。あの子たちがこのまま自分を押さえて無理をすれば、ずっと父親を失った悲しみに捕われてしまうから。私はあの子たちには、幸せになってもらいたい。心の底から笑っていてもらいたいの。だから、総次君、こんなことを頼むのは、母親失格かもしれないけど、あの子たちの力になって欲しいの」
真剣なまなざしを総次に向ける。
総次はこのとき、若葉が2児の母親として苦悩していることを感じ取った。
「俺にできることなら何でも言ってください。俺は青葉ちゃん、紅葉ちゃん、そして、若葉さんの力になりたいと思っていますから」
これが素直な答えだった。
みんなを「父親の死」という呪縛から解き放ってあげたい。
もっとも、自分にそれができるかどうかは分からない。
しかし、全力でやってみたいと思う。
総次は不意に父親との別れ際の言葉を思い出した。
『自分の目的を捜して来い。自分にしか出来ない何かをな』
“自分にしかできない何か”がこれだと総次は確信した。
「・・・ありがとう、総次君」
若葉の表情に笑顔が戻った。
「総次君は優しいわね。そんなところは総大さんとよく似ているわ」
「え?あ、あんなクソ親父なんかと一緒にしないでください。だいたい、あの自己中心的な親父が優しいだなんて、間違っていますよ」
総次は、慌てて否定の言葉を述べる。
「そんなことないわよ。確かに総大さんは、無愛想な行動を取っているから、気付きにくいかもしれないけど、本当に優しいひとよ」
「そうなんですか・・・」
「そうよ。でも、総次君もお父さんに負けないぐらい優しいわよ。私、総次君がこの家に来てくれて、本当によかったと思っているわ」
「そ、そうですか。そう言ってもらえると、すごく嬉しいです」
総次は照れたように頭をかいた。
「ウフフ・・・照れちゃって可愛いわね」
「か、からかわないでください、若葉さん」
恥ずかしさのあまり、顔を赤く染める。
「そういえば、総次君に聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
急に真顔に戻る若葉。
「なんですか?」
「総次君はお母さんのことを覚えている?」
「母親は俺が小さい頃に亡くなったので、まったく記憶にないです」
「そうなんだ・・・」
「どうして急にそんなこと聞くんですか?」
総次は怪訝そうに尋ねた。
「ただなんとなく気になっていたから聞いてみたの。ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」
「いえ、別に謝らなくてもいいですよ」
総次は謝る若葉に対し、首を横に振った。
「それじゃあ、私はそろそろ戻るわね。ごめんなさいね、長々と話し込んでしまって」
「いいえ、そんなこと気にしないでください」
「ありがとう。それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
若葉は穏やかな微笑みを浮かべて、部屋から出て行った。
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