第3話 隊長と副隊長

 11月中旬、もみじ先生が高熱を発して倒れました。

 先生は私たちの教官や指揮官として働き、さらには食糧の調達のために奔走してくれていました。その無理がたたり、身動きすることもできないほど衰弱して、トンネルから出られなくなったのです。

「私はもうだめだわ……」ともみじ先生は言いました。新月の夜のことでした。

「そんな弱音を吐かないでください、先生」とかぐやさんが先生を励ましました。

「ありがとう、かぐやさん。でも、私は夫のもとへ行くわ……」

 もみじ先生のご主人は神風特攻隊の隊員で、戦死されていました。

「かぐやさん、秩父女子竹槍攻撃隊の隊長になってください。私の後任はあなたしかいないわ」

「はい。つつしんでお受けいたします」

 かぐやさんが泣きながらもみじ先生の手を握って答えました。

 先生は微かに笑みを浮かべ、お亡くなりになりました。


 翌日、私たちは簡易なお葬式を行い、もみじ先生の亡骸を武甲山頂に埋めました。

 山頂で、かぐやさんは隊員を整列させました。

「もみじ先生は秩父女子竹槍攻撃隊のために尽くし、命を失われました。私は先生の遺言に従い、隊長となり、この隊のために尽くすことを誓います。みなさん、私に力を貸してください」

「もちろんよ、かぐやさん」とさやかさんが言いました。隊員たちがうなずきます。

「ありがとう、みなさん」

「かぐやさんをささえる副隊長が必要だと思うの。わたくしを副隊長にしてくださらない、かぐや隊長?」

 さやかさんが言ったそのことばに、私は衝撃を受けました。

 隊長と副隊長はささえあう関係。その地位にさやかさんがなるのは、なんとなく嫌でした。

 かぐやさんはさやかさんを見つめて、うなずきました。

「そうね、副隊長は必要だわ」

「わたくし、命をかけておつかえするわ」

「…………」

 かぐやさんはしばらく沈思黙考していました。

「副隊長には、みきさんを指名します」と彼女が言ったとき、私の背筋に甘美な痺れが走りました。

「えっ……」

 さやかさんの顔が歪みました。呆然とかぐやさんを見て、それから私を睨みつけました。

「みきさん、受けてくれるわね」

「はい!」と私は答えました。感動して、それ以外にことばを発することができませんでした。


 それから、私たちはかぐやさんの指導のもと、訓練をつづけました。

 私は米軍が武甲山へ進軍してきたときの迎撃作戦を考え、秩父市に面する北側斜面にコの字型の塹壕を掘ることを隊長に提案しました。

「中央に陣取るのはかぐやさんよ。付近に竹槍300本を集積し、米軍を攻撃してもらいます。敵はかぐやさんを討ち取ろうとするでしょう。あらかじめ隊員をふたつに分けておいて、塹壕の右翼、左翼に配置し、かぐやさんに向かっていく敵を包囲する作戦はいかがですか」

 うまくいく自信なんてありませんでしたが、副隊長として懸命に考えた作戦でした。

「素晴らしいわ、みきさん。その作戦を採用します」

「かぐやさんは超能力の行使で手いっぱいになるでしょう。右翼隊と左翼隊の指揮官が必要だわ。決死の竹槍突撃の先頭に立つ人よ」

「右翼隊はみきさんに指揮してもらうわ。左翼隊の隊長は……」

 かぐやさんはさやかさんを呼び、作戦を説明しました。そして「さやかさんには左翼隊の指揮をしてもらいたいの」と告げました。

 さやかさんは無表情でかぐやさんのことばを聞いていました。副隊長の自薦を断られて以来、さやかさんは拗ねたようになり、ほとんどかぐやさんと話さなくなっていました。しかし、さやかさんは秩父の名家の娘で、彼女以外に適任は考えられなかったのです。

「隊長がそう言うなら、引き受けざるを得ないわ……」とさやかさんは答えました。その目はかぐやさんを見てはいませんでした。

「よろしく頼むわね」とかぐやさんは明るく微笑んで言いました。さやかさんの非協力的な態度が気にならないわけはありませんが、人の上に立つ者として、笑って受け入れていたのだと思います。私たちには人的余裕はなく、あらゆる人を活用する必要があったのです。

 私たちは懸命に塹壕を掘り、迎撃作戦の訓練をして、敵の到来を待ちました。

 かぐやさんが竹槍を飛ばし、右翼隊が突撃するのに合わせて、左翼隊も突進するという訓練を重ねました。私は真剣でした。軍人でもなく、指導者もいない私たちには、その作戦を洗練させる以外の選択肢はなかったのです。米兵をひとりでも多く殺して玉砕するのだ、と私は思っていました。

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