ただのスクールカーストから世界大戦の思想まで繋げる話『アイダシャフト』
文士M
第1章『陽炎稲妻水の月 夢幻の蝶とは俺のこと』
プロローグ『ナゾナ・ゾロアスター参上』
洲屋は日和の桜道 囃子呼び子の掲げたる
プラカードにはクラブ名 引き寄せられるは新入生
その顔どれも綻びて 満更でもなく手を引かれ
一人入部の決まるたび わっと声あげ嬉し顔
色めきたつは放課後の 桜舞い散る木の下で
「よいよいよい、オイラは今日も闇バイトですよいよい。あらごめんなすって、ごめんなすって」
人垣抜けるわスラリスラ オイラは二年の帰宅部で
校則知らずのアルバイター 放課後使って銭稼ぐ
この身にクラブの縁は無し さあ帰るべし帰るべし
一年みたいに止まらずに 早くゆくべし立ち去るべし
そんな感じで早歩き していた所に異変アリ
「むむっ、何奴」
コツンと感覚後頭部 振り向き見れば地を滑る
紙の飛行機いま着地 辺りを見るも誰一人
投げたの我よの顔あらず このまま立ち去りゃ飛行機も
一日経ってただのゴミ 拾ってやるのが世の道理
「ふっつーの紙飛行機やん。いやでもちょっと作りが丁寧。羽くいってなってるし、先端丸なってるし。これアレか、勧誘用のやつかな」
想像巡るが人影なし せっかく拾ったものだけど
ただの紙なら捨てるべし してして最寄りのゴミ箱は
どこにあるぞとキョロキョロし 昇降口の前にありと
思い出しては振り向くと 驚き桃の木山椒の木
桜の陰からひょっこりと 仮面の女がそこにあり
「お初にお目にかかりまする。拙者、ナゾナ・ゾロアスターと申す者でござりまする」
尋常ならざるその口調 奇妙奇抜なその格好
制服の上に黒マント スカートの下に黒ブーツ
仮面は蝶々がモチーフの 怪しさ引き立つ舞踏風
覗ける素顔は目より下 雪白い頬に紅塗らず
鼻は尖らず丸くもなく 髪は跳ねずに肩に落ち
あとは目さえ見せてくりゃ 美人であるとは思うもの
炎上ばかりのこの時勢 素顔は見せぬ芸風か
「すみません。あの、俺、新入生じゃないですよ。はははー」
果たして仮面の正体は クラブ勧誘のコスプレと
確信したからそれとなく 断りみせるオイラだが
対する仮面は淀みなし
「いやなにソレは承知の上。拙者、この飛行機を拾う者、等しく勧誘すると決め、投げてみたなら今君が、拾った次第の晴れ桜。それ故君の見る景色、去年に一度見ていても、まったく気にする必要なし。いくら大和が広くとも、二度見許さぬ桜はなし」
――って、やべえコイツマジの変人だ。リアル七五調使いだ。俺は頭の中で語ってるだけなのに、こいつはマジで短歌のリズムで喋りやがる。
すげえ、俺と池谷以外にいるのかこんなやつ。
驚くのも束の間で、更に強烈な喋りが飛んでくる。
今度は肺の栓がすっぽ抜けたような声色の、オタクじみて器用な早口。
「まあ君が新入生ではないから気が引けるというのは解ったしー、はたまたこのような変人に絡まれて、うっとおしいという君の心情も解らないではないがー、しかしどうかなここは一つ、袖振り合うも他生の縁と言うしー、二度目の春とはいえ、この勧誘に乗ってみるのも悪くはない選択肢だと思うのだがー」
……な、なかなか肝の据わる奴である。
この手慣れた喋り、これが自然体だと思わせる流暢な演技。ただの新入生勧誘用のコスプレじゃねえな。結構やりこんだ芸だなこれ。
ならば、こちらもそれなりに対応せねばならない。
俺もリアル七五調使いとして、返しの連歌をしたためていると。
「あ! ゾロアスター発見! 包囲! 仮面脱がすまで絶対逃がすなー!」
ん?
なんか騒がしい。なんかドタドタと足音が聞こえてくる。ひょっとしてこの仮面お尋ね者?
「ムムっ、気付かれたか、相変わらず風紀委員会は足が速い。ではおさらばさらば! この縁続けばまた会おう!」
仮面の女生徒は華麗にマントを翻し、すたすたと去ってゆく。
……うーむ。せっかく面白い奴と出会ったのに、このまま行かせてしまうのはなんだかもったいないな。そうだな袖振り合うも多生の縁というし、このままだとマントが目立ち過ぎてすぐ捕まりそうだし、呼び止めてみるか。
「またれい。仮面の女よ」
「なにっ、入部か」
ちげえよ。満面の笑みで振り返るんじゃないよ。
ずいずいずいと迫ってくる仮面に対し、こちらも七と五のリズムを作って反撃を試みる。
「その身の上から察するに、お主正体隠す者。追われる事情は知らないが、逃げるとすればその道は、人いぬ方向それ修羅道、人垣にこそ活路あり」
仮面の女生徒は一瞬呆気にとられたが、すぐに返してくる。
「して、人垣にてどうせよと申すか」
答えは既に決まっている。
「人の中にてその仮面、外して人に混ざるべし」
我ながら上手い。字余りなしで七音と五音だし、アンサーの内容も完璧。仮面の女生徒も感心したように、その時代劇なのかコントなのかよく分からない演技を続けている。
「ふむふむふむ、なるほど確かにそれ妙案。木を隠すなら森の中、顔隠すなら人の中、ということだな色男。さすが洲屋忍者の時舛、その顔しかと覚えたぞ」
言いながら仮面は脚を切り替えて、クラブ勧誘会の雑踏へと混ざりゆく。
他生の縁もここまでと、俺も帰ろうとしたら。
「あ、ちょっと待った。マントはどうしよう、これ、目立つから、目立つからばれる。手に持ってても目立つから」
後ろから仮面が追いかけてきてマントを押し付けられた。俺はしぶしぶ受け取った。
「任せておけ。そのマントはオイラが預かり、明日の放課後、お主のクラブへ届けよう」
「かたじけない。ごめんなすって」
「はいはい、ごめんなすって」
手に受け取るは黒マント 見送りたるはひょこひょこと
歩き消えさる女の背
洲屋は日和の桜道 どこ吹く風も安寧と
言うが麗らか小春の日 その陽気にあてられて
可笑しな風も吹くものよ
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