15話 贋作師ケイル
市場は今日も賑わいを見せる。そんな中でそれなりに人を集めている箇所がある。そこで売られているのは食品でも雑貨でもない。ここで売られているのは絵画だ。様々な絵画が売られているのを、人々は興味深げに眺めている。
そんな中で一人の紳士が、販売している男に声を掛ける。
「君、これはあのアーヴィングの作品ではないかね」
「あ…すみません。俺はただ、ここで売ってくれと頼まれてるだけなんで…あんまり絵には詳しくなくって…」
「そうか…だが、これは実に良い絵だな…」
販売している男は長く伸びた髪をぐしゃぐしゃと掻く。服は汚れ、無精髭を生やした男は絵には明るくないのだろう。困ったように笑う。そんな男に紳士がさらに何か尋ねようとしたとき、明るい声が辺りに響いた。
「うーん、でもこれは偽物だよ」
「は?」
ニコニコ笑う淡い金の髪をした子どもが絵画を指差しながら言う。その言葉に周囲がざわざわし出したが、そんなことは全く意に介さない様子で販売する男に笑いかける。
「うん!全部、偽物だよ」
「!!」
男はバタバタと絵画をまとめ、店を撤収するとその子どもの肩をがしっと掴む。子どもは目を瞬かせ、戸惑っているが男は構わずその場を2人で慌ただしく後にした。
見ていた人々はまた他の場所へと散っていくが、男に声を掛けた紳士だけが困惑したように男の姿を見送っていた。
*****
「どういうつもりだ!」
「ん?何が」
「何がって事はないだろ!絵だよ、絵!」
男は小脇に抱えた子どもにキツく問うが、子どもはきょとんとした様子で特に気にした様子もないようだ。この状況で動揺した素振りも見せないのは大物なのか、よっぽど呑気なのか、男は判断に悩む。正直、男の方がよっぽど動揺しているのだ。
「ちくしょう、なんで子どもなんかに見抜かれるんだよ…」
男が販売していたのは全て贋作、それも男自身が描いたものであった。今までそれを見抜かれたことはない。客たちは皆、販売する男に絵を見抜く力がないと思い込み、男の描いた贋作を嬉々として買っていく。男の口からはそれを著名な作家が書いたものだなどとは一言も漏らさない。ただ客たちが勝手に勘違いをして買い求めていくのだ。
だが、これからしばらくはあの場所での販売は見合わせたほうがいいだろう。男が頭を抱えていると横から大きな音が聞こえてくる。
「ぐぅぅぅ」
『ぐぎゅううううぅ』
鈍く大きな音は傍らにいる子どもと白い狐から聞こえてくる。どうやらどちらも空腹らしい。男は盛大なため息を付くと、ガシガシとその子どもの頭を乱暴に撫でる。
「ほら、ついてこい!腹減ってんだろ!俺のアトリエに行くぞ」
「うん!」
男は子どもを放っておくことも出来ず、何か食事を与えようと自分のアトリエ兼自宅へと案内するのだった。
*****
『今後は知らない人についていくのも、物を買って貰うのもそれを食うのも禁止な!』
「うん!…ん?なんか前もそんな事を言われた気がする…」
『覚えてるんならちゃんと守れよ!』
きゃんきゃんとオリバーに吠えるコナンだが、オリバーは気にした様子もない。きょろきょろと男のアトリエを見回している。絵具の香りがするその部屋はキャンパスやイーゼルが置かれ、一見散らかっても見えるが男が本当に絵に力を入れていることもわかる。
食事を持ってきた男がドンと台の上に置く。
「ほら、食え。テーブルなんて洒落たもんはウチにはないぞ。絵を描くためにここに住んでるからな」
「ありがとう!僕はオリバー、こっちはコナンだよ。おじさんは?」
「…俺はケイルだ」
もぐもぐと口を動かすオリバーはある事に気付く。男が名乗ったケイルとは家名ではないだろうか。家名があるのであれば、貴族であるとオリバーはコナンから教わった。
「おじさん、貴族なの?」
「は?なんでわかるんだよ?…ってことは、お前も貴族なのか?うわっ!面倒くさいもんを拾っちまったな」
「もぐ。ううん、大丈夫だよ!僕、家を追い出されてるから」
「…その年で追い出されてるなんて、よっぽどの事じゃねえか。余計に面倒くせぇな…」
そうぼやきながらもケイルはオリバーとコナンを追い出す素振りもない。地べたに座り、オリバーとコナンをしげしげと見つめる。貴族らしいが貴族らしい振る舞いも服装もしていない少年と白い狐、不思議な組み合わせである。それよりも気になることがケイルにはあった。
「…なぁ、お前、なんであれが偽物だってわかったんだ?」
「もぐ…。簡単だよ!だってあれ、光ってなかったもん」
「…はぁ?」
そう言ったオリバーは食事に夢中になっている。光っていないから偽物だとはどういう意味であろう。やはりおかしなそして面倒なものを拾ったとケイルは思うのであった。
*****
「で、なんでケイルさんは偽物を売ってるの?」
「…金になるからな」
素直な質問にケイルは少し答えるのが遅れる。今、ケイルが贋作を描いているのは生活のためだ。多くの贋作はそんな事情で生み出されたのだろう。中には世間を欺きたい、自身の力を試したいなど挑戦の思いで描かれたものもあるかもしれないが、そんなのは少数だ。
ケイルも日々の糧を得るために贋作を描いている。だがもちろん、初めからそうだったわけではない。
「…お前はなんで家を追い出されたんだ?…っていうよりこれまでどうして生活してきたんだよ」
まだ成人前の少年が1人、それも貴族の生まれである。どうやって過ごしてきたのか不思議に思うのは当然の事である。そんなケイルににこやかにオリバーは答える。
「いろんな人にご飯貰ったり、泊めて貰ったり、あと草とかその辺の実とか食べたりその辺で寝たり…うん、みんな親切で優しいよ」
「お前、本当に貴族の子か!?」
「うん、そうだよ。で、ケイルさんはなんで追い出されたの?」
「お前と一緒にするんじゃねぇ!なんで追い出されてる前提なんだよ!…俺はなぁ、自分で家を出たんだ!」
そうはいうケイルであったが、まだ成人前のオリバーを追い出したというのが信じられずにいる。接してみてわかるが、この少年はどこか抜けてはいるが人も良く穏やかな性格だ。貴族であれ、なんであれ、追い出される理由というのが想像つかない。いや、どんな理由であれ、そんな事はない方がいい。少なくともケイルは成人後、自らの意思で実家を出たのだ。
「…俺は自分の絵で食っていくために家を出たんだ。で、この有様だよ」
「絵、売れてるの?」
「まあな!バカが欲出して引っかかってくれるからな。バカのおかげで何とか生活出来てるんだよ」
「ふぅん…でも、そんなに悪くないよ。ケイルさんの絵」
「はぁ?お前、絵を見る力でもあんのかよ?」
ケイルが描いたキャンパスに近付いたオリバーはじっとその絵を見つめる。淡い金の髪の隙間から見える桃色の瞳がその絵を映す。それはどこか神秘的な色合いで、ケイルはその姿を黙って見つめた。
「…うん、悪い物は見ればすぐにわかるよ。良い物もね」
その言葉にケイルは苦い笑みを浮かべる。良くも悪くもない、それは中途半端な自分の絵を表すかのように聞こえたのだ。だが、そんなケイルに嬉しそうなオリバーの声が聞こえてくる。
「これ!これはいいよ!色が変わって光って見える!ケイルさん、これは本物だよ!」
「はぁ?何言ってるんだ…お前の目はポンコツか?」
オリバーは1枚の絵の前で笑顔を浮かべているが、ケイルはため息をつく。その絵は本物でない事はケイル自身がよく知っているのだ。オリバーの側に近付くとケイルはその絵を取り上げ、複雑な表情で見つめる。
「これはな、俺が描き上げた絵だよ」
「…ケイルさんが?」
それは1枚の肖像画、柔らかな筆致で描かれたのは1人の女性であった。ケイルの腕にあるその肖像画は、オリバーの瞳には確かに色を変え、光って見えていた。
不思議そうにオリバーはケイルを見つめたが、にこりと笑う。
「ケイルさんにもきっと良い物が見つかるよ!」
そういって1人で納得するオリバーを一笑に付そうとしたケイルだが、久しぶりに本当の自分の絵を褒められた照れくささで上手く笑うことが出来ずにいた。
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