美桜と湊(その6) 2018/6/27(Wed)
中学に入ってから生活がすごく快適になった。
タクシー通学だから女子に絡まれなくてすむし、クラスメートも男子しかいない。
三か月くらいが経って困っていることといえば、
「……エロい話が多すぎるの、なんとかならねえかな」
「あはは。なかなか難しいね」
他の奴らと違って落ち着いていて話しやすい。
向こうも似たような事情らしく、葉が登校している日は一緒にいることが多かった。
下手したら女子より可愛いんじゃないかと思うイケメンは苦笑を浮かべたまま「でもさ」と言って、
「僕と違って燕条君はそういうの、嫌いなわけじゃないんだよね?」
図星を突かれた。
俺はぶすっとしながら答える。
「だから余計に困るんだよ」
俺だって人並みに興味はある。
デートも、キスも、セックスもしてみたい。ふと気づくとエロいことを考えていることもよくある。
やろうと思えばスマホでエロい画像とか簡単に手に入るし。
母さんも俺が女子に興味を持つのを止めるどころか「もっと積極的になっていいはずなのに……うちの子ちょっとおかしいんじゃ?」みたいな感覚だ。
「周りがこんなんじゃ我慢できなくなるだろ」
こんな女とヤった、っていう話を毎日誰かがしているような環境。
女の身体でどの部分が好きかって話もよくある。
胸か、尻か、それとも足かみたいな。
ちなみに少し前、ふと気になって葉に聞いてみたところ「髪……かな? でも目もいいなあ」とか言っていた。実は女に興味ないんじゃなくてマニアックすぎるだけじゃ? と思った。
男友達だけじゃなくて学校の先生からも誘惑がある。
男子校と言っても先生は女の方が多い。若い先生もけっこう多くて、ふと熱っぽい視線を送られたり──っていうことがけっこうある。
実際それで引っかかったクラスメートもいる。その体験談はさすがに刺激が強くて……。
葉は「なるほどね」と頷いて、
「でも、そこまでして我慢するのはどうして? ……やっぱり美桜ちゃんのため?」
「っ。どうしてそこで香坂の名前が出てくるんだよ」
「好きなんだよね、美桜ちゃんのこと?」
「……するならあいつがいいとは思ってるけどさ」
素直に答えたのに、葉は「つまり好きってことでしょ?」みたいな顔をした。
「美桜ちゃんのどこが好きなの?」
「嫌いなところ言う方が難しいだろ、あいつの場合」
「まあね。そうかも」
滅多に会わなくなったっていうのに、あいつの顔を見る機会はけっこうある。
相変わらずファッション誌に出まくってるからだ。
放っておくと母さんが買ってくるので、最近は開き直って自分で買っている。あいつの下着姿が載ってる本とか母さんから借りて読むのはなんか、こう、いろいろまずい気がするからだ。
葉は苦笑を浮かべて、
「でも、美桜ちゃんももう彼女いるからなあ」
「知ってるよ」
いろんな奴から何回も聞かされてむしろうんざりしている。
香坂美桜は嬬恋恋と西園寺玲奈、二人と付き合っている。
あいつらが付き合いだしたのはまあ、当然の流れだと思う。記憶喪失になってからのあいつは男より女の方が好きそうだったし。
もともと仲良すぎたから付き合いだしても大して変わらないだろう。
でも、その上で言うなら、
「自分ばっかりいい思いしやがって」
葉がとうとう「だめだこれ」という顔になった。
「たまにはストレス解消でもしたらどう? どこか付き合おうか?」
「あー……悪い。今日は用があるんだ。終わったらすぐに帰る」
「そっか、残念」
スマホを開いて「美桜ちゃんも用事あるらしいんだよね」と呟く葉を見ていると、実は全部見透かされているんじゃないかと怖くなった。
◇ ◇ ◇
家に帰った俺はすぐに母さんに捕まって「おやつはどのお菓子がいいと思う?」と聞かれた。
月一くらいのイベントだからってはしゃいでいろいろ買い過ぎだ。とはいえ、長い付き合いであいつの好みもなんとなくわかってきてる。
「普通のポテチでいいだろ」
香坂は家でお洒落かつ健康的な生活を送ってる分、外でジャンクなものを食べたがる。
本当にそれでいいのかという顔の母さんを無理やり納得させると「着替えるから」と言って部屋に戻った。
手早く着替えたらスプレータイプの消臭剤をベッドや制服にかけ、窓を開け、ゴミ箱の溜まり具合をチェック。
前はこんなこと気にしてなかったってのに。
『ねえ、燕条君。部屋の換気とかってどうしてる?』
先月あいつが来た時にそう言われたのは今でもトラウマだ。
言われた時は適当に答えたけど、そういえばあれどういう意味だったんだ? って先輩とかに聞いてみたら、
『そりゃお前、部屋が臭いって遠回しに言われたんだよ』
『は? ならそう言えばいいじゃないですか』
『お前が一人でした臭いが籠もってるからなんとかしろ、とか直接言ったらお前傷つくだろ』
『……下手したら一生引きずりますね』
というわけで、あんな失敗はしないと誓った。
前より片付けに気を遣うようになって母さんにも好評だし。
で、そんな風に準備したのはあいつに気づかれないように俺は普通にマンガを開いて「適当に過ごしてました」感を出す。
どうせゲームもするだろうからいつでも起動できるように準備しておく。
そうして大して時間をかけずに、
「こんにちは、燕条君」
「おう」
香坂美桜が今月の家にやってきた。
中等部の制服姿。長い髪には高そうなアクセサリーが巻き付いていて、傍に座っただけでふわっといい匂いがする。……そりゃ、こんな女からしたら俺の部屋なんて居心地よくないだろう。
ならなんでうちに来るのかって話だけど。
定期的にこいつが来るようになってから買ったクッションに女子らしくぺたんと座った香坂は俺になんの断りもなく手近なマンガを引き寄せて読み始める。
じっと見ていたのに気づかれたか、綺麗な色の目がこっちを向いて、
「ん?」
「いや、別に」
「そう」
無防備すぎじゃないかこいつ。
前から可愛かった癖に、今でも会うたびに可愛くなってるっていうのに。
中等部に入ってからの香坂はぐっと女っぽくなった。
手足も肌も、もう男とは完全に別物。細いくせに柔らかそうで、触ったらどんな感じなのか気になって仕方ない。制服の上からだとわかりづらいけど、胸もかなり膨らんできているのを俺は知っている。
雑誌で下着のモデルまでしてるせいだ。
香坂の下着姿が雑誌に載っていろんな奴に見られてるとか反則だと思う。わざわざ撮るくらいだから下着もちゃんとしたやつだし、撮られてるっていうのに楽しそうな笑顔だ。妄想するなっていう方が無理だろう。
どきどきしてるのを抑えて知らん顔するだけで大変だ。
それでもなんとかマンガのページをめくっていると母さんがお菓子と飲み物を持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
立ち上がってお盆を受け取り笑顔を浮かべる香坂。
母さんはこいつのことが好きで仕方ないらしくて俺よりデレデレしてるんじゃないか、っていうレベルでしばらく話を続けた。
ファッション誌を俺が買ってるとか言わなくていいんだよ。むしろなんで言うんだよ。
話を終えてお盆を置いた香坂がふう、と息を吐いて、
「ほんとだ。また雑誌増えてる」
「元クラスメートを応援するくらい普通だろ」
「そんなこと言って、お気に入りのモデルでもいるんじゃないの?」
お前だよお前。
「お前さ、下着で写真撮られるとか恥ずかしくないのかよ」
「そりゃ恥ずかしいよ。でもお仕事だし。下着はみんな着けるんだから参考になるのは大事だもん」
「でもみんなに見られてるんだぞ?」
「燕条君だってモデルとか芸能人の裸でえっちな妄想とかするでしょ?」
そういうことを今言うなこの馬鹿!
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