美桜と新学期 2016/9/2(Fri)

 長いようで短かった夏休みが終わってやってきた二学期。

 始業式の日、僕は「雑誌見たよ」というクラスメートたちに囲まれることになった。夏休み中にも会ったしスマホでも連絡を取り合っていたというのに熱量がすごい。

 隣のクラスから僕と話しにくる子までいたくらいだ。


「ますます人気者ですね、美桜さん」

「読者モデルだもん。雑誌に載ってるんだもん。すごいよ美桜ちゃん!」


 半日の日程が終わって放課後になってから約三十分。

 ようやく解放された僕を親友の西園寺さいおんじ玲奈れな嬬恋つまごいれんが温かく迎えてくれる。

 玲奈はウェーブロングの髪をしたお嬢様で、恋は明るさが取り柄のゆるふわわんこ系女子。

 元の美桜と仲良しだった子たちで、もともとはクラスの恋愛急進派を担っていたのだけれど、記憶喪失の(という体になった)僕をサポートしてくれるようになってからはだいぶ落ち着いて、単にクラスの中心的存在という立ち位置になっている。

 なお、僕たちから熱烈なアプローチを受けていた被害者こと燕条湊は当たり前のようにもう家に帰っている。


 僕たちはせっかくなので三人でお昼を食べて帰ることにした。

 お母さんが仕事なので帰ってもご飯がない、というのが決め手だ。


「もう、芸能人でもないんだから大袈裟だよ」

「そんなこと言って、そのうち芸能界に入るんじゃないの?」

「う。……それはまあ、絶対ないとは言い切れないけど」

「美桜さんは意外と押しに弱いですからね。関係者から頼み込まれたらはいと言ってしまいそうです」


 お姉ちゃんに押し切られて読者モデルを始めた身としては何も言い返せなかった。


 三人で入ったお店は安さと味で学生からも絶大な人気を誇るイタリアンのチェーン店。

 玲奈が通うようなお店だと僕たちのお小遣いが続かない。このくらいの店が身の丈に合っていてちょうどいい。玲奈いわく、下手な個人店よりよほど味がしっかりしているらしいし。

 恋は定番のミートドリア、玲奈はペペロンチーノ、僕はコーンのたっぷり乗ったピザにした。全員、お洒落を気にする女子らしくサラダとスープもチョイス。そのほかにシェアする用としてポテトも注文。


 僕の家も世間一般から見るとお嬢様だけど普通にファミレスとかも行く。

 こういうチェーン店で美味しく食べられなくなるのは人生の損失だと思う。


「そのうち学校の外でも注目されちゃうかもねっ」

「そうなったらわたくしたちとしても鼻が高いです」


 というか、僕たち三人で歩いていると現状でもわりと注目されている。

 恋も玲奈も十分可愛いからだ。二人とも「注目される」の基準が気づかないうちに上がっているんじゃないだろうか。

 僕は「そこまではいかないよ」と笑ってピザを口に運んだ。ソースに使われているトマトとたっぷりコーンで比較的健康にもいい、かもしれない。恋が「美味しそう!」と言うのでピザ一切れとドリアひと口を交換した。同じように玲奈とも。

 気づいたらこうやってシェアするのにも慣れてしまった。

 男子の中には「自分の注文した物だけ食べればいいだろ」派がわりといる。女子のほうがこういうところは寛容だと思う。

 慣れてしまえばいろんな味が楽しめてお得だ。


「撮影もけっこう大変なんだよ。夏休み中にあった撮影とか地獄だったし」


 なにしろ猛暑の中、秋物を着て笑顔を作らないといけなかった。

 プロは気合いで汗を止めるとかいう冗談みたいな話を真顔で聞かされながらあれこれグッズを総動員してみんななんとか乗り切った……と語ると、二人とも「うわあ」という顔になった。


「モデルさんも大変なんだね」

「ほんと、お姉ちゃんはすごいと思う」


 僕にはモデルは無理なんじゃないかと思う。

 やるならやっぱり、もう少し別の方向性がいい。



   ◇    ◇    ◇



 始業式の数日後には僕が読者モデルを務めた二回目の雑誌が発売。

 目の前で回し読みをされるという羞恥プレイに耐える羽目になると共に、増えていくフォロワー数に戦慄することになった。

 橘さん──編集者を務めるほのかのお母さんは大喜びで僕に「これからもよろしく」と電話をかけてきた。

 今月、雑誌の撮影が予定で二件。来月からはさらに増えるかもしれないという話で、なんかわりと本格的にバイトをしている気分になってきた。


 そんなある日。


「今日は十月にある運動会の種目決めをします」


 HRの時間に先生がそう宣言した。

 僕たちの小学校では秋に運動会がある。理由としてはたぶん、文化祭にあたるイベントがないというのが大きいと思う。

 代わりに初等部の生徒は中等部・高等部合同の文化祭に無料招待される。

 本来は関係者が配るチケットがないと入れないのでみんな喜んで遊びに行くし、それがそのまま学校見学になって内部進学する生徒が増えるという仕組みらしい。


「ねえねえ、美桜ちゃんはなにに出たい?」

「うーん、そうだなあ……」


 そういえば、こっちの世界の運動会ってどうなっているんだろう。

 不安と期待を胸に、先生が黒板に並べていく種目名を眺めた結果は──。


 徒競走、リレー、借り物競争、障害物競争、玉入れなどなど。


 ぱっと見で内容のわからない種目はなさそうだった。思った通りそんなに違いはない。

 ただ、障害物競走はネットの下をくぐったりはせず、平均台の上を歩いたり跳び箱を飛んだりハードルを越えたり。綱引きとか大玉転がしのような競技が見当たらない。

 女の子が多いから、怪我しづらいように気を遣ってる感じだ。


「湊くんは今年も大活躍だよね!」


 クラス内から期待の視線が唯一の男子──湊へと集まる。

 少年もこれに関しては満更でもないようで「できるだけ頑張るよ」と素直に答えた。

 一人しかいない男子はまさに主力、クラスのヒーローだ。運動会では縦割りで赤組、白組に分かれるので、もう一人いる五年生の男子は別のチームに振り分けられる。


 子供の頃の僕は別に足が速い方じゃなかった。


 でも、さすがに女子と比べたら速い。こっちのぼくは自分より早い男子と出会う機会が少なく自信喪失していないせいか僕の過去の記録よりも足が速いので十分活躍できるはず。

 彼はあっさり徒競走やリレーなどに出場決定。


「美桜ちゃんもリレー出ようよ!」

「え、わたしは余ったのでもいんだけど……」

「駄目だよ。足速いんだから」


 得点の高いリレーは目玉競技。

 よほどのことがなければ速い人順に出るのが鉄板だし、僕に障害物競争とかやらせて怪我されても困るということで僕も参加が決定。


「……お前と一緒かよ」

「そんなに嫌がらなくても」


 警戒しなくてもなにもするつもりはない。

 玉入れなど全員参加の競技を除くと僕は徒競走とリレーに出場することになった。

 お母さんたちは大喜びで、


「運動会の日は休めるように今から交渉してるから」

「中等部とは別日だから私も見に行くからね」

「私もお姉ちゃんの応援するねっ」


 小学二年生の妹、美空みそらは身体が丈夫じゃないので運動会は見学。

 その分、みんなの応援と観戦ができると今から張り切っていた。はしゃぎすぎて疲れてしまわないか心配になるけど、せっかくだからいいところを見せたいという気もする。


「美空が応援してくれるなら頑張らないとね」

「本当、美桜ってば美空には優しいよね」

「だってお姉ちゃんは意地悪なんだもん」


 年上の家族に見られるのは少し気恥ずかしいのもある。

 でも、当日は美味しいお弁当も作ってくれるというので、僕は素直に運動会を楽しみにすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る