奇妙な縁は落ちている
第1話 出逢い
晩秋の山道を、愛車で走っていた。
対向の一車線。
こういう山道は軽自動車のものだ。
たまにやって来る車とのすれ違いも、車が小さいと躱しやすい。
窓の外。
谷側に少し広い場所があり、草が茂っている。
まだこの辺りには、ススキが残っていて雰囲気が良い。
最近はどこもかしこも
十五時を過ぎたくらいで、此の山の中では日がかげってくる。
夕暮れの紫色の世界を彼は走り、最後の峠を越えた。
眼下には、隣の県庁所在地が見える。
少し大きな町。
隣の県との境には、何かの意図でもあるかのように、山地が存在していて県を分けている。
峠を越えるのか、それともぐるっと大回りをして、海側から回り込まないと隣の県へは行けない。
直線距離は近いんだけどね。
昔こっちへ遊びに来た時に見つけた中華そば屋があり、月に一回ほどは必ず食いにやって来る。往復百キロ以上。
ラーメン一杯のために。俺は走る。
だけど、ここの豚骨醤油のラーメンが美味くて癖になる。
他の店では、どうしても満足が出来なかったのだ。
地元側にできた色々な店や、この地方で有名な店のフランチャイズ店なども行ってみたのだが、いまいち違っていた。
残った汁に、ご飯をぶち込んで飲み干したくなる旨さ。
だがまあ、店では、流石にそこまではしない。
だけど俺は、その日の判断を後悔することになる。
「―― 確かに古かったし、店員さんもお年寄りぽかったけれど……」
店の入り口には、A4サイズの張り紙が一つ。
『長年のご愛顧、ありがとうございました。店主』
そんなよく見る文言と、日にちが書かれていた。
「参ったなぁ」
この地方のラーメンは、どこも同じような感じだが、こことは微妙に違う。
他はコクが弱かったり醤油が濃かったり。
チャーシューでは無く、甘辛く煮た豚バラ肉がトッピングされるのだが、それすら店によって全然違う。
もう二度と食えなくなった絶望と、あの味を求めて毎月二時間近く掛けてやって来た山道。
いつもなら、来るときのワクワクと、帰り道は美味しいものを食べた満足感で疲れなど感じなかった。
だが今日は、絶望感とその疲れからか、へたり込んでしまう。
よく見ると、いくつかの車が駐車場に入り、店先の張り紙を見ては出ていく。
俺は、精神的なダメージもあり、とりあえずどうするかを駐車場に駐めた車の中で検索中。
似たような系統の他の店は知っている。だけど、この絶望を他のラーメンで妥協するのは何かが違う。
違うメニューと行っても、パスタ、焼き肉、うどん……
それなら地元で良い。
いい加減高騰をしている燃料代と、労力が、ずしっとやって来る。
そんな所へ聞こえてきた声。
「ええええっ。閉店なのぉ」
まだ若そうな女性の声。
俺はつい顔をあげて、見てしまう。
スリムのテーパードデニムに、パーカー。肩までの黒髪。
うん若そうだ。
暗いから分からないけどね。
その子も呆然と立ち尽くす……
普段なら無視をするのだが、つい出ていく。
「こんばんわ。驚きましたよね」
「えっはい。こんばんわ」
返事はしたのだが、流石に警戒されている。
「隣の県から通ってきていたんですが、ここと同じ感じの店を知りませんか?」
ダメ元で聞いてみる。
「すみません。私も地元じゃないので…… でも、この近くのお店は行ったことがありますけれど、違うんですよね。こってりさと、あっさりのバランスが、ここが一番良いんですよね」
「そうですか……」
やっぱりそうなのか……
「あれ? 隣の県て、私も同じなんですよ。給料が出た週の土曜日は必ず来ていたんです…… あっ、カウンターの右端に、いつも座っていた人ですよね?」
車のナンバプレートを見て、彼女が驚く。
そして俺のことを、見知っていたとは驚きだ。
「ええまあ」
「いつも、すごく嬉しそうに、ニコニコしながら食べていたのが印象にあって。あっすみません」
そう言って彼女は頭を下げる。
彼と彼女は奇しくも、隣の県にあるラーメン屋の常連という不思議な縁に導かれた顔見知り。
彼女は大学がこっちで、その時に通っていた店。
俺は仕事の途中で、ふらっと寄って見つけた店。
話を聞けば、いつも列車で来て一杯食べて、また列車でそのまま帰っていたらしい。
「似たようなことをしていたんですね」
そう言って笑い合う。
名刺交換をする。
「
「
「そう言われれば、そうですね」
まあ市の中心部に、意外とオフィスは集まっている。
最近は郊外の方が安いから、色んな営業所も周囲に広がっているのだが、そのおかげで必ず車が必須になってしまう。
さそってどこかで食事などと思ったのだが、見知らぬ男の車でドライブも無いだろうと、挨拶をして帰ろうとした。
「それじゃあまた。今度会うことがあれば、お茶でもしましょ」
そう言って、車に戻ろうとした。
「ええと、ちょっと待ってください。森さん。これから帰るんですよね」
「はい」
「じゃあ、国道ですか高速ですか?」
「国道ですかね。どこか開いてる店にでも入って」
そう言うと、彼女の目が光る。
「あの、国道の途中。海沿いに有名な魚料理の定食屋さんがあるのを知っていますか?」
「ああはい。さかな屋ですね」
「あそこ、行きたかったんです。でも交通の便が悪くてなかなか行けなくて。良ければ行きませんか? ガソリン代を半分出しますので」
そう言ってお願いされた。
この子油断しすぎじゃないか?
俺が悪い男だったらどうするんだろ。
「はい。じゃあ行きましょうか?」
そうして、彼女との縁が重なった。
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