奇妙な縁は落ちている

第1話 出逢い

 もり 祐紀ゆうきは三十五歳。

 晩秋の山道を、愛車で走っていた。


 対向の一車線。

 こういう山道は軽自動車のものだ。

 たまにやって来る車とのすれ違いも、車が小さいと躱しやすい。


 窓の外。

 谷側に少し広い場所があり、草が茂っている。

 まだこの辺りには、ススキが残っていて雰囲気が良い。

 最近はどこもかしこも背高泡立草セイタカアワダチソウばかりで風情が無くなっている。


 十五時を過ぎたくらいで、此の山の中では日がかげってくる。

 夕暮れの紫色の世界を彼は走り、最後の峠を越えた。


 眼下には、隣の県庁所在地が見える。

 少し大きな町。


 隣の県との境には、何かの意図でもあるかのように、山地が存在していて県を分けている。

 峠を越えるのか、それともぐるっと大回りをして、海側から回り込まないと隣の県へは行けない。


 直線距離は近いんだけどね。



 昔こっちへ遊びに来た時に見つけた中華そば屋があり、月に一回ほどは必ず食いにやって来る。往復百キロ以上。

 ラーメン一杯のために。俺は走る。


 だけど、ここの豚骨醤油のラーメンが美味くて癖になる。

 他の店では、どうしても満足が出来なかったのだ。


 地元側にできた色々な店や、この地方で有名な店のフランチャイズ店なども行ってみたのだが、いまいち違っていた。


 残った汁に、ご飯をぶち込んで飲み干したくなる旨さ。

 だがまあ、店では、流石にそこまではしない。


 だけど俺は、その日の判断を後悔することになる。




「―― 確かに古かったし、店員さんもお年寄りぽかったけれど……」

 店の入り口には、A4サイズの張り紙が一つ。


 『長年のご愛顧、ありがとうございました。店主』

 そんなよく見る文言と、日にちが書かれていた。


「参ったなぁ」

 この地方のラーメンは、どこも同じような感じだが、こことは微妙に違う。

 他はコクが弱かったり醤油が濃かったり。


 チャーシューでは無く、甘辛く煮た豚バラ肉がトッピングされるのだが、それすら店によって全然違う。


 もう二度と食えなくなった絶望と、あの味を求めて毎月二時間近く掛けてやって来た山道。

 いつもなら、来るときのワクワクと、帰り道は美味しいものを食べた満足感で疲れなど感じなかった。 

 だが今日は、絶望感とその疲れからか、へたり込んでしまう。


 よく見ると、いくつかの車が駐車場に入り、店先の張り紙を見ては出ていく。

 俺は、精神的なダメージもあり、とりあえずどうするかを駐車場に駐めた車の中で検索中。


 似たような系統の他の店は知っている。だけど、この絶望を他のラーメンで妥協するのは何かが違う。

 違うメニューと行っても、パスタ、焼き肉、うどん……

 それなら地元で良い。


 いい加減高騰をしている燃料代と、労力が、ずしっとやって来る。


 そんな所へ聞こえてきた声。

「ええええっ。閉店なのぉ」

 まだ若そうな女性の声。

 俺はつい顔をあげて、見てしまう。


 スリムのテーパードデニムに、パーカー。肩までの黒髪。

 うん若そうだ。

 暗いから分からないけどね。


 その子も呆然と立ち尽くす……


 普段なら無視をするのだが、つい出ていく。


「こんばんわ。驚きましたよね」

「えっはい。こんばんわ」

 返事はしたのだが、流石に警戒されている。


「隣の県から通ってきていたんですが、ここと同じ感じの店を知りませんか?」

 ダメ元で聞いてみる。


「すみません。私も地元じゃないので…… でも、この近くのお店は行ったことがありますけれど、違うんですよね。こってりさと、あっさりのバランスが、ここが一番良いんですよね」

「そうですか……」

 やっぱりそうなのか……


「あれ? 隣の県て、私も同じなんですよ。給料が出た週の土曜日は必ず来ていたんです…… あっ、カウンターの右端に、いつも座っていた人ですよね?」

 車のナンバプレートを見て、彼女が驚く。

 そして俺のことを、見知っていたとは驚きだ。


「ええまあ」

「いつも、すごく嬉しそうに、ニコニコしながら食べていたのが印象にあって。あっすみません」

 そう言って彼女は頭を下げる。


 彼と彼女は奇しくも、隣の県にあるラーメン屋の常連という不思議な縁に導かれた顔見知り。


 彼女は大学がこっちで、その時に通っていた店。

 俺は仕事の途中で、ふらっと寄って見つけた店。

 話を聞けば、いつも列車で来て一杯食べて、また列車でそのまま帰っていたらしい。

「似たようなことをしていたんですね」

 そう言って笑い合う。


 名刺交換をする。

もり 祐紀ゆうきさん?」

波野なみの 木乃実このみさんですか? 会社が近いですね」


「そう言われれば、そうですね」

 まあ市の中心部に、意外とオフィスは集まっている。

 最近は郊外の方が安いから、色んな営業所も周囲に広がっているのだが、そのおかげで必ず車が必須になってしまう。


 さそってどこかで食事などと思ったのだが、見知らぬ男の車でドライブも無いだろうと、挨拶をして帰ろうとした。

「それじゃあまた。今度会うことがあれば、お茶でもしましょ」

 そう言って、車に戻ろうとした。


「ええと、ちょっと待ってください。森さん。これから帰るんですよね」

「はい」

「じゃあ、国道ですか高速ですか?」

「国道ですかね。どこか開いてる店にでも入って」

 そう言うと、彼女の目が光る。


「あの、国道の途中。海沿いに有名な魚料理の定食屋さんがあるのを知っていますか?」

「ああはい。さかな屋ですね」

「あそこ、行きたかったんです。でも交通の便が悪くてなかなか行けなくて。良ければ行きませんか? ガソリン代を半分出しますので」

 そう言ってお願いされた。


 この子油断しすぎじゃないか?

 俺が悪い男だったらどうするんだろ。

「はい。じゃあ行きましょうか?」

 そうして、彼女との縁が重なった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る