泡沫(うたかた)に見たもの

第1話 どうしよう

 ある日の住宅街、俺は歩いて駅に向かっていた。

 よく事故の起こる魔の交差点を抜ける。


 ここは主要道路からの抜け道と、旧街道が交わった道。

 無論、抜け道となっている方が一時停止だが、抜け道を使う奴はほとんど止まらずに事故をする。


 そう、ここはそんな場所。

 

 その日はいい天気だった。

 そう、回転をしながら、最後に生身で見た景色。

 青い空。


 ぶつかった車は一つが横転したあと、俺をすくい上げて家の壁へと押しつけた。

 それも角っこへ。感覚は無かったなあ。背中が何かにぶつかった感じしかなかった。


 前までは交差点にも家があったが、あまりにも人が亡くなるため、家人は家をでて潰した。

『こんな所に家が建っているから見えなかった』、そんな事を言った加害者が居たためだ。


 無論、直接的理由はそんな馬鹿な加害者のためではなく、被害者が増えないように一因を減らした。此処で事故が起こりだしたのは、バイパスが出来た十年ほど前から。

 家の方が当然古く。昔はご近所さんの利用だけで事故はちょっとした物損位だった。狭い道を、五十キロや六十キロでぶっ飛ばす奴はいなかった。

 そんな都合で、何十年も住んだ場所を、引っ越す気が起きたのはなぜなのだろう?


 だが住人の、善意の犠牲も利用者が変わらない以上変わらない。

 結局家があった空き地を越え、横の家が持つ壁が俺を押しつぶしたのだが、悪いのは家じゃなく俺を押しつぶした車の方だ。

 もっと言えば、一時停止を無視して、この車をひっくり返した車の方だ。


 そう、俺は腹の辺りで押しつぶされて、空を見ながら息絶えた。

 妙に青い空だった。


 ふと気が付いて、おれは、起き上がり、空き地に立っていた祠に呼ばれた。

 祠には、熊野本宮大社辺りの札が納められていたのか? 光り輝く、なぜか八咫烏ではなく烏天狗が案内をしてくれる。


「まだ時間があるゆえ、心残りがないように」

 そう言われて、サラリーマンの本領発揮。

「具体的には、何日なんにちの何時まででしょう?」

 そう聞いてみた。


 だけど、答えは曖昧で……

「時間が何時となるのかは、お前の心次第。囚われた人間はずっと現世にいることになる」

 そう言って、天狗さんが翼を小さく向ける。そちらを向くと、この交差点、皆何を思っているのか…… 沢山いた。


 立っていたり座っていたり、寝ていたり。


 ただ、皆何かをつぶやいている。

 聞いてみたいが、きっと聞いちゃいけない気がする。


「動けないのですか?」

「本人が、動きたいと思えば動ける」

 そう言って、バイバイと小さく翼を振られる。


 その後、俺は子どもの頃から夢だった空を飛んだ。

 上空に上がっても怖くない。そう、この体になって、なんだか色々な感情が抜けている気がする。


 まず、何処に向かうのか?

 無論、有給の届けを出しに会社へ…… 

 有給? それとも欠勤? いや状況的に、出勤は出来るが認めてもらえない気がする。退職の届けじゃないか? 

 ―― 落ち着こう俺。少し混乱しているようだ。


 ビルに入り、社員証でビーコンを……

 鞄の中だ。現場に忘れて来てしまった。なんてこったい。

 今日のアポも、キャンセルをしなければ先方に……


 ナニをしているんだ俺は……

 そうだ、まず落ち着こう……


 廊下に座り込み、出勤をしてくる同僚達を眺める。

 なぜだろう、このアングルでミニスカート。

 ドキドキするシチュエーションなのにときめかない。


 おおそうか。原動力はホルモンだな。

 今はきっと、体内からホルモンがなくなっている。


 そうしてぼーっとしていると、上司が俺の席を見て、なぜか隣に座っている、人見 咲良ひとみ さくらちゃんに声をかける。

 彼女は、二十四歳。人なつっこい性格で、仕事の覚えも早かった。

 たまに、おちょこちょいなポカをするが、それはまあご愛敬。

 たまに、俺に気があるとか思ったが、俺より五つも年下。


 それに俺には、彼女がいる。

『いい。今は、仕事でがっつりキャリアを積んで、出産後戻ってきたときにリスクとならないようにしたいの。だから三十まで結婚はしないわ』

 大学の時に付き合い始めた、内海 空音うつみ そらね。歳は同じ二十九歳。

『仕事で遅くなる事もあるし、同居は結婚するまではしないわ。けじめはつけないとね』


 そんなこだわりにより、生活は別々。

 まあ、不安ではあるが、気楽ではある。

「一緒に暮らさないと不安? そんなに信用が無いの?」


 先輩方の結婚話では、仕事では『男のくせに結果を出すまでは会社に帰ってくるな』と上司に怒られ、やっと帰れば、『あなたは家事をしたくないから帰ってこないんでしょう。仏蘭ぶつらんさんの旦那さんは、美味しいフレンチも作ってくれるらしいのよ。それに平日も子守りをしてくれるらしいし』


 仏蘭さんは、シェフだろうが。

 土日は出勤だろうし、子守りは幼稚園のお迎えだろう。

 夜は確か遅かったはずだしな。


 などという話を、先輩の涙と共に聞いた。

 上司に睨まれながら、急いで帰る日々を続けて一月頑張ったときには……

「どうしてお給料が、今月こんなに少ないの?」

「そりゃ残業をやめて、家事をしただろ」

「今は物価も高いのに、こんなお給料じゃ生活ができないわ」

 そう。世の中殺意というものは、その辺りに転がっているらしい。

 世で言うよりも、男は大変なのだよ。


 だがそんな生活に、空音と結婚すればなるだろうと思っていた。

 彼女は、きっとそう言うタイプ…… 結婚したからと言って、でれたりはしないだろう。



 そう、世の中は面倒ばかり……

 異性との付き合いだと喜んでいたのは、高校生の時くらいだろう。

 初めての経験で浮かれていたのは最初だけ、異性と付き合ってみれば、意外と面倒ばかりだった……


 そんな事を考えていると、俺がいなくても、普通に始まった業務。

 もう少しすれば、取引先から連絡が来るかもな。

 だが、なぜか、会社には連絡が来なかった。


 ああ? そうか、業務用のスマホか……


 俺がいなくとも何も変わりない職場……

 少し落ち込みながら、ふらふら? ふわふわと、会社を出て行く。

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