第4話 報告

 洋一は、ぼーっと考える。


「おーいい。良いぞぉ。アーム下げろ。おおい。こらっ。バカ止めろおぉ、電線に当たる」

 いきなりドアが開いて殴られた。


「馬鹿野郎。事故を起こす気か」

 ふと見ると、やばい感じで持ち上がった電話線。

 電柱には普通二種類ケーブルが通っている。

 大抵、上は電気で下は電話。クルクルとラッシングロッドにまかれ、黒い鞄がケーブルの接続部に付いている。少しメタリックぽい鞄は光ケーブルだ。


「やべ」

 あわてて、アームを下げる。


「何を考えてんのか知らねえが、ぼーっとしていて事故が起こったら、賠償金はお前が払えよ」

「へーい」


 ―― あれから一週間。彼女から連絡が無い。

 まあ、お別れは良いとして、使った金が、ええと幾らだ?


「なんだ女か?」

「ええまあ」

 グビグビとウーロン茶を飲みながら、いくつかの肉をトングで放り込む。


「溜まっていたら、判断が鈍るからな、先に抜いてから会えよ」

 嬉しそうに、先輩が教えてくれる。

 ちなみに、先輩は既婚者だ。


「そんなもんですか…… ところで、俺が育てていた鶏モモは?」

「そんな物、お前がぼーっとしているから、回されちまったぞ」

「美味しかったすか?」

「おう」

 無言でプチッとボタンを押して、店員さんを呼ぶ。


「すみません。鶏モモ五人前」

「ちょっと待て、そんなには要らん」

「要るんです」


 鶏モモって美味いんだけど、焼けるまでに時間がかかるのがネックだな。

 あっ、ネックもたのもう。


 そして、多少ご機嫌で、家に帰る。


 すると、ロビーに見たことがある人が。

「あれ? 松永さん」

 声をかけると、こっちを向くが…… なぜ泣いているぅ。

「あー。ここじゃ、なんなので、部屋へどうぞ」


「すびばぜん」

 すごく絵面が悪い。

 何人が、ロビーで泣いている彼女を見ただろうか?


「まあどうぞ」

 今、彼女、車が無いはずなのに、どうやって来たんだろうか?

 頭の中で考えると、二〇キロくらい離れている。

 電車だと、丁度路線と路線の中間。そう、ここは不便なところ。

 車がなければ、生活できない。


「ありがとうございます」

 そう言って、こくこくと、麦茶を飲む。


「ええと…… 良いでしょうか?」

 ふっと短く息をはくと、彼女はいきなり聞いてきた。


 俺はとりあえず、ハンドルキーパーでウーロン茶で焼き肉を食って、みんなを送ってきたので、そんな彼女を横目にビールを開ける。

「なんでしょう?」


「すみませんでした」

 そう言って、頭を下げられる。

 

「話が理解できませんが、とりあえず頭を上げてください」

 彼女に、お願いをする。


 彼女。顔は上げたが、すこし何かを考えた後、話し始める。


「色々と、教えていただいて。かれに聞いてみたんです」

「ほう」

「すると病院を聞いただけで、『どうしてそんな事を聞くんだ』とか怒りだして、お見舞いにも行かないのは駄目でしょうと言ったら、今は面会謝絶だ。人が近くにいると感染症がまずいからと」

 そう言って、グラスの麦茶を空ける。


 じっとビールを見るので、注いであげる。


「まあ、抗がん剤治療中とか、免疫力が下がると言うからなぁ」

「でも彼って。この前は…… お金がないから入院させることが出来ないって、言っていたのよ」

「金が出来たんだろ」

 そう言いながら、新しい缶を持ってくる。


「もう。いじわるを言わないでください。―― 長瀬さん。全部分かっているんでしょ」

 机に両手をのせ、その上に顎を乗せる形で、小首をかしげてみてくる。


「何が?」

「彼が詐欺師だったこと……」

「まあね。先日忠告をしたはずだ」

 コップが差し出されるから、注ぐ。意外とペースが速い。


「そう。そうね。警察に話をしに行って、写真はあるかって言われて、スマホの写真を見せたの」

「ほう」

「すると警察は、彼を知っていたらしくて、名前まで違って、本行 佐義ほんぎょう さぎじゃなくて、本登 久津ほんと くずが本名だったの。そして結婚詐欺とかで前科持ち。昨日警官と一緒に彼に会いに行って、捕まえたの」

 そう言って彼女は一気にグラスのビールを空ける。


 空のグラスがやって来る。ドボドボと注ぐ。


「それでね、今、私の他にも、三人ほど騙していたんですって……」

「あの偽物ホームページは言ったのか」

「うん。警察に言った」

「そうか、それは良い」

 彼女は、ぐでーとテーブルに突っ伏する。


「ああもう。バカみたい…… いい加減、自分も困っていたのに、八〇万円も貸して……」

「返ってこないのか?」

「うん飲んだって。他の女を口説くために使ったそうよ」

 なぜかそう言って、こっちをちらっと見てくる。


「そうか……」

「ねえ。流石に体に悪いから、何かおつまみを作る。冷蔵庫に何かあります?」


 そう言って、冷蔵庫をのぞきに行くが、肉類とかは、真空パックで小分けして冷凍してある。

「うわっマメね」

「ああ、生活の知恵。安売りの時に買って冷凍。ただ冷凍すると三ヶ月くらいで駄目になるから真空パック。道具は三千円くらいで売っているからな」

「へー。そうなんだ。うわっ。調味料も色々。彼女がいるの?」

「いない。料理は趣味。簡単だし豚ロースの塩胡椒炒め、梅肉和えとかどうだ?」

「それなら、このアスパラも。使って良い?」


 初めて、彼女の料理を食ったが、相対的に味が濃い。

「味が濃い。店用の味だな。白飯が欲しい」

 焼き肉屋で、飯を食ったのに、またすぐに食うことになるとは……

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