第13話 素晴らしい一日、そして僕に起こった最悪の出来事

 僕がパトリシア・ワードナスに勝ったあとの一週間は、少し異様だった。


 昨日、魔法剣術の指導後の帰り道、奇妙な視線を感じた。


「誰だ?」


 僕が振り返ると、大柄の黒服の男が2人いたのだ。そして僕と目が合うと、サッと逃げてしまった。


「な、なんなんだよ、一体」


 まさか……。ドルガーの手下たちか? あいつ、まだ何かたくらんでいるんだろうか。


 黒服につけ狙われることが、今週は3回もあった。


 ◇ ◇ ◇


 その月末。

 

 ランゼルフ中央公園では、青空の下、「地区ギルド祭」が開かれていた。僕も道場生を連れて、お祭りに参加した。


 ランゼルフ、ルードロック、マルスタ、ラインゾート、プラッカ地区のギルド連盟がもよおしたお祭りだ。


 ギルド長たちが集まっているが、我がランゼルフ・ギルドのギルド長、ドルガーだけは欠席だ。代わりに、事務員のポルーナさんが開会式に出席している。


 ポルーナさんに迷惑かけて、なにやってんだよ、ドルガー!


「ドルガーのやつ、今、どうしてるんだ?」


 僕は一緒にお祭りにきた道場生のモニカに聞くと、彼女は答えた。


「魔物討伐とうばつがいそがしい、と言っていたそうですよ。そもそも、ギルド長の仕事を、全然やってないらしいです。最悪ですよね!」


 ドルガーのやつ……!


 どうもポルーナさんは、ギルド長の仕事も代わりにしているらしい。


「ドルガーは仕事を放っておいて、どういうつもりなんだ?」

「さあ? 何も考えてないんじゃないですか?」


 モニカも怒りながら言った。


 ちなみに、パトリシア・ワードナスもお祭りに来ている。


「直弟子にしてくれ」


 彼女は最近までそう言っていたが、やがて僕の道場の道場生になることで落ち着いた。


「おっと、話し込んでいる場合じゃない」


 僕はお祭りの総責任者、マルスタ・ギルドのブーリン氏から、公開魔法剣術指導を依頼されていたのだ。


 大勢の観客の前で、道場生相手に公開指導する。うわ~……大役たいやくだぞ……。


 ◇ ◇ ◇


「さて、これから皆さんに、僕の剣術を見ていただきます」


 僕は公開指導を始めた。200人以上の人が、僕を見ている。こ、これは緊張する……。


 僕が片松葉かたまつば……つまり、一本の松葉杖をつきながら剣術を披露ひろうするので、皆、珍しそうに見ている。


 僕はモニカを相手に、演武を見せることにした。


「相手のスキをついて、胴を狙う技です」


 僕は上段斬りを軽く打ち、モニカの木剣ぼっけんを上に上げさせた。


 そこで素早く――。

 

 ヒュオッ

 

 モニカの左わき腹に、素早く木剣ぼっけんを入れた。もちろん、当たる寸前で止めたが。


 観客が、「うおおっ」と騒ぐ。


「はやい!」

「み、見えなかった」


 これは東洋の剣術の、「逆胴ぎゃくどう」に似た技だ。


 今度は木剣ぼっけんを左に上げた。


 シュ


 そのまま、木剣ぼっけんを右から胴に入れる。


 おおおっ……。


「これまた速い!」

太刀筋たちすじがスムーズだ!」


 観客がまたも声を上げる。


 それを途中で止め、ひらりと木剣ぼっけんを回転させた。


 木剣ぼっけん逆手さかてに持ち……。


 モニカの足の甲に突きつけた。


 ピタアッ


 突き刺す寸前で、止めた。ふうっ……。


「は、はやすぎる!」

「胴二連発と、足への攻撃か!」

「た、達人だぞ、あの少年?」


 観客は目を丸くして、拍手してくれた。


 まだまだあるぞ。


 僕は構え、空中から魔力を体に取り込んだ。


「では、次は魔法剣です」


 すると僕の愛用の剣、グラディウスは火をまとった。


 そして用意してあった、練習用人形を――。


 ズバアッ


 斬り裂いた。すると練習用人形の断面から出火した。


「うわあっ」

「魔法剣だ!」

「初めて見た! カッコイイ」


 観客から歓声が上がる。


 だが、早く消火しないと。


「パトリシア!」

「任せよ」


 すぐに、パトリシアが氷結魔法を放ち、消火してくれた。


 観客のほとんどは、一般市民や農民だ。魔法剣を見ることは、一般生活ではないだろう。そもそも、魔法そのものを見た人がほとんどだ。


 だから、こんなに驚いているのだ。

 

 10歳の道場生、マイラ・ルバルアナが、焼け焦げた練習用人形を片付けてくれた。


「あの子、かわいい!」


 観客からそんな声が上がった。公開指導は、雰囲気よくめることができた。良かった……。


 ◇ ◇ ◇


 お昼になった。これから、ギルド関係者に向けての授賞式があるらしい。


 だけど、僕には関係ない話だろう。


「マイラ、パトリシア、モニカ。協力、ご苦労様。お昼をご馳走するよ」


 3人に、出店の食事をおごることにした。


 出店の前にたくさんのテーブルが出ていて、皆、そこでお昼を食べている。


 僕らが頼んだのは、ベーコンとカブの塩味のスープ、ハーブ類とチーズを練り込んだ柔らかいパンだ。


 普段は酸っぱくて硬い黒パン、かゆ、安いハムなどを食べているので、とても豪勢な昼食となった。


「うむ……美味だ」


 パトリシアが、上品にパンをちぎりながら言った。


「パンに練り込んでいるハーブは、バジルだな。チーズとあわさって、程よい塩味のパンとなっている」

「このベーコン……! 甘味があって、塩味も程よくて、美味しいです!」


 モニカも納得の食事だ。さて、マイラが叫んだ。


「甘いデザートが食べたーい!」


 食後のデザートはアイスクリームとウエハース。甘いのが好きな女子3人は、笑顔になっていた。


 ◇ ◇ ◇


『ギルド長連盟より、授賞式を行います!』

 

 デザートを食べていると、舞台から魔導まどう拡声器によって、祭りの責任者、ブーリン氏の声が聞こえた。どうやら、今年活躍したギルド関係者の、功績をたたえようというわけだ。


『最初は、ギルド併設へいせつ道場師範しはん賞です。この賞の受賞者は、今日、公開指導をしてくれた……』


 ん?


『ランゼルフ・ギルドのダナン・アンテルド!』

 

 おおおっ


 僕に向かって、拍手と歓声がわき起こる。


 え? 僕?


 パトリシアはうなずいた。


「うむ。君の指導は実に分かりやすいからな。賞をもらってもおかしくないだろう。さあ、舞台に上がって」

「い、いや、しかし……」


 僕は困惑しながら、舞台に上がり、ブーリン氏から表彰状を受け取った。


 ブーリン氏は言った。


「おめでとう、ダナン君。松葉杖のことといい、色々、大変だったね。だが、君の指導のおかげで、ランゼルフ・ギルドもいまや、70名の道場生がいると聞いている」

「は、はい」

「君が賞をもらえるように推薦すいせんしたのは、私だ」

「ええ? ありがとうございます」


 おや? ブーリン氏の後ろに、2名の兵士がついている。


 その兵士たちは、ブーリン氏に小声で言った。


「ブーリン殿、そろそろ業務の時間です」

「本業に戻りませんと」


 ん? 何だ? ブーリン氏は偉い貴族なのだろうか?


 ◇ ◇ ◇


 お祭りが終わり、僕はモニカたちと別れて、家に帰ることにした。表彰状を持って、胸を張って歩いた。


 僕の両親はすでに死んでいる。だから、家に帰っても一人ぼっちだ。


 僕は交差点を渡ろうとした。左腕で松葉杖をついているし、ゆっくりとしか渡れない。いつものことだ。


「ん? なんだ?」

 

 そのとき、道からすごい勢いで、馬車が走ってきた。


 御者がものすごい顔をしている。……まるで、僕をにらみつけるような顔だ。……御者は……く、黒服の男だ!


(え?)


 ドシャッ


 そんな音がした。


 僕は……ふっとばされた。


 ◇ ◇ ◇


 そして、僕は……とある女の子に、命を救われることになるのだった。その女の子は、僕がよく知っている女の子だった……。

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