5-24 噴火



 ゴゴゴゴゴゴ!


 すさまじい地鳴りと揺れが、館を襲い、私は後方を振り返った。


 ――死の山が、ついに噴火したようだ。


 結界を維持している騎士たちも、魔女も、皆無事のようだ。

 リビングには窓がないので、外の様子はわからないが、奥の部屋から時折オレンジ色の光が漏れ出てきている。


 騎士たちは、噴火の影響で、結界の維持強化が少し負担になり始めているらしい。三人とも、遠くからでもわかるほどの大粒の汗を、額に浮かべている。


 魔女は、相変わらず青白い顔で何かをぶつぶつと呟いている。あれは、詠唱……なのだろうか?

 とすると、彼女がずっと握りしめている布袋には、魔法石が入っているのだろうか。



 騎士たちと魔女を狙って攻撃を仕掛けてくる、魔族の分体――『闇』は、ことごとくオースティン伯爵に倒されている。

 しかし、やはり聖魔法の力がないと滅することはできないのか、吹き散らしても細切れに刻んでも、他の『闇』のもとに集まっていき、大きくなってはまた分裂することを繰り返していた。

 倒してから分裂するまでにタイムラグが生じることが、まだ救いか。


 私とウィル様、シナモン様の戦っている空間に近づこうとする不定形の『闇』はいない――というよりも、こちらに近寄る前に、オルとルト、ブランが追い払ってくれているようだった。

 オルたちも、室内ということで火炎のブレスは使えないものの、鋭い爪や牙でひたすら敵を切り裂いている。

 ブランも、力強いキックで、『闇』に応戦していた。


 私の『浄化』があれば滅することができるのかもしれないが、伯爵たちが危なげなく処理できている今、危険なのはウィル様の『加護』が切れてしまうことである。

 可能な限り、私の聖力は温存するべきだろう。



「――どうしたシナモン! さっきより精彩を欠いているんじゃないか?」


「くっ……! 本気のお前が、こんなに強いとは……!」


 前方では、ウィル様とシナモン様の、激しい戦いが続いていた。

 左腕を怪我したためだろうか――ウィル様の言うとおり、先程よりもシナモン様の動きが鈍くなっている。

 剣を合わせても力負けし、雷撃を放っても氷を盾にして防がれる。シナモン様の劣勢は明らかだった。


「はああああっ! いい加減、出て行けよ、魔族っ!」


 シナモン様は、攻撃を受けるたびに、怪我をした部分から聖力が体内に侵入するのが辛いのか、黒い靄が傷の部分を守ろうと凝集している。

 その黒い靄も、いまや左腕だけではなく、肩口や腿など、様々な場所に寄り集まっていた。


「うぐぅっ……! 小癪な!」


 シナモン様の口から、低い魔族の呻き声が重なって漏れ出す。

 どうやら、体内に入り込んだ魔族にも、順調にダメージが入っているようだ。

 ――しかし、黒い靄の濃度は薄まっていない。このペースで、私たちの聖力がもつだろうか。


「はっ!」


 ウィル様は、白く輝く聖剣を一閃して、シナモン様から大きく距離をとる。

 私がすかさず背中に触れて『加護』を流すと、ウィル様が私にそっと耳打ちをした。


「……このままじゃ、魔族を浄化しきれない。シナモンと魔族が分離するのを狙うよ」


「――はい。でも、どうやって?」


「話しかけるんだ。奴の中に眠る、シナモンの『善なる心の動き』に」


「善なる心の動き……シナモン様の聖力を引き出すということですか?」


「そう。おそらく、シナモンと奴はまだ完全に融合していない」


 シナモン様の瞳は、紫色を帯びたり、深紅に染まったりを行き来している。

 魔女と異なり、まだ完全に魔族が本人の身体と融合していないのだろう。


「体内でシナモン自身の聖力が増大すれば、呪力の塊である魔族は、居心地が悪くなって弾き出されるかもしれない」


「――わかりましたわ。やってみましょう」


 私たちは頷きあうと、シナモン様を見る。

 傷口に黒い靄を纏わせた彼女の表情は苦しげで、痛々しい。


「……おい、シナモン。呪力を使うなんて慣れないことをするから、もう疲れたんじゃないか?」


「ふん。お前こそ、一人では戦えないくせに」


「俺たちは二人で一人だから。ね、ミア」


 ウィル様は、私にちらりと目を向けて、こんな時でも甘い笑みを向ける。

 ――いや、こんな時だからこそだろうか。

 私も、頷いてウィル様に微笑みかけた。


「まあ、そもそもそれを言うなら、お前だって他の奴を身体に住まわせて、その力を借りているんだろう? なら、条件は同じじゃないか」


「ふん」


 シナモン様は、何も言い返さない。

 ただ、私たちの甘い笑顔を見て、悔しそうに視線をそらす。


「……なあ、シナモン。お前、『加護』のイレギュラーが、愛し合う二人にしか生まれないと思って、斜に構えていなかったか? それですぐに諦めて、聖剣技の練習をやめてしまったんじゃないか?」


「……は? 何を急に?」


 どうやら、図星だったらしい。

 シナモン様は、苛立ちをにじませた視線を、ウィル様に向けた。


「――発動するんだよ。シュウさんが神殿騎士と聖女たちの制約魔法を解除したあと、双子の聖女同士で、イレギュラーの発生を確認した」


 ウィル様の言った双子の聖女は、生まれたときからずっと苦難を共にし、互いに心から信頼しあってきたという。

 彼女たちも、テーラ隊の隊長率いる合同騎士団と共に、ここへ向かっているはずだ。


「愛情の形は、人それぞれだ。恋愛の情だけじゃない。家族へ向ける愛、友へ向ける愛、仲間へ向ける愛、ペットへ向ける愛、世界へ向ける愛。中には、物事や架空の存在に向ける愛だってある」


 私は、ウィル様の言葉に頷く。


 私が聖女として覚醒してから、色々なことがあった。

 そして、私も、色々な愛の形に気づいた。

 それは全て、私の心を富ませ、支え、皆を助ける力に変わった。


「俺にとって、最愛の女性はミアだ。最高のパートナーだと思ってる。でも、ミアに対するものとは違う形の親愛も、もちろんある。――逆行前の俺は、残念ながらそれすらも持っていなかったけどね」


 逆行前のウィル様は、私のことも含めて、他人に全く興味がなかった。ただ、魔獣への恨みと憎しみと、後悔を胸に、戦いに身を投じたのである。

 もちろん、今はそうではないけれど。


「そして、その親しき者の中に、シナモン、お前も含まれている。いつも戦いのことや強さのことばかりで、正直お前のことは少し苦手だったけどな。だが――騎士として、とても信頼していた」


「信頼……だと? お前が?」


「ああ、そうだ。今でも俺は、シナモンのことを尊敬し、信頼している。魔法騎士団の皆もそうだと思うぞ。――お前がいなくなるのは、騎士団にとって大きな損失だ。早く戻ってこいよ、シナモン」


 そうして、ウィル様は、剣を持っていない方の手を前へ差し出した。

 それを見た瞳の紅が、大きく揺らぐ。

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