5-7 スタンピード



 旅慣れない聖女たちを守りながらの移動は、やはり遅々としたものとなった。

 私たちのときは二週間で死の山の麓までたどり着いたが、今回は、それより一週間ほど余計にかかる見込みである。


「みんな、だいぶ疲れがたまってきたな。一度しっかり休んで、気を引き締めたいところだが……」


 行軍を始めて一週間ほど経った頃、ウィル様は馬車の中で、そう呟いた。

 しかし、そうは言っても、このあたりは街と街の距離が離れていること、街の規模が大きくないこともあって、少々難しい。


「魔族は狡猾な敵だ。狙うなら、今のように疲労が出てきたところを狙うだろう」


 ウィル様は、行軍のリーダーである魔法騎士――『守護』を司るテーラ隊の隊長だ――にも、そう主張した。

 しかし、宿を取りたくとも、安全に休める宿が確保できない。

 そのため、こまめに馬車を停めて休息を取る程度の対策しか、取れなかった。


 そして、ウィル様の懸念は、当たってしまうこととなる。





「――近隣にて暴走魔獣の群れスタンピード発生! 総員、戦闘準備!」


 カンカンカン、と金属を打ち鳴らすけたたましい音と共に、魔獣の到来が知らされたのは、ウィル様が懸念を口にした翌々日。まばらに草木が生えている、だだっ広い平野でのことだった。


 視界も開けているし、敵を迎え撃つスペースも充分にある。

 だが、裏を返せば、隠れる場所のない地形だ。四方から囲まれてしまえば、足の速い魔獣からは逃げられない。


「来たか……! ミアも、お二方も、打ち合わせにあった合図は覚えていますね?」


「ええ。各馬車の壁に設置された魔道具のランプを確認。今は青い光ですから、馬車の中で待機ですわね」


「これが黄色くなったらぁ、私たちは神殿騎士さんたちと代わって、結界を張りますぅ。騎士さんたちは、馬車の外に出て、近づいてきた敵を追い払うんですよねぇ」


「そうです。そして、光が白くなったら、扉を開放。馬車の中、あるいは近くに怪我人が運び込まれるので、治療を手伝っていただきます。赤くなったら――」


「魔法騎士は、退路確保を最優先。神殿騎士と聖女は、全員退避、ですわね」


 ウィル様が頷くと同時に、馬車がその場にゆっくりと停車。馬たちが車体から離され、結界の範囲内の木に繋がれる。


「――赤いランプが点灯することのないように、騎士一同、死力を尽くします。けれど、ミアもマリィ嬢も、充分注意して」


「「はい」」


 私とマリィ嬢は、そろって首肯した。ブランも私とウィル様の間で、おめめを吊り上げ、耳をピンと立てている。


 程なくして、壁に取り付けられている魔道具の光が、青から黄色に変化したのだった。


「――来たか」


 ウィル様と神殿騎士は、急いで立ち上がると、馬車の扉を開けた。

 魔獣が地を駆けているのだろう、外からは、低い地鳴りのような音が聞こえている。


「ウィル様、お気をつけて」


「ああ。ミアたちも。――ブラン、何かあれば知らせろ」


「きゅい!」


 ブランは短く鳴くと、私の膝の上に飛び乗る。ウィル様は、私を安心させるように微笑むと、馬車から降りて扉を閉めた。

 私は彼らを見送ると、気を引き締めて、マリィ嬢と向き直る。


「私たちも、結界を張りましょう」


「はいぃ」


 今は事前に決めていた非常時の手はず通り、全ての馬車が、円形に停車している。その円をさらにぐるりと取り囲むように、私たちは結界を張る。

 この場にいる全ての聖女が結界を張っているから、疲労しない程度の結界強度で構わない。それよりも、長く持続させることが肝心だ。


 結界を張り終えると、マリィ嬢とブランと顔を寄せ合って、窓の外を眺める。

 各馬車から降りてきた魔法騎士や神殿騎士が、二人一組で馬車の周囲を哨戒していた。もちろん、ウィル様の姿も見える。


 ウィル様たちの向こう側、すなわち馬車の円の外側は、結界の影響で少し歪んで見えた。

 神殿騎士、魔法騎士たちが複数人ずつのパーティーを組み、魔獣を迎え撃とうと各々呪文を唱えたり、剣や盾を構えながら、地平の彼方から迫り来る黒い靄を、にらみつけている。


「平気でしょうかぁ……」


「……きっと、大丈夫ですわ」


「きゅう!」


 私たちは、馬車の中で祈りを捧げることしかできない。

 ウィル様たちも、何度も会議を重ね、シミュレーションを行い、策を練ってきたのだ。

 きっと、無事に切り抜けられると信じたい。


「命さえ失われなければ、私たちが傷を治療して差し上げることができます。私たちがすべきことは、彼らを信じ、私たちが彼らにかけた加護と結界を信じ、心を平らかに保つことですわ」


「そうですねぇ。会議でも、『いのちだいじに』作戦で、って散々言ってましたもんねぇ。無理しないでくれると、いいんですけどぉ」


 そう話している間にも、黒い靄の軍団は、徐々にこちらへと近づいてくる。

 圧力をもって迫ってくる魔獣の群れに、やはり恐怖が湧いてくるが――、


「――撃て!」


 魔道具で拡声された指揮官のかけ声と同時に、各パーティーから魔獣に向けて、炎や風、岩や氷の、魔法弾や矢、槍などが一斉に飛んでいく。

 私たちの正面に陣を構えているパーティーは、炎の矢を一斉掃射している。魔力が切れたら最前部のメンバーが後ろに下がり、代わりに後ろに控えていたメンバーが風の刃を撃ち始めた。

 後ろに下がった炎魔法使いの騎士たちも、また呪文を唱え始めている。


「すごい……!」


 炎にまかれ、あるいは鎌鼬に切り刻まれて、黒い靄――魔獣はみるみるうちに頭数を減らしていく。

 それでも魔法の一斉掃射をくぐり抜けた魔獣たちは、騎士たちの剣で、斧で、或いは槍で、確実に討ち取られていった。


「これならぁ、心配いらなそうですねぇ」


 マリィ嬢も、ほっとした様子で、にこりと笑う。


「ええ。信じましょう」


 私も微笑みを返す余裕が生まれ、しばらく、馬車の中から戦いを見守っていたのだった。


 それでも、時間の経過と共に、やはり負傷者がぽつぽつと出始めた。

 肩や腿などに軽傷を負った騎士たちが運ばれてくると共に、馬車の魔道具が白く点灯し、私たちは馬車の扉を開ける。他の馬車の扉も開き、すぐさま、怪我人の治癒が始まったのだった。

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