4-24 魔石と『呪い』
動物の魔獣化が、地中に廃棄された魔石のせいではないかという仮説。
それは、取り急ぎ王太子殿下にだけ伝えられることとなった。
王太子殿下も、やはりデータがないこと、実験をするのは人道に反するということから、世間に公表することはできないと判断した。
そのかわり、魔法石の素材が魔石であるということを関係各所に通達し、討伐の際には魔石を必ず回収することを義務づけてはどうかと提案。シュウ様もそれに同意した。
回収が義務づけられるならば、今後は新たに魔獣が発生する可能性も少しずつ減っていくはずだ。魔石自体の発生源が何なのかは依然として不明であり、自然界では発見されていないが、魔獣由来の魔石は、今後魔法石として活用されていくことになる。
「これまでは偶然だと思っていたんだけど、大雨や嵐で土砂崩れが起きた地域で、続けざまに魔獣の大量発生やスタンピードが報告されることが多かったんだ」
王太子殿下に報告へ行った帰り道、馬車の中。
ウィル様は、私と、私の膝の上でくつろぐブランに、そう教えてくれた。
「いくら調べてもその理由がわからなかったんだけど、ブランのおかげでようやくわかったよ……雨で土が流され、地中に埋めた魔石がたくさん出てきてしまったんだな」
「きゅい、きゅうう。ぷうう?」
「ああ、そうだな。これからは、ブランみたいに苦しむ動物たちが減っていくといいな」
ウィル様は、ブランに手を伸ばし、指でそっと撫でた。ブランは、気持ちよさそうに目を閉じる。
「これも、ミアがブランを助けてくれたおかげだな」
「いいえ、私はたいしたことは……」
「いや。ブランの呪いを浄化したのは、紛れもなくミアの力だ。それに、俺がとどめを刺そうとしていた時に、止めに入ってくれたのもミアだろう」
「そう……かもしれませんけれど」
「そうだよ。だからブランも、俺以外ではミアにだけ懐いているんじゃないか」
ウィル様は、ブランを撫でていた手を止めた。安心したのか、ブランはすっかり眠ってしまったようだ。
「それにね、俺は以前、神殿騎士から聖剣技についての話を聞いていたんだ。彼らは、魔獣に向けてあの技を放ったとき、魔獣の動きを止めたり遅くしたりすることが可能だと言っていた。けれど……時間稼ぎはできるが、しばらく怯んだのちに、また襲いかかってくるから気をつけろと」
「また襲いかかってくる……それは、浄化が行われなかったということでしょうか?」
「うん、そうだと思う。ミアの力は、他の聖女の聖魔法とは一線を画している。その上、俺たちの『加護』はイレギュラーだ。他の聖女と神殿騎士では、魔獣の呪いを浄化しきれなかったんだろう」
ウィル様は、指先から聖魔法の光を少しだけ出すと、くるくるともてあそぶ。
それはウサギの形をとり、螺旋の形をとり、羽の形をとり、花の形をとり――しばらくして、パッと消えた。
私の聖力ではあるけれど、私には同じことはできない。この繊細な魔力操作は、器用なウィル様にしかできない芸当だ。
ウィル様は、続けてブランに視線を向ける。
「――それに、ブランが元々穏やかな性格だったことも、関係があるかもしれない。こいつは、魔獣化しても人を襲わず、野菜ばかり食べていたようだし」
「ふふ。そうですわね。ブランはいい子ですものね」
「まあ……穏やかなんじゃなくて、ただの食いしん坊だったのかもしれないけどな。ほら、やんちゃだし」
私はくすくすと笑う。揺れを感じたのか、ブランは私の膝上で身じろぎをした。けれど、よく眠っているようだ。
ウィル様は甘い微笑みを浮かべながら、私の隣に移動する。
私の肩をそっと抱き寄せると、自身の肩にもたれさせ、そのまま髪を撫でてくれた。
「ふふ、ウィル様に撫でられると安心します。ブランが寝てしまうのもわかる気がしますわ」
「眠っても構わないよ。俺のお姫様」
「お、お姫様って――」
私の言葉は、ウィル様の口づけによって塞がれてしまった。
唇はすぐに離れたが、甘く蕩けた美しい微笑みが目の前にある。
「……ブランが起きてしまいますわよ」
「でも、今は寝てる」
そう言って再び近づいてきた彼に、私は静かに応えたのだった。
*
それから、数ヶ月後。
季節は秋に差し掛かったが、魔石による魔獣化の件は、いまだ詳細がわからないままだ。
ただ、人が魔石に触れた時、『魔力酔い』は起こるものの、ブランのように痛みやだるさに発展した例は、ほとんどないのだという。
まあ、人間が『魔力酔い』を起こした場合、大抵はその当日に、聖女によって『浄化』してもらうのが常だ。長時間放置した場合にどうなるのかは、実際問題、わかっていない。
ブランの話してくれた、痛みやだるさの症状、そして黒い靄……それは、どちらかというと、『魔力酔い』よりも『呪い』に近い症状だ。
聖魔法の『浄化』と『解呪』はすごく似通った構成の魔法だし、もしかしたら、『呪い』と魔石には同じ系統の闇魔法が使われているのかもしれない。
どちらかというと『呪い』の方が狡猾で、気付かれないようにじわじわと体調に影響を及ぼす……そんな印象がある。
もしも、『呪い』が死に至るほどに進行したとしたら……その時、『呪い』にかかっていた人は、どうなってしまうのだろうか。考えるのも、悍ましい。
そして、このように闇魔法も変化、進化をしているのだとしたら、いずれもっと強力な……それこそ、普通の聖女では解けないような『呪い』が生まれてしまうのではないか、とウィル様は懸念していた。
どうやら、時間遡行する前に、私が侵されてしまった『呪い』が、未だかつて見たことのないほど強力なものだったらしい。
例の『紅い目の男』が沈黙を保っているのも、非常に不気味である。
そんな中、私とウィル様はというと。
魔法石研究所に長期休暇を申請し、馬車に揺られていた。
そう。
魔女の住む灰の森に向かっているのである。
当初は二人きりで出かける予定だったのだが、シュウ様たちのはからいもあって、心強い仲間が三人もついてきてくれた。
一人は、現在、御者台に座って手綱を握っている。
もう一人は、単騎駆けで先行し、情報を収集しつつ、先の街で待ってくれているとのこと。
そして最後の一人……いや、一匹は、私の膝の上でポリポリと人参を齧っている。
「食欲旺盛なのはいいが、ミアの服を汚さないように気をつけろよ」
「きゅう!」
「ふふ、まさかこっそり荷物に紛れ込んでるなんてね。ブランったら、本当に賢い子ね」
「きゅ、きゅるう。ぷううー!」
「『ボクを置いていこうだなんて、百年早いよっ。ボクだって戦えるんだからっ』だってさ」
「ブラン、ありがとう。心強いわ」
「きゅ!」
ブランは、キリッとしたおめめで、ピンと耳を立てた。
不安だらけの道中だが、この子がいるだけで、和やかになる。おかげで暗い雰囲気にならなくて済んで、正直、助かっていた。
「もうそろそろ街に着くぞ。降りる支度をしておけ」
「ああ、わかった」
御者台から、凛とした女性の声がかかり、私たちは身支度を始めたのだった。
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