4-13 オスカーの知る魔女伝説



 食事会を終えた後。

 ウィル様はお父様に呼ばれて、執務室へと移動した。

 いつもは私に張り付きたがるマーガレットも、お母様と何か話があるようで、別室に行ってしまった。


 ダイニングに残されたのは、私とお兄様と、侍女のシェリーだけ。

 私もオスカーお兄様に魔女の話を聞きたかったので、ちょうど良かった。

 シュウ様なら魔女のことも知っているのだろうが、リリー嬢のことがあるため、彼にはどうしても聞きづらかったのだ。


「お兄様、少し聞きたいことがあるのですけれど」


「ん? なんだい、ミア」


「あの……お兄様は、『魔女』について聞いたことはありますか?」


 オスカーお兄様は、優しいたれ目を僅かに見開き、私の目をのぞき込んだ。


「……もしかして、ウィリアム様から何か聞いたの?」


「……はい」


「そうか……彼は、ようやく言えたんだね」


 お兄様は、顔の前に垂れてきたアッシュブロンドの髪を耳にかけると、青い瞳を少し細める。


「ミアはどこまで知っているの?」


「『魔女』は灰の森の奥に住み、対価を払えば相応の願いを叶えてくれると」


「うん、そうだね。それから?」


「ウィル様は……魔女に、のちに対価を払うことを約束して、時間遡行を望みました」


「……やはり、そうだったんだね。ちなみに、対価を払うまでの猶予は?」


「……あと、おおよそ二年」


「……二年、か……」


 お兄様は、眉を寄せてため息をついた。


「お兄様、教えて下さい。魔女の望む対価とは、一体何なのですか? 『賢者の石』を差し出せば、その対価は軽減されると聞きましたが」


「――因果を変える、その奇跡。貰い受けるは、三つの代償」


 お兄様は、目を閉じると、その伝説の内容をそらんじはじめた。


「ひとつ、そなたの力の源」


 そこまで言って、お兄様は目を開く。


「代償の一つ目、力の源というのは、『奇跡』を起こすのに必要な魔力のこと。強い奇跡を望むほど、奪われる魔力は大きくなる。最悪、魔力を一生失うことになる」


「魔力を……」


 私は、魔女に魔力を捧げたというリリー嬢の、灰色の髪を思い返す。

 彼女の髪色では、魔法を使うことは不可能だろう。

 けれど――。


「……ウィル様は、幼い頃からずっと、魔法騎士を目指してきました。なのに、魔力を失ったりしたら……」


「そうだね。魔女に魔力を支払うのなら、もう魔法騎士は続けられなくなるだろう」


「そんな……!」


 ウィル様が魔力を失うということは、夢への道を断たれるということだ。

 これからいくら高効果な魔法石が開発されたとしても、さすがに戦いに使うのは難しいだろう。魔法騎士として続投するのは、不可能と思われる。


「……残り二つはもっと厳しい内容だよ。それでも聞くかい?」


「――はい」


 私は、こくりと頷き、お兄様の言葉を待つ。

 どれほど厳しい内容でも、聞きたくなくても、ウィル様の逆行の原因となった私が、逃げるわけにはいかない。


「ふたつ、そなたの心の楔。これは……おそらく、自分にとってとても大切な何か……心の支えになっているような重要なものを、奪われるということ」


「大切な何か……?」


「ある学者の一説であって、正確にはわからないのだけどね。これは、本人の記憶、もしくは感情の一部だと、考えられているよ」


「記憶、感情の一部……」


「記憶だとしたら何年分の記憶を失うのか、その記憶はいつか戻る可能性があるのか。もしくは、そもそも全ての原動力となり得る感情すら、根本から奪われてしまうのか……」


 リリー嬢は、確かに記憶を失っていたが、感情がないようには見えなかった。

 それに、生活に必要な行動の記憶までは消えていなかったようだし、ヒースのことも、おそらく認識していたような印象だ。

 つまり、全てまるっきり失ってしまうというわけではないのだろう。


「記憶や感情なんて、どうして……?」


「魔女が何のためにそれを奪うのかわからないけれど、他二つと同じく、何か理由があるのだろうとは思うよ。魔女にとって必要な、何かが」


 私たちには到底理解が及ばないけれど、魔女には魔女なりの行動原理があるのかもしれない。

 ――ここまでの二つでも、相当重い代償だ。聞きたくない気持ちを奮い立たせ、私はお兄様を真っ直ぐ見つめ、尋ねた。


「それで……最後の三つ目は……?」


「――みっつ、そなたの生命そのもの」


「……! 生命、そのもの……!?」


 お兄様は、重々しく頷く。

 ここに来て、私は、リリー嬢が「自分は未来を持たない」と言った理由を、真の意味で理解したのだった。

 ――もしかしたら、リリー嬢の生命力は……寿命は、あと僅かなのかもしれない。

 それに、このままでは……ウィル様も。


「……魔女が数百年もの間生き続けているのは、この対価が理由かもしれないね。他者の寿命を奪って、自らのものとしているのかも」


「でも……、でも、きっと何とかする方法が……。お兄様、『土産』については? 伝説にはなんて?」


「確かに、『土産』を持ち込みさえすれば、払う予定だった代償は返してくれると言われているね。それも、三つ目から順に返していくということだから……上手くいけば生命は失われずに済むかもしれない。けれど……一つ目の対価である魔力は、戻ってこない可能性が高いと思う」


「そんな……」


 あまりにも厳しい現状に、私は、自らの顔を両手で覆う。お兄様も、私たちが話すのを静かに見守っていたシェリーも、小さく重たい息をついた。


「……ウィル様……私のせいで、なんてことを……」


「……ミアのせい? どうして?」


「実は……ウィル様が時間遡行を魔女に願ったのは、私のせいなのです」


 私は、お兄様に、ウィル様の話してくれた『過去に起こった未来』を全て伝えた。


 お兄様は悲しそうに眉を下げたが、「ミアのせいじゃないよ」となぐさめてくれた。

 けれど、他者がどれだけ言葉を尽くしてくれたとしても、別の時間の私が言ってしまったこと、やってしまったことは覆らない。


 私は、お父様と話を終えたウィル様が戻ってくるまで、ただ静かに泣いたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る