第二章 魔女に会う方法

4-7 その鍵は心にあり



 私とウィル様は、『加護』についてわかっていることを、資料にまとめることにした。


 この魔法には相性があり、聖女いわく、十人に三人には弾かれてしまう。

 また、未確認情報だが、逆に、百人いれば一人ぐらい、想定以上の効果を発揮する場合もあるらしい。


 この魔法の発動に関して、私たちは、三パターンの効果を確認している。


 一つ目は、相性が悪く、弾かれてしまう場合。

 私が魔法を弾いてしまった時、身体に纏わりつく他者の聖力に不快感を感じた瞬間、バリンと割れるような音を立てて『加護』が壊れ、身体から剥がれ落ちてしまった。


 二つ目は、相性が普通の場合。

 ある程度聖力を注ぐとそれ以上入らなくなり、『加護』は身体に定着する。

 光の粒が身体からあふれ出てくるのと共に、聖力は自然に身体から抜けていく。もって半日。

 ウィル様いわく、身体強化の魔法に聖属性を付与したような感覚。自分の意思通りに動かすのは難しく、コツがいる。

 使用者である聖女の負担は少なく、被用者である騎士に中程度の負担がかかる。


 三つ目は――条件不明の、レアケース。これがもしかしたら、聖女の言っていた「百人に一人の想定外の効果」かもしれない。

 魔法自体は問題なく発動するが、聖力が無尽蔵に吸われてしまい、定着しない。

 聖力が抜けていくスピードが緩く、ステラ様の場合は、数日間保持されたようだ。

 身体強化魔法よりもずっと強い力が身体中に満ち、しかも自由自在に聖力を操ることができる。

 被用者である騎士には全く負担がかからず、使用者である聖女に大きく負担がかかる。



「このレアケースを引き起こした、ミアと俺、そしてステラ様とジュード殿。共通点がいくつか見られるな」


「と、いいますと……?」


「まず、ひとつ。俺もジュード殿も、神殿騎士ではない。神殿騎士には、聖女を守るための制約魔法がかけられているそうだから、それが原因の可能性もある。調べてみる必要があるな」


「なるほど、確かにそうですわね」


 言い方は悪いけれど、聖女は教会にとっての『売り物』だ。神殿騎士と不純な関係を持てないように、彼らには何らかの制約魔法がかけられていると聞いた。


「ふたつ。ステラ様とミアは、母娘の関係だ。遺伝的な要素の可能性も捨てきれない。そして、みっつ――俺は、これが一番理由として大きいと思うのだけれど」


 ウィル様はそこで、目を細め、とろけそうなほど甘い笑顔で微笑んだ。


「――聖女と騎士が、心から愛し合っている」


 ウィル様は悪戯っぽい表情でそう言うと、私の髪を一房手に取り、口づけをした。


「な、な、な……! さ、さすがに関係ないのではありませんか!?」


「ふふ、そう思う? でも、断定するのはまだ早いよ。だって、ミアが言っていたじゃないか」


 手に取った髪を優しく私の耳にかけると、ウィル様は、確信したような口調で告げる。


「――聖魔法の威力は、愛情や心の安定によって変化するんだろう?」


「……あ」


 そうだった。

 確かに、私の聖魔法の威力は、自分の心に左右されるのだ。

 疑心暗鬼になっていた時は効果が減衰したし、心から助けたいと願ったときは、想定以上の効果を持つ魔法が発動した。


「つまり……」


「うん。俺とミアだから、ステラ様とジュード殿だから、なるべくしてなったってこと。きっとね」


 そう言われたら、私もそうなのかもしれないと思い始めてきた。

 ステラ様たちは、教会を脱走しても一緒に暮らしたいと思うほど、仲睦まじい夫婦だった。なるべくしてなった……その通りなのかもしれない。


「まあ、実際は調べてみないと何とも言えないけど。ちょっと色々観察実験してみよう」


「ええ。私も気になりますし、お手伝いできることがあったら、言ってくださいね」


「うん、ありがとう……負担をかけてごめんね」

 

「いいえ。私が望んでそうしたいと思っているのです。もっと聖力を温存している時でしたら、ウィル様にまた『加護』をかけても大丈夫ですから、遠慮なくおっしゃってください」


「ミア……」


 ウィル様は、私が倒れてしまったことを思い出したのだろう。渋い顔をした。

 私はウィル様に頭を下げる。


「お願いします。『加護』をちゃんと定着させることができるのか、私も気になるのです」


「……わかった。でも、次にやる時は、倒れない範囲でね」


「はい! ありがとうございます!」


 ウィル様は、心配そうにしながらも、頷いてくれた。

 私自身も、『加護』の件は気になっていたのだ。彼のお手伝いができることが、私はただ嬉しかった。





 それからしばらくの間は、神殿騎士の制約魔法についての調査と測定、そして条件を変えて他の聖女たちの『加護』を調べることに。

 ウィル様の身体に残る『加護』が切れるまでの日数を調べるという目的もあったため、私の聖力が回復しても、改めての『加護』は行わなかった。


 その代わり、私は『賢者の石』に限りなく近い魔法石を生成することを目指し、実験を続けていた。

 目指すのは、『治癒』『解毒』『解呪』『浄化』の四種類の聖魔法を込めた魔法石だ。


 ただ、やはりそう一筋縄ではいかなかった。

 普通の魔法石に込められる魔法効果は、せいぜい二つ。

 それも、一つの効果を込めた時に比べて、二つの魔法を込めた時はどうしてもその効果が下がってしまったのだ。


「うーん、やはり難しいね。三つ目の魔法を込めた時点で、魔法石の耐久値が限界を迎え、壊れてしまうのか」


「はい。それに、もし上手くいったとしても、その効果は劇的に下がってしまうと思います。二つの魔法を込めた魔法石でも、一つの魔法を込めた魔法石の半分以下の効果になってしまうのですから」


「そうか……うーん」


 ウィル様は、顎に手を当て、難しい顔をして唸っている。


「……こうなったら仕方がない。魔法石を何種類か持って、一度、魔女の元を訪ねてみるか」


「魔女の家……確か、灰の森の奥に住んでいるのですよね? 灰の森というのは、どこにあるのですか?」


「ああ。灰の森は、その名の通り、死の山から噴出した灰の降り積もる火山地帯にあるんだ。王都からは結構遠いから、長期の休みを取らないといけないな」


「死の山のある、火山地帯……」


 私は頭の中で地図を思い浮かべる。確かに王都からはかなり距離がある……馬車で片道二週間といったところか。

 私は、ダメ元で、ウィル様にあるお願いをする。


「あの……私もお供させていただけませんか? 聖魔法がお役に立つかもしれませんし」


「気持ちは嬉しいけれど……それは駄目だ。灰の森は、普通の人には近づくことも難しい場所なんだよ。小噴火が続く死の山の麓は、地形的にも訪れるのが難しい場所だし……何より、強力な魔獣の巣が近くにある」


「小噴火に、魔獣の巣、ですか……?」


 噴火が続いている火山地帯に入るなんて、それだけでもかなり無謀だ。

 その上、強力な魔獣の巣……魔女は、そんなところでどうやって暮らしているのだろうか。

 それに、何より気になるのは――。


「時間遡行前のウィル様は、どうやって灰の森まで辿り着いたのですか?」


「あの時の俺は……魔女の元にたどり着くには、命さえ残っていれば構わないと思っていたからね。地形の問題は魔法と魔道具を駆使して何とかなったけれど……魔獣がキツかったな。魔力も気力も振り絞って、全力で魔女のところまで逃げ込んだよ。まあ……着く頃には片腕とか視力とか、色々なくなってたけど」


「えっ」


 さらりと爆弾発言をしたウィル様に、私の顔から血の気が引いた。


「そ、そんなところに、お一人で行くのですか!? 無茶ではありませんか!?」


 そんな話を聞いてしまった以上、ますますウィル様を一人では行かせられない。

 私の知らないところで、大怪我を負いながらも魔獣と戦うウィル様を想像したら……もし、もしも、ウィル様がそれで命を落とすことにでもなったら。

 ついていったら足手まといになるのかもしれないが、自分だけ安全な場所にいて後悔するなんてことになったら、絶対に嫌だ。


 けれど、ウィル様は、私を安心させるように微笑む。


「無茶な話でもないよ。行くのは二回目だし、『治癒』の魔法石を多めに持っていくつもりだし」


「でも、魔法石は回復スピードが遅いですし、効果が限定されていますわ」


「出る前に、ミアに『加護』もかけてもらうよ」


「それでも無茶です。私がそばにいなかったら、『加護』だって補充できないのですよ?」


 私は、泣きそうになりながら、必死にウィル様に訴えかける。


「ミア……心配してくれて嬉しいけれど、本当に大丈夫だよ。実は、まだ僅かな可能性の話なんだけど……魔女の家に安全に行ける方法があるかもしれないんだ」


「えっ? 安全に行ける方法、ですか?」


「うん。それを知るためには、事情を聞かなくてはならない人がいる。そのために、次の定期報告会のついでに王城へ行こうと思っていたんだけど……ミアも行くかい?」


「っ! 行きます!」


 私は、即答したのだった。

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