4-3 『加護』の魔法



 私はその後、訓練場を訪れた聖女に、聖魔法を教わることになった。

 ひとまず、今までに覚えてきた聖魔法を一通り、彼女に見てもらい、確認することに。


「ミアさんの聖魔法は、効果がすごく高いんだね」


「そうですか?」


「うん。詠唱も発動方法も私たちと同じなのに、何が違うんだろ」


 聖女はそう言って首をひねるが、答えは出なかったようだ。


「まだ力は残ってる?」


「はい、大丈夫です」


「だったら、残り時間も少ないけど、今日は『加護』の魔法を教えるね。やったことはないよね?」


「ええ」


「じゃあ、まずは『加護』の魔法の特性を覚えるところからだね。この魔法は、簡単に言うと自分以外の人に聖属性のバフを付与するものだから、一人では発動できない魔法なの。だから必ずペアで練習をするんだけど……まずは、ミアさんに私の『加護』をかけてみるね」


 そう言って聖女は、『加護』の魔法を唱え始めた。


「『加護ホーリーグレイス』!」


 聖女が詠唱を終えると、治癒や解呪の時に放たれるのと同じ、白い聖魔法の輝きが、私の身体全体を包み込んだ。

 なんだか肌の表面をさわさわと撫でられているような、奇妙な感じだ。少し鳥肌が立つ。

 肌に纏う、他人の力が何となく気持ち悪くて、私は心の中で、嫌だなぁ、と思ってしまった。

 その瞬間――。


 バリン!


 音を立てて、聖女の『加護』は壊れ、身体から全て剥がれ落ちてしまったのだった。


「えっ?」


「うーん、弾かれたかぁ」


 ――私が、無意識に何かしてしまったのだろうか。

 そう不安になって、私は聖女に謝罪した。


「ご、ごめんなさい」


「ううん、ミアさんが悪いわけじゃないんだよ。よくあることなの。この『加護』の魔法って、相性があるんだ」


「相性……ですか?」


「そう。神殿騎士にこの魔法をかけても、十人に三人には弾かれちゃう。聖力の相性かなあ?」


 身体に纏わりつく聖力が気持ち悪いと感じたのは、私と彼女の力の相性が良くなかったからなのかもしれない。


「これは聞いた話なんだけど、逆に百人いたら一人ぐらいは、想定以上の効果を発揮する場合もあるらしいよ。とにかく、私じゃあミアさんに『加護』をかけることはできなかったけど、こんな感じの魔法なの。詠唱を教えるから、覚えてね」


 その後、聖女から『加護』の詠唱を教わり、発動方法やコツなどをメモに書き留めたところで、終業時間となった。

 ウィル様はいつの間にか訓練場から出ていたようで、外の扉から入ってきて、私を迎えに来てくれたのだった。


「ミア、お待たせ。迎えに来たよ」


「ウィル様、ありが――」


「あっ、ちょうどいいところに! ミアさん、最後に、この人に『加護』をかけてみるから、ちょっと見てて」


「え? いや……俺は遠慮するよ」


 ウィル様は聖女が何をしようとしているのか察知したらしく、断ろうとしたが、彼女はもう詠唱を始めていた。

 彼は困ったように私に目配せをしたが、危害を加えるわけでもなければ、勉強になることでもあるので、私は頷いた。


「――『加護ホーリーグレイス』!」


 彼女が詠唱を終えると、ウィル様の身体が光に包まれる。

 光がおさまると、きらきらとした光の粒を身に纏ったウィル様が、不思議そうな表情で、自分の身体を確認していた。


「ふぅ、弾かれなかったぁ。私と騎士さん、相性悪くないみたいだね」


「相性……?」


 ウィル様は顔を顰めて、聖女の言葉を繰り返す。


「うん、そう。聖力の相性が悪いと、この魔法は弾かれちゃうの。逆に相性がいいと、しっかり『加護』が定着するんだよ」


 ウィル様は、後ろを向いて剣を抜き、素振りをしている。身体を動かす感覚も変わるのだろうか。


「ミアさん、これが『加護』の魔法だよ。帰る前にちゃんと見せられてよかった。――『解除クリア』」


 聖女が『加護』を解除すると、ウィル様の身体が強い光を放ち、纏っていた光の粒が消え去る。ウィル様は剣をおさめると、光が消えていくのを眺めていた。


「放っておいても、定着させた聖力を使い切れば『加護』は切れるけど、通常は『加護』と『解除』はセットだから、忘れないようにね。じゃあ私は戻るよ。ミアさん、またね」


「は、はい。ありがとうございました」


 そう言って、聖女は訓練場の扉から出て行き、室内には私とウィル様だけが取り残されたのだった。

 ウィル様は、聖女が出て行った方を見たまま、難しい顔をして顎に手を当て、何かを考えている。


「えっと……ウィル様……帰りましょうか」


「あ、ああ。そうだね」


 ウィル様はハッとしたように私を振り返ると、いつも通りに手を差し出し、馬車までエスコートしてくれた。



 馬車に乗り込むなり、ウィル様はカーテンを閉め、向かいに座る私に質問をした。


「ねえ、ミア。ミアも、『加護』を使えるようになったの?」


「いえ、まだやり方を教わっただけで、実践はしていませんわ」


「――なら、今すぐ俺にかけてみてよ」


「え? でも……」


「いいから」


「わ、わかりましたわ」


 私に頼むウィル様の表情はすごく真剣で、私は、覚えたての『加護』の魔法をさっそく唱え始めた。

 聖女に見せるために聖魔法をたくさん使ったので、少し疲れているが、聖力の容量にはまだ余裕があるはずだ。


「――『加護ホーリーグレイス』」


 祝詞の完成と同時に、私の聖力がウィル様を包み込み――、


「え……どうして……?」


 私の聖力は、音を立てて弾かれることこそなかった。

 しかし、ウィル様の身体にぐんぐん聖力が吸われていき、なかなか定着しない。


「こ、これは……?」


「どうして……? なぜ定着しないの……?」


 ウィル様は、驚いた顔で自身の身体を確認している。


「まさか……」


 魔法は、問題なく発動した。ということは、もしかしたら、聖女の言っていた聖力の相性というものが、悪いのかもしれない。


「ううん……、そんなの、いや」


 ウィル様と魔法の相性が悪いなんて、嫌だ。認めたくない。

 もしそうだったら、ウィル様が聖剣技を扱おうとするときには、別の聖女が彼のそばで――。


 私は、ウィル様に『加護』を定着させようと、さらに聖力を込めた。

 しかし。


「……どう、して……?」


「……っ、しまった、ミア!」


 私の聖力は、ウィル様に定着することなく、尽きてしまった。

 ウィル様の焦る声が耳に届くが、私の意識は遠のき、そのまま倒れてしまったのだった。

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