3-32 魔法石研究所
「――決めたぞ。私、王太子の名のもと、新たな組織を設けることとしよう」
王太子殿下は、自分のアイデアが気に入ったのか、何度も頷いている。
「魔法師団と魔法騎士団による、合同研究施設だ。王太子肝入りの『魔法石』を研究する施設で、魔法師団と魔法騎士団から有識者を数名ずつ
「それは、魔法師団から『魔法石』の研究を切り離すということですか?」
「そうだ。そうすれば研究内容を秘匿しつつも、魔石の購入ルートを確保できる。『魔法石』の生成も、ミア嬢一人に任せるのではなく、聖女たちにも手伝ってもらえるだろう。魔法騎士団は彼らの護衛をしつつ、神殿騎士から秘伝を教わることが可能だ」
確かに、今後『魔法石』を世に送り出すつもりなのであれば、私一人で魔石を浄化したり、聖魔法を込めるのには限界がある。聖女の手は、多ければ多いほど良い。
「研究内容が極秘で、部外者の立ち入りを禁ずるという触れ込みをすれば、聖女たちの身を隠すのにも役立つだろう。仮に教会に気づかれても、魔法騎士団や魔法師団、王城内で匿うよりは大ごとにならない。どうだろうか」
「……それならば、魔法騎士団としては問題ありません。研究内容の保護のために、魔法騎士が常駐し、警戒していると見せかけることもできる」
オースティン伯爵は、王太子殿下に向けて頷いてみせた。殿下は満足そうに口角を上げる。
「魔法師団も、賛成です」
シュウ様は、言葉を選ぶように、ゆっくりと話し出す。
「私自身も、今回の事件とは関係なく、そろそろ『魔法石』の研究を、魔法師団から切り離すべきではと考えていました。最近、魔法師団内の一部の勢力が活発化してきたので」
「ああ、そうだな」
王太子殿下は頷く。魔法師団内の一部の勢力とは、シュウ様を師団長から引きずり下ろそうとする人たちのことだろう。
「それから……研究施設ということなら、研究責任者が必要ですよね?」
シュウ様は、なおも考えを巡らせながら、真剣な表情で、殿下に尋ねた。
「そうだな。表に立つ代表は私となるが、別で責任者を立てる必要はあるな」
「なら、お願いがあります。私を研究責任者として、推薦してもらえませんか?」
「それは心強いが……シュウ、そなたは魔法師団長という立場だ。兼任は難しいのではないか?」
「――魔法師団長は、辞任します」
シュウ様は、きっぱりと言い切った。
皆が各々に驚きの表情を浮かべ、室内は一瞬、水を打ったように静かになる。
「……いま、何と?」
「私は、魔法師団長を辞任します。所詮私は、前師団長の体調が回復するまでの、つなぎの師団長でしたから」
「……そうか」
やはり、聞き間違いではなかったようだ。
そして、シュウ様の意思も固いようだ――辞任については、以前から考えていたのだろう。
「わかった。引き抜きと言うことならば、後腐れもなく辞任できるか。その方がシュウにとっても良いだろうしな」
「ええ。次の師団長は、魔法師団内で
「まあ……だが、魔法師団長の人事ともなると、流石に私一人の判断では動かせん。施設の承認を貰うことができたら、その時に私から提案してみよう」
「ありがとうございます」
殿下の渋い顔と、シュウ様の安心したような、すっきりしたような表情が、対照的だ。
殿下は続けて、マリィ嬢たちの方へと向き直る。
「で、だ。聖女マリィよ、そなたはこの提案、どう見る」
「はいぃ、とっても嬉しいご提案ですぅ! ぜひよろしくお願いしますぅ」
「そなたも良いか? 神殿騎士の……」
「はっ。クロムと申します」
「クロム殿だな。貴殿はどう思うか」
「もちろん、俺は賛成です」
マリィ嬢とクロム様も、すんなりと提案を受け入れた。
「よし。形にはなりそうだな。では、これで承認を取ることとする。あとは魔法師団、魔法騎士団から、それぞれ信頼できる団員を数人引き抜く。人選は現団長の二人に任せよう。それから、ミア嬢……そなたも施設の職員ということでいいな?」
「えっ」
私の方にも突然話が回ってきて、思わず驚き、肩を跳ねさせてしまった。
「えっと、私も、参加してよろしいのですか?」
「ああ、もちろんだ。他の聖女もいるし、身の安全にさえ気をつけてくれるならば、教会のように行動を制限するつもりもない。もし引き続き研究に協力してくれる意思があるなら、そなたにとっても都合の良い隠れ場所だと思うが」
「ええ、私がお役に立てるなら、喜んで!」
このまま『魔法石』の研究を手伝うことで、たくさんの人の役に立てるなら、それは私にとっても喜ばしいことだ。
私が笑顔で返事をすると、殿下も満足そうに頷き返した。
「あとは……南の丘教会の聖女たちが減っていることを、できる限り長い期間、誤魔化さなくてはならない。マリィ嬢、クロム殿、上手くやれるか?」
「はい! 任せて下さいぃ!」
「ええ、俺はそういった工作は得意ですから。ご心配なく」
*
こうして。
新しい施設――『魔法石研究所』の設立に関する話は、その後もとんとん拍子に進んだ。
事前にそうなることがわかっていて、根回しでもされていたかのように、設立の承認もあっという間に下りた。
国王陛下は「正解だ」と言わんばかりに、満足気に頷いたとか。
施設の建物は、競売にかけられていた没落貴族の邸宅を購入し、利用することになった。
鍵を取り替え、魔道具による簡易結界と神殿騎士による結界を二重に貼り、家名の記された表札は、『魔法石研究所』と書き換えられる。
庭園には簡素な囲いが建てられる予定だ。その中に認識阻害と防音の魔法陣を敷けば、騎士たちの訓練場に早変わりする。
サロンは実験室、応接間は測定室、ライブラリーは資料室と化した。魔法師団から買い上げた中古の機器や資料が、続々と運び込まれていく。
執務室はそのまま、職員が執務を行う部屋に。客室やパントリー、ダイニングルームなどは、聖女たちと神殿騎士たちの生活空間になる。
目が回るようなスピードで準備が進められ、あっという間に聖女たちも護送される。
そして、研究所は王太子殿下の名のもと、所長として魔法師団からシュウ様を引き抜き、あれよあれよと開設された。
――ここに、教会と魔族への反撃の狼煙が、密かに上がることとなったのである。
*
そして――皆がその準備に奔走している頃。
私にようやく、ウィル様と二人で話をする機会が訪れた。
舞踏会の日、牢屋でウィル様が口にした、『前回』『今回』という言葉。
思い返せば、ウィル様は、折に触れて『今回は』とか、『もう二度と』とか、私の理解が及ばないことを口にし、行動を起こしていた。
その理由を、本当はもっと早く確かめたかったのだが、あれ以降ウィル様が多忙で、なかなか会えずにいたのである。
「……今日こそ、聞けるといいなぁ」
ようやくディナーの約束を取り付けた私は、オースティン伯爵家のテラスで、ウィル様の帰宅を待つ。
ひとりで眺める星空は、なんとなくいつもより暗い感じがして、私は少し心細くなった。
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