3-19 二重スパイ



 アシュリー様の口から出た『ガードナー』の家名に、私たちは思わず反応してしまった。

 アシュリー様もシュウ様も、私たちに視線を向ける。


「……申し訳ございません」


 ウィル様は、バツが悪そうに謝罪した。私も頭を軽く下げる。


「いえ、仕方ありません。ガードナー侯爵家は神殿騎士団の家系……驚くのも無理はないでしょう」


「二重スパイというのは?」


「文字通りの意ですよ。私はローズを通して、神殿騎士団や教会の情報を受け取る。ローズは、私から得た王家の情報を流す。もちろん、こちらから流す情報は、差し障りのない情報だけですがね」


 ウィル様が尋ねると、アシュリー様は眼鏡を指で押し上げつつ、答えてくれた。


「つまり……ローズ嬢も、アシュリー殿と共に二重スパイの役目を負っているのですか? その……ご気分を害されたら申し訳ないのですが……」


「ああ、信用できませんよね。当然です。特に、ローズの妹――デイジー・ガードナーが、貴方たちに迷惑をかけたようですし」


「ご存じでしたか」


「ええ。ガードナー家の動向は、ローズから聞いていますからね。それで、質問の答えですが……ローズに関しては、信用して構いません。彼女は個人的な事情から、現神殿騎士団との対立を強く望んでいます。私との関係も、世間一般の婚約関係というよりは、互いの望みを叶えるためのビジネスパートナーに近いものですから」


「私も保証しよう。ガードナー侯爵家はかなり真っ黒な家だが、ローズ嬢は信頼できる」


 続いて、シュウ様がローズ様の事情について、補足する。


「アシュリーの婚約者、ローズ嬢は、本来なら神殿騎士団長の座に就いてもおかしくない身だったんだ。彼女はガードナー侯爵夫人の連れ子で、父親は侯爵家の縁者。王国内で、最も神殿騎士団長の血を濃く受け継いでいる人物だ。ただ――彼女は、女性だった」


「女性だからといって、神殿騎士が務まらないわけではないのですが。ご存じの通り、教会は古い体質ですから……女性の神殿騎士は前例がないということで、入団を認められませんでした。身分も性別も関係ない、実力主義の魔法騎士団とは、何もかもが違う。ローズは、王家の助力を得て、教会と神殿騎士団の改革をしたいと思っているのです」


「なるほど……。ところで、教会はなぜ王家の情報を欲しているのですか?」


「……ここからは、まだ確たる証拠を得られていない情報なのですが……どうやら、教会は隣国王家と何かしらの繋がりがあるようです。数年前――私にローズとの婚約の話が来たのも、シュウにリリー嬢からの婚約打診が来たのも、今思えば、王国の内部情報が目的だったと考えられます」


 シュウ様の『婚約騒動』には、リリー・ガードナーが関係していたようだ。どこかで聞いたようなとは思っていたが、そういえば、お母様が一度、ガードナー侯爵家の事情について説明してくれたことがあった気がする。

 シュウ様は片思いだったとウィル様から聞いたが、果たして彼は、リリー様の現状を知っているのだろうか……。


 そして、アシュリー様の言葉には、とんでもない情報が含まれていた。

 ウィル様は顎に手を当て、眉をひそめて、その言葉を繰り返す。


「――隣国との内通、ですか」


「ええ。現在は休戦中ですが、北部に位置するかの国は寒く、土地も痩せています。おいそれと王家が手を出せない教会に息をひそめて、いまだこの国の国土を狙っているのでしょう」


「国王陛下には、上奏しないのですか?」


「……まだ確証が持てないのです。宰相閣下にも、『証拠を持ってこい』と一蹴されてしまいました。王太子殿下には一足先にお伝えしているのですが、殿下もタイミングを見計らっているようですね」


 確たる証拠がないのであれば、国王陛下の耳に入れることはできないのだろう。アシュリー様のお父上――宰相閣下も、証拠がなくては動けないのかもしれない。


「ただ、今度開かれる舞踏会で、何かしらの行動を起こすのではないかという情報が出てきたため、密かに警戒を強めています。魔法騎士団にも、間もなく何らかのお達しがあるかと」


「舞踏会……! それは……!」


「もしや、魔法騎士団の方でも何か情報を入手しているのですか?」


「……っ、いえ、その……」


 ウィル様は、珍しく歯切れが悪い返答をする。

 そして、ちらりと私たちの方を見ると、アシュリー様に向き直った。


「……実は、お役に立てるかもしれない情報があります。ですが、今は……。後ほど、シュウさんと三人で、お時間をいただくことはできませんか?」


 ――どうやら、私や魔道具研究室のメンバーには、聞かれたくない話のようだ。


「ふむ……」


「終業後であれば、私は構わないぞ」


「……では、日没後、魔法騎士団の方へお邪魔しても?」


「ええ。お願いいたします」


 ウィル様とアシュリー様、シュウ様の三人は、今日の業務が終了した後に会う約束を取り付け、その場はお開きとなった。

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