3-16 王城へ
魔法師団長のシュウ様と打ち合わせをしてから、一ヶ月弱。
王家主催の舞踏会まで、あと二週間を切ったある日のこと。
私とウィル様は、ビスケ様、ホイップ様と共に王城を訪れていた。
「ドレスアップもしないでお城に、だなんて……なんだか、そわそわしてしまいますわね」
「ミア、心配しなくても大丈夫だ。今日のきみは、どこからどう見ても研究員だよ」
「ええ。ウィル君の言うとおり、バッチリ似合ってるわ」
「そうですか……?」
ウィル様はいつも通り魔法騎士の制服を着用しているが、私は今日、魔道具研究室の一員として、作業服を貸してもらっている。
髪型も、後ろでお団子にまとめてもらった。普段は下ろしているか、ハーフアップにすることが多いので、顔周りがスースーして、ちょっぴり落ち着かない。
また、いつもはドレスやスカート、ワンピースで過ごすことが多いのだが、今日はパンツスタイルだ。靴もフラットだから、歩いている時の感覚が全然違う。
「ああ、でも研究員にしては可愛すぎるけれどね。特に髪型がね……白い首筋がまぶしくて心配だ。ああ、こんなことなら、痕でもつけておけばよかったな」
「もう! 何言ってるんですか! おやめくださいまし」
ビスケ様もホイップ様もいるというのに、この人は何を言っているのか。
そもそも、お砂糖を吐きまくる割に奥手で純情なウィル様は、痕が残るような真似なんてしたこともない。なのに、どうしてわざと勘違いを誘うようなことを言うのだろうか。私には全く理解できない。
「はは、ごめんごめん。ミアの頬が可愛らしく染まるところが見たくて、つい、ね」
私の頬に触れて、悪びれもせずにそんなことを囁くウィル様の耳元には、新緑色のシンプルなピアスが飾られている。
私の胸元に輝くペンダントと同じ輝き――魔石のアクセサリーだ。
以前、私が加減を間違えて浄化の聖力を注ぎすぎてしまった魔石に、ウィル様の魔力を追加で込めたものである。
ウィル様はあれから、手先の器用なホイップ様に依頼して、その石をピアスに加工してもらったらしい。
そのホイップ様はというと、テーブルもない馬車の中にも関わらず、何かの部品らしき物をひたすら作り続けていた。部品作りに没頭していて、私たちの会話も耳に入ってこないようだ。
「……意地悪です」
私がため息をついて顔を背けると、ウィル様はくすりと笑って、頬から手を離した。
「うふふ、本当に仲良しねえ」
ビスケ様が楽しそうに笑っているのが聞こえるが、恥ずかしくて顔が向けられない。
ウィル様はいつも堂々としているけれど、恥ずかしいと思うことはないのだろうか。
「それよりウィル君。魔法騎士団の方は、どうなってるの? 魔力探知眼鏡は役に立ってる?」
少しして、ビスケ様が、笑いをおさめて問いかけた。
私を見ながらにこにこしていたウィル様は、一転して真面目な表情に変わる。
「ああ。魔力探知眼鏡のおかげで、捜査は順調に進んでいるよ。魔道具研究室のみんなが頑張ってくれたおかげだな」
「それは良かったわ」
ビスケ様は満足そうに頷くと、続きを促した。
ウィル様は、捜査の関係上話せることが限られていると前置きをした上で、話し始める。
「貴族街の方は、今のところ順調だ。それと並行して平民街の調査も行っているが、そちらからは呪物はほとんど出てこなかった」
どうやら、私とウィル様がデートで出かけたような貴族向けの商店で、呪物が販売されているようだ。
その形状は指輪や腕輪などのアクセサリー、ストールや靴といった服飾小物が主で、やはりいずれも『ブティック・ル・ブラン』の刻印や刺繍が施されていたということである。
「貴族街の商店に置かれていた品については少しずつ回収が進んでいるが、問題は各ギルドと、個々の邸宅に入り込んだ呪物だな。利権も絡んでくるし、少し手間取りそうだ。もっと証拠を集めて『ブティック・ル・ブラン』のことを公表し、商品を回収するのが手っ取り早いかもしれない」
けれど、安易にすぐさま公表というわけにもいかないのだそうだ。
関係者に証拠を隠滅されてしまう可能性もあるし、そもそも、どうやって魔法騎士団が呪物の出所を突き止めたのか――今の段階でそれを教会に探られると、危険だからである。
「職人ギルドや商人ギルド、冒険者ギルド……各ギルドに呪物の関係者が紛れ込んでいる可能性もあるから、簡単にそっちに協力を求める訳にもいかないもんね」
「ああ。現状、誰がどういう形で関与しているのか、まだまだ不明点が多いからな」
ウィル様は、頷いてため息をついた。
「それから……詳しいことは言えないが、やはり一番怪しいのは教会だな。今は隠密行動を得意とするヴェント隊の騎士たちが、各教会に密かに張り付いて情報を集め始めているところだ」
「やはり、教会が出てくるのですね……」
呪物に触れた人の呪いを解くのも教会。ガードナー侯爵家も神殿騎士の家系、すなわち教会の関係者。そして、先月、エヴァンズ子爵家を探りに来た聖女……。
ステラ様も教会に不信感を抱いていたようだし、先日会った魔法師団長のシュウ様も、今日会う予定になっている宰相の息子さんも、そしてウィル様もお父様も、同じく教会を警戒している。
私ももう、何も知らなかった頃と違って、教会を神聖な機関として見ることができなくなっていた。
「……ミア、不安だよね。けど、大丈夫。ミアのことは、魔法騎士団が――俺が絶対に守るから」
「ウィル様……」
私が不安に思っていると、ウィル様はすかさず私の手を取って、両手ですっぽりと包み込んだ。
ウィル様の手は大きくてあたたかくて、触れているとなんだか安心してくる。
彼は、新緑色の目を細めて、優しく微笑んだ。
「はいはい、おふたりとも。相変わらず仲良しなのはいいんだけれど、もうすぐお城に到着するわよ。そろそろ『氷麗の騎士』に戻ってもらわないとね」
「ああ。大丈夫、外ではちゃんとするから」
ちょっと呆れを含んだ声で、ビスケ様は準備を促す。
ウィル様は、なんだか干物男みたいな、ちょっぴり不安になるような返事をしつつも、私から手を離した。
ホイップ様も、ビスケ様に声をかけられて、片付けをし始めている。
そして、私たちを乗せた馬車は、城門前へと到着したのだった。
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