3-3 やっぱり甘すぎる氷麗の騎士



 ウィル様が帰ってきたのは、外が暗くなり始めた頃だった。

 私は外に出るわけにはいかないので、玄関扉の内側でウィル様を出迎える。

 事前に、彼が帰宅したら出迎えたいと伝えてあったので、伯爵家の使用人が私を呼びにきてくれたのだ。


「ウィル様、お帰りなさいませ」


「ただいま……っ、ああ、ミア、わざわざ出迎えに来てくれたんだね! すごく嬉しいよ!」


 ウィル様は、玄関の扉を開けた瞬間までは疲れ切った表情だったが、すぐさまとびっきりの笑顔になる。

 荷物と上着を預かるために使用人が控えているにも関わらず、私の方へ駆け寄ってきて、そのままギュッと抱き寄せた。


「う、ウィル様! いきなり抱きしめ……っ、は、恥ずかしいですわ」


「大丈夫。俺がどれほどミアのことを愛しているか、皆知っているからね」


 確かに、昨日私をオースティン伯爵家に迎える時も、ウィル様はものすごく張り切っていた。

 けれど、伯爵家の使用人は皆、なんてことない顔をして暴走モードのウィル様をあしらっていた気がする。


「それよりも、こうして今日もミアの顔を見られるのが、本当に嬉しい。疲れも吹き飛ぶよ。ありがとう、ミア」


「い、いえ、そんな……」


 私もウィル様のお顔が見たかったから……なんて言ったら、大変なことになってしまいそうな気がしたので、自重する。

 私は、ウィル様の胸をやんわりと押して、その腕の中から脱出した。ウィル様はいいのかもしれないが、私はやはり人に見られていると思うと、恥ずかしくて仕方がない。

 ウィル様は一瞬残念そうな顔をしたが、私が恥ずかしがっていることに気がついたのか、すぐに腕の力を緩めてくれた。


「ありがとうございます……。その……本当は朝もお見送りしたかったのですけれど、支度が間に合わなくて。魔法騎士のお仕事は、朝早いのですね」


「ああ、今日は特に早かっただけだよ。昨日、早退したからね」


「私の誕生日会のために……。ご迷惑をおかけして――」


「迷惑だなんて思っていないよ。今の俺にとっては、他の何よりもミアのことが大切なんだから」


 ウィル様は真剣な表情で、私が謝るよりも先に、そう言い切った。

 けれど、本当に負担になっていないのだろうかと、心配になる。


「嬉しいですけれど、どうしてそこまで……?」


 私は思わず、呟いた。


「……今のうちに、君との時間を、思い出を、たくさん作っておきたいんだ」


「それはどういう――」


「それより、ミアは、困ったこととかなかった?」


 ウィル様は、どこか遠い目をして、意味深な返答をする。

 その意味を聞こうとして問いかけた私の言葉は、おそらく意図的に、途中で遮られてしまった。


「……はい。おかげさまで、皆様良くしてくださるので」


「なら良かった。食事はこれから?」


「ええ」


「じゃあ、一緒に食べよう。そうだ、二階に星のよく見えるバルコニーがあってね。食事はそこに運んでもらおうか」


「まあ、素敵! 今日は晴れていますものね、きっと夜空も綺麗ですわ」


 ランチはご一緒することがあったけれど、ディナーを共にするのは初めてである。

 初めてのディナーが、星を見ながらなんて――ロマンチックで素敵だ。


「……ふふ」


 ウィル様は、小さく笑みをこぼした。


「どうされたのですか?」


「俺の帰りを待ってくれて、一緒に食事をして……時間を気にせず、夜まで一緒にいられるなんて。なんだか、夢みたいだな」


「……そうですわね」


 ウィル様は、私の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。愛おしそうに目を細め、口元を綻ばせて。


 夢みたい、とウィル様は言ったが、これは夢ではなく、紛れもない現実だ。

 大きな手のひらも、シトラスの香りも、伝わるあたたかな想いも、全部ちゃんとここにある。

 けれど、関係が冷え切っていた頃のことを思い返すと、確かに今の状況は夢のように感じられるのかもしれない。


「今は期間限定だけど、俺たちが結婚したら、毎日こうしてミアの顔を見られるんだよね。ああ、俺、幸せすぎてどうにかなっちゃいそうだよ」


「ウィル様……」


「――ふふ、可愛い。好き」


「〜〜〜っ!」


 可愛いとか好きとか、人前でさらっと言えるのはもう特殊能力じゃないだろうか。

 私は、返事をしたくても、はくはくと声にならない声を発することしかできない。


「さ、行こうか」


 ウィル様はそんな私を楽しそうに見ながら、すっと手を差し出した。


「……はい」


 私は熱くなった頬を持て余しながらも、ウィル様の手のひらに指を乗せる。

 甘すぎる氷麗の騎士は、そのまま私を星空の下へとエスコートしてくれたのだった。

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