閑話 秘密 前編 ★ウィリアム視点
ウィリアム視点です。
時系列は、ミアがオースティン伯爵家に移動する直前です。
――*――
ダイニングルームでのミアの誕生日会が終わり、ミアが荷物をまとめている間。
ミアの兄オスカー殿が、突然俺を呼び止めた。
「ウィリアム様、ちょっとよろしいですか」
「……はい」
俺は、少しばかり身構えた。ミアの両親も妹も使用人も下がり、この場には二人きりだ。
彼はおっとりしたタイプなのだろうと勝手に思っていたが、実は相当な切れ者だということは先程判明したばかりだ。
「実は、僕、あなたに謝らなくてはならないことがあります。マーガレットの件で」
「マーガレット嬢の? 手紙のことですか?」
「ええ。……僕、マーガレットとヒースが共謀して、手紙を差し止めていたことも、実は気がついていました。気づいていながら、それをやめさせることをしませんでした」
「……そうですか」
俺は、表情を変えることなく、淡々と返事をする。
正直、彼が傍観者に回っていたであろうことは、先程のやり取りで気がついていた。
「あれ? 驚かないのですね?」
「あなたほど聡明な方なら、すぐに気がついただろうな、と思いまして」
「聡明……か。そんな大したものじゃないんですけどね。……あ、ちなみに、父や母や使用人たちは知らなかったと思いますよ。ミアのこともマーガレットのことも、そこまで注意して見ていなかったでしょうから」
「なら、あなたはどうして」
どうして気がついたのか。どうして傍観を決め込んだのか。
俺は二つの『どうして』を込めて、問いかけた。
「ウィリアム様は、ミアに傷を癒してもらったことがありますか? それ以外の聖女には?」
「え?」
突然話がすり替わって、俺は眉をひそめた。
オスカー殿の意図が読めないが、俺はひとまず、素直に答えることにした。
「聖女には何度も助けられています。ミアには、二回ほど」
「……ミアに治癒してもらった時、他の聖女の時とは違いませんでしたか? なんていうか……ミアの心が寄り添ってくれているみたいに、感じたりしませんでした?」
「ミアの心……」
俺は顎に手を当てて思い返す。
一度目は、幼い頃、ミアを守って魔獣から攻撃をくらった時。
二度目は、ミアに呪物が贈られてきて、解呪に成功してミアを抱きしめた時。
確かに、他の聖女に治癒された時よりも、強くあたたかな、心地良い力が流れ込んできたのは覚えている。
だが、はっきり言って俺は二回ともミアのことしか考えていなかった。だから、オスカー殿の言ったことは、正直よくわからない。
「僕はね、幼い頃に、何度かミアに怪我を治してもらったんですよ。あの子は無意識だったんでしょうけど。その時、いつも、ミアの心がそばにいた。僕の心がいくら乱れていても、必ず、ミアの心が僕の心に割り込んでくる。ただ、それは不快ではなくて、むしろ――」
オスカー殿の目を見て、俺は、ようやくそこに宿っている想いに気がついた。
「……ミアが聖女かもしれないと、血のつながりがないかもしれないと気がついた時、僕はもはや、自分の気持ちを認めざるを得ませんでした。王国民としての義務を怠り、罪を犯したとしても、絶対にミアを外になど出すまいと」
「オスカー殿――」
「多分ですけど、マーガレットがミアにあれほど執着するのも、僕と同じ理由だと思います。だから、僕はマーガレットのやることを見過ごしました。僕も、マーガレットと同じ気持ちだった……あわよくば、あなたとミアが婚約を解消して、このエヴァンズ子爵家で、僕と」
「……あなたは、ミアを」
「いえ、言わないでください。この秘密は、ちゃんと僕一人で抱えて、墓場まで持って行きます」
オスカー殿はそう言い切った。もう、本人はとっくに、きちんと割り切っていたようだ。
だが、それなら――
「……なぜ、俺にそのことを?」
「ミアがあなたを愛しているからです。他の男がどれだけミアを想っていたとしても、あの子にとってはあなたしかいないし、あの子を幸せにできるのもあなたしかいないのです」
俺はオスカー殿の言葉に、当惑した。オスカー殿は、構わず話を続ける。
「――ですから、ミアの力を他者に使う時は、充分注意しなくてはならない。繰り返し使う時には、なおさら。ミアの力は、他の聖女とは根本的に違うような気がしてならないのです」
「なるほど……わかりました。ご忠告、ありがとうございます」
「それと……」
そこでオスカー殿は言葉を切り、俺の目を覗き込んだ。
「具体的にはわかりませんが、ウィリアム様、あなたも何か大きな秘密を抱えているのでしょう? ミアに明かさないのですか?」
「……っ!」
俺は、彼の言葉に、今度こそ本気で驚かされた。
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長くなったので分けます。
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