第六章 噂と疑念

1-27 唯一の弱点 ★ウィリアム視点



 ウィリアム視点です。


――*――


 エヴァンズ子爵から預かった手紙を父上に渡すため、俺は魔法騎士団の詰所へと向かっている。

 郊外にある演習場とは違い、詰所は王城に近い位置に建てられているから、馬を思い切り走らせることはできない。

 ゆっくりと馬を歩ませながら、俺は先ほどのことと、逆行前のことを思い返していた。


 呪いの件も気になる。手紙の件もある。

 ミアを取り巻く環境が、色々と厄介なことになっているようだ。

 呪いのことは、魔法騎士団の調査が入るだろうが……手紙の件は、俺とエヴァンズ子爵で調べるしかない。



 逆行前のこの時期。

 魔法騎士の入団試験を控えて忙しくしていた俺は、ミアと数ヶ月もの間、会っていなかった。

 手紙を送ったりはしていたものの、ミアから返事が来ることはなく、ますますエヴァンズ子爵家への足が遠のいていた。


 ミアは箱入り娘で、パーティーや茶会に出ることもない。俺がエスコートとして呼ばれることもなかった。

 新年の夜会でも家族と過ごしていたから、形式上の挨拶を交わしただけだったように思う。


 俺はあの頃ミアに対して、重たい枷のような責任感を持ってはいたが、愛情を感じてはいなかった。

 返事が来なくても、婚約者としての責任から、忙しい時間の合間に手紙を書いて送り続けていた。

 あの時、返事が来ない理由を考えもせず、早々に交流を諦めてしまったのは、俺自身の怠慢とミアへの不信感からだったのかもしれない。


 当時、ミアには、ある噂があった。


 学園にも通わず、茶会やパーティーへの参加も最小限に抑えて屋敷から出ようとしないのは、子爵家の中に、ミアの想い人がいるからだと。

 ミアは以前から、決して叶うことのない恋をしていた。そんなミアを励まし、寄り添い、心の隙間を埋めてきたのが、子爵家の――おそらく、使用人の男なのだと。

 ミアの気持ちは、現在、その男に向いている。そのため、ミアは婚約に消極的で、婚約者とは手紙のやり取りすらしないほど不仲なのだと。


 そして、逆行後の今も、似たような噂が流れている。



 ――先程、ミアと話した時。

 あの時は気にならなかったが、ミアは何か言っていなかったか?

 確か、『治癒ヒール』を無詠唱で発動した時の話を聞いた際、顔を赤くしながら、彼女はこう言った。


「――やはり噂は噂にしか過ぎなかったと、安心しました」


 ――噂は噂にしか過ぎなかった。

 話の流れからして、それは、俺に関する噂……それも悪評だろう。


 どこから聞いたのか知らないが、ミアの行動範囲は限られている。

 俺の方に流れてくるミアの噂と総合すると、おのずと噂の出所は絞られてきそうだ。



「……ミアは滅多に外へ出ないから、噂には、子爵家内部の人間が関係している。茶会やパーティーなど、外部との接点が多く、貴族令嬢と噂話ができる立場。そして、ミアとも積極的に情報交換をする人間。確定しているのはその一人で、それ以外の協力者の有無は不明だな」


 ここまで絞り込めたら、さすがに誰だか目星がつく。

 手紙の件も、その者が多かれ少なかれ関わっているとみて、おそらく間違いない。


「だが」


 今回は、逆行前と違って、俺とミアとの間には深い絆が生まれつつある。


「……思い通りにいくと思うなよ」


 怒りで冷たい魔力が漏れてしまいそうになるのを必死に制御しつつ、魔法騎士団の詰所に着くまでの間、思考を巡らせたのだった。





「失礼します。父上、ウィリアムです。書類をお持ちしました」


「ああ、入れ」


 本来、家族だからと言って魔法騎士団長の部屋を自由に訪ねる権限は持たない。

 だが、俺は例外だ。訳あって時折魔法師団にも顔を出しており、魔法騎士団宛の書類を預かることもあるためである。


 許可を得て扉を開けると、俺と入れ替わるように事務官が書類を持って出て行った。

 礼をして事務官を見送ると、俺は扉を閉める。


 俺は懐から手紙を取り出すと、父上の執務机の前まで歩を進めた。

 俺より濃い緑色の瞳が、ちらりとこちらを向くが、視線はすぐに再び机上の書類に落ちる。

 下を向いても垂れないように、きっちりと固めている黒髪は、魔力が高い証拠だ。


「父上、こちらを。早急にあらためていただけると助かります」


 俺はエヴァンズ子爵から預かった手紙を父上に手渡す。

 父上は一瞬、顔をしかめ、射抜くような視線を俺に向けた。

 だが、開封するまで俺が部屋を去るつもりがないと知ると、ため息をつきながらも手紙を開いたのだった。


 仕事が溜まっているからだろう、最初は嫌そうな表情で手紙を流し読みしていたが、読み進めるにつれ真剣な表情に変わっていく。


 王都に蔓延はびこる謎の病。

 教会は、病の治療は行ってくれるものの、原因が外から来たものに起因する場合、その原因を教えてくれることはない。人権の保護だとか、不安を煽りたくないだとか、理由はいくつか挙げられている。

 だが、魔法騎士団としては、原因を調査しそれを取り除くべきだと考えているのだ。そのせいで、近年、神殿騎士団とは対立していた。


「……貴族を中心に流行り始めた病は、呪いの可能性があるということか」


「少なくとも、俺とエヴァンズ子爵はそう考えています」


「……ふむ。少し調べてみるか」


 病の正体が掴めるかもしれない情報だ。この様子なら、父上も早めに動いてくれるだろう。


「だが、騎士が足りんな。南西部で魔獣の群れが発生、北部でも怪しい動きがある。現状、動かせる騎士はほとんどいない。――となると」


 父上は、俺を見た。

 俺よりも深い緑色の瞳からは、厳しさだけでなく、俺への信頼が伝わってくる。


「特例措置だ。春からの新入団員の一部を、早めに入団させる。ただし、公にはせず、極秘で動いてもらうことになる。それと、外部にも協力を要請することになるな」


「それはつまり――」


「ウィリアム・ルーク・オースティン。少し早いが、入団試験は合格だ。おめでとう」


 父上は、ふっと相好を崩した。

 合格を疑ってはいなかったが、こうして言い渡されると、喜びが湧き上がってくる。


「ありがとうございます」


「そして、街中での極秘捜査を、魔法騎士団長の名の下に、お前に一任する」


「はっ! 謹んで拝命致します」


「メンバーが揃い次第、詳細を詰めよう。お前の信頼する魔法師団員数人に声をかけておけ。それから――ミア嬢にも」


 父上の口から予想外の名前が飛び出し、俺は耳を疑った。


「――ミアにも、ですか?」


「ああ。呪いの靄を目視できる彼女の能力は、広い王都を捜査する上で大いに役立つだろう」


「しかし……、それは危険では」


 戸惑いながらも反論すると、父上の表情は一瞬で鋭くなった。


「危険だ。危険に決まっている」


「では……!」


「冷静になれ、ウィル。最近のお前は、ミア嬢のことになると、冷静さを欠く。それはお前の弱点だ。克服せねば、付け入られるぞ」


 俺が噛みつこうとするのを遮り、父上は俺を諭した。

 ミアのことになると冷静ではいられなくなる……それは、俺自身もちゃんと自覚している。

 だが、それでも、大切な人を可能な限り危険から遠ざけたいと思うのは自然なことではないだろうか?

 熱くなりそうなのをグッとこらえて、俺は、父上に小さく抗議する。


「……わかっています。だからといって、ミアを巻き込むのは」


「お前が守れば済む話だろう。それともお前は、大切な婚約者をこれからずっと囲ったまま、籠の鳥にするつもりか?」


 父上は、試すように俺を見ている。


「お前なら、何か不測の事態が起こっても切り抜けられるだろう? 死線をくぐり抜けた経験もあるだろう。――それとも、お前は自信がないのか? 自分の能力に、頭脳に、人脈に」


「俺、は……」


「そも、今日の試験だって怪我をするような内容ではなかっただろう。何がお前を焦らせている? 何がお前を鈍らせている? 悩んでいる暇があるなら、磨くのだ。肉体を、精神を、自分自身を」


「――っ、はい」


 父上は、俺を信頼してくれているのだ。

 だからこそ、心配している――俺にとって、唯一の弱点となり得る部分を。

 今回の任務は、父上が与えてくれた課題でもあるのかもしれない。


 ならば。

 俺は全力でミアを守る。そして、任務を安全に成功に導いてみせる。


「……覚悟は決まったようだな。いい顔つきだ。何かあれば、いつでも父を頼りなさい」


「はい! 父上……ありがとうございます」


 はっきりと返答をすると、父上は、慈愛に満ちた表情で頷いたのだった。

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