1-14 猪突猛進



「お姉様っ、失礼します!」


 ウィリアム様からの聖魔法指導が終わり、侍女のシェリーに着替えさせてもらった後。

 自室のベッドでウトウトしていると、突然、妹のマーガレットが部屋を訪ねてきた。


「ん……」


 私は目を開け、ゆっくりと身体を起こす。

 マーガレットの、お母様譲りのオレンジイエローの瞳は、なんだか泣きそうに歪んでいた。

 お父様譲りのライトブラウンの髪は、緩く巻かれていたが、急いでいたのか少し乱れてしまっている。


「……マーガレット、どうしたの? 何かあった?」


「それはっ、こちらのセリフですわ! だって、お姉様があの男のお見送りに行かないなんて! 何かあったのですよね? 具合が悪いのですか?」


「いいえ、少し疲れてしまっただけよ。どうってことないわ」


「嘘です、だって、ベッドで寝込むほど……はっ、も、も、もしかして、あの男! 嫁入り前なのにっ、お姉様に何かしたんですか!?」


 マーガレットは、衝撃を受けたように真っ青な顔をして、首をイヤイヤと横に振っている。

 髪がさらに乱れるが、彼女は気にしていないようだ。


 マーガレットは私と一歳しか違わないけれど、家庭教師に勉強を見てもらっている私と違って、貴族の学園に通っている。

 そのため、貴族子女の友人たちとも活発に交流していて、私に比べて色恋の話にはずっと敏感だ。


「何にもしないわよ、落ち着いて」


「落ち着けませんよっ! ……ねえ、お姉様。いつまであんな男との婚約、続けるんですか? 会いに来るたびに憂鬱なお顔をされているの、私、知っているのですよ」


「憂鬱だなんて、そんな……最初は確かにそうだったけど――」


「ほら、やっぱり! お姉様には、もっと優しくて明るくて、気の利く男の人の方がいいと思うんです。私、学園に通っているから知っているのですわ。素敵な殿方は他にもたくさんいるのですよ!」


「マーガレット……ありがとう。でもね――」


「私、お姉様に幸せになってもらいたいんですよっ! だから、私、あの男のことなんて絶対認めませんからね! あの男とじゃ、お姉様は幸せになれませんっ!」


「ウィリアム様は――」


「ああ、お姉様の可愛らしいお口から、そんな名前は聞きたくありませんっ! 今に見ていなさいですわ、黒髪の悪魔っ!」


 マーガレットは握り拳をワナワナ震わせて、おかしな方向に闘志をみなぎらせている。

 何を考えているのか知らないが、所詮十三歳の女子がすることだ。大したことではないだろう。

 ウィリアム様に多少の失礼があっても、今の彼なら、笑って許してくれるような気がする。


「マーガレット、何を考えているのかわからないけれど、私は充分――」


「あっ、いけない。お姉様、お疲れだったのですよね、ゆっくり休んで下さい! 失礼しますっ」


「マーガレット!」


 私が止めるのも虚しく、マーガレットはぷんすかしながら部屋を出て行った。

 彼女はどうやら、ウィリアム様を嫌っているようなのだ。

 しかもその原因は、私にある。


 マーガレットは、私の一つ下の十三歳。

 私は、少しそそっかしくて暴走しがちの彼女を放っておけなくて、しょっちゅう彼女の面倒を見ていた。

 そのため、幼い頃から姉妹仲はすごく良い。それどころか、気付いたら彼女は私に対して、偏愛レベルの愛を向けていた。


 彼女は、私が心に消えない傷を負っていることを知っている。そして、ウィリアム様がそれに付け込んで強引に婚約を結んだのだと勘違いしていた。

 そして、婚約当初はウィリアム様の冷たさと、ルゥ君のことトラウマがよみがえってきて辛い気持ちになってしまっていたこともあって、マーガレットはウィリアム様が私を傷付けていると思い込み、強い嫌悪感を抱いてしまったのだ。


 今は直接文句を言うのは我慢しているようだが、いつかウィリアム様に突っかかっていってしまうのではないかと危惧している。

 最近のウィリアム様はすごく優しいし、紳士だし……私も、もう彼と会うのが嫌という気持ちは、全くない。

 いつか、マーガレットと腹を割って話さなくてはと思うのだが。


「マーガレット……良い子なんだけれど、もう少し落ち着いて私の話を聞いてくれたらなぁ」


 私は大きなため息をついて、ベッドからのろのろと起き上がった。




 お父様が、私に事情を聞きにきたのは、翌日だった。

 私が聖力の使いすぎで疲れていたのを、考慮してくれたのだろう。


「ミア。魔力……いや、聖力はもう回復したかい?」


「ええ、一晩休んだらすっかり元気になりましたわ。ご心配をおかけいたしました」


「……昨日、ウィリアム君から詳しい話を聞いたよ。しっかり叱っておいた」


「え……?」


 硬い表情と声で告げられたその言葉に、さあっと血の気が引いた。

 私のせいで――私が我儘を言ったせいで、ウィリアム様に迷惑をかけてしまったというのか。


「お父様、今回の件は、私がウィリアム様に頼んだことで……っ」


「事情を聞いたから、それはわかっている。ミアの気持ちも多少は理解しているつもりだ。だがね、彼の勝手な行動に対して、私が叱らないわけにはいかないだろう。エヴァンズ子爵家の家長としても、ステラ様の友人としても――何より、君の親としてもね」


「そんな、でも、私の我儘で」


「そうじゃない。遅かれ早かれこの日は来るとわかっていたんだ。――それに、ウィリアム君は、私に叱られることをちゃんと覚悟していたよ。薄っぺらじゃない、確固たる意志が彼にはあるようだ。――彼が何を抱えているのか、まだ全部は聞けていないがね」


「お父様……」


「そろそろ、君にも話しておこうか。ステラ様のことを――」


「ステラ様……それは、もしかして」


「そうだ。ミア・ステラ・エヴァンズ。君のミドルネームになっている女性ひと――君の本当の母親だ」


 私は、息を呑んだ。

 お父様は、懐かしむように、痛みをこらえるように――眉にギュッと力を込めた。


「美しい星月夜だった。私と妻は、ステラ様と約束を交わしたんだ」


 お父様は、天を仰ぐようにして、語り始めた――



 

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