第29話


* * *



カトリーナは立派な馬車に乗って窓から景色を眺めていた。

サシャバル伯爵邸から、ほとんど出たとことのないカトリーナにとっては何もかも真新しく映る。

ナルティスナ領にいく時は景色も見ていたが、マナー本と寒さに気を取られて少ししか見られなかったことを悔いていた。


馬車の窓に張りつくようにして景色を見ているカトリーナを見て、ニナとトーマスが微笑んでいる。

王都はナルティスナ領に比べると蒸し暑い。

クラレンスはいつものように黒い全身を覆うローブを持ってきたようだが今は脱いでいる。

ローブを羽織っていても魔法の力で、まったく暑くないそうだ。


今はラフな格好をしているがクラレンスのスタイルのよさが際立っている。

雪のように真っ白な肌にこの国ではとても珍しい髪色と瞳。

国王もオリバーと同じ髪色や瞳の色をしているため、尚更そう思うのかもしれない。


クラレンスは口では冷たいことを言うのだとニナがよく騒いでいるが、カトリーナにとってはクラレンスの言葉や行動、すべてが温かく思えた。

こんなにも心穏やかな日々を過ごせるならば、カトリーナを身代わりにしてくれたシャルル達に感謝したいくらいだ。



「クラレンス殿下は何を買われるのですか?欲しいものとかは……」


「俺は別に欲しいものはない」


「そうですか」



カトリーナは小さく頷いた。

ニナがフォローを入れるように「今日はカトリーナ様のドレスや普段着、防寒着をたくさん買うのですよ?」と言って嬉しそうにしている。


一カ月後に控えた王家主催の舞踏会に出てみないかと、クラレンスに提案されてからダンスの練習も頑張っている。

今日はカトリーナのために普段、着る服だけでなくドレスも用意してくれるそうだ。

申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、こういう時クラレンスは「今後のための練習だ」と言ってくれる。


カトリーナが遠慮しないようにと気遣ってくれているのだと思った。



「カトリーナ様は何色が好きなのですか?ドレスを選ぶ際の参考にしたいのですが」



ニナの問いかけにカトリーナはクラレンスをじっと見た。

空色の美しい髪と宝石のような青い瞳を見てから、ニナに視線をもどす。



「できればでいいのですが……青か空色がいいです。クラレンス殿下の髪と瞳、すごく綺麗なので」


「まぁ……!」


「……!」



カトリーナの言葉にクラレンスもニナも驚いているように見えた。



「いいドレスが見つかるといいな」


「はい」



クラレンスの言葉に素直に頷いた。



「私は……こうして買い物をすることが、はじめてなのでとても楽しみです」


「……」


「景色もナルティスナ領とは違いますね」



こうして自由に外出して景色を見れるだけでも幸せだった。

ニナは目元を布で押さえながら「いっぱい、いっぱい買いましょうね!」と言っている。

クラレンスはいつものようにカトリーナの頭を優しく撫でている。


(お店で皆さんが喜びそうなプレゼントを買えたらいいのだけれど……)


そんな思いはあるものの、自分の知識不足が嫌になる。

カトリーナは今までサシャバル伯爵邸から出たことはない。

もちろん買い物もしたことはなかった。


サシャバル伯爵邸にくる商人とのやりとりを見たことはあっても、お金をもらって働いていなかったカトリーナは自分で何かを買うこともできなかった。


カトリーナはプレゼントを買うために、前もってニナにお金の使い方や買い物の知識を教わっていた。

そして再び、どうすればうまく買い物ができるのかを確認する。


ニナもカトリーナが自分で買いたいものがあると思っているのだろう。やり方を丁寧に説明してくれた。

そんな二人のやりとりをクラレンスが優しい瞳で見ていたのも知らずにカトリーナは緊張と期待に胸を膨らませていた。


まずは城に行く前に買い物からだと、馬車から降りると目の前に聳え立つ高級そうな建物。

カトリーナが圧倒されて中に入れないでいると、クラレンスが「エスコートの練習だ」といって腕を出す。

カトリーナは戸惑いつつも頷いてクラレンスの腕を控えめに掴んだ。


「素直じゃありませんねー」

「本当ですねぇ」


後ろからつぶやく声にクラレンスは後ろを睨みつけている。

カトリーナは自分の行動が間違っていないか確かめるために真剣だった。


店員と思われる男性が扉を開く。

慣れた様子で歩いていくクラレンスだったが、カトリーナははじめてみる場所に腰が引けてしまう。

そんなカトリーナに気づいたのか、クラレンスが優しく声を掛ける。



「怖いか?一度外に出てもいい」


「大丈夫、です」


「緊張することはない。俺の側にいろ」


「……はい」



クラレンスが心配そうにカトリーナを見ている。

カトリーナはこうして直接、クラレンスと顔を見て話せることが嬉しくて思えた。


「クラレンス殿下と、こうして顔を見てお話しできるのは嬉しいです」カトリーナが無意識に微笑みながら言うと「そうか。ならばカトリーナの前ではなるべくこうしていよう」と言ってクラレンスも笑みを浮かべた。


二人の甘い雰囲気を見てか、周囲は騒然としている。

ニナとトーマスは誇らしげに頷いている中で「ついにクラレンス殿下が……!」「あのクラレンス殿下に女性が触れているのか?」という驚きの声が上がっていた。


カトリーナを革張りの豪華なソファに座るように促されて腰を掛けると音も立てずに紅茶が出てくる。

その技術を見習いたいと観察している間、クラレンスはニナの共に店員と話をしている。



「カトリーナの服を一式頼みたい」


「かしこまりました」


「サイズはわたしが把握しておりますから!ふふっ、やっとカトリーナ様のお洋服を選べる日がくるなんて……!クラレンス殿下が誰かと添い遂げることは無理だと諦めていたのですが嬉しいです」


「おい……ニナ」


「あ、もう少し明るい色を多めにお願いします!」


「…………」



目の前にずらりと並べられたのは全てカトリーナの服だそうだ。

サシャバル伯爵家の中でも見たことがない高級感のある大量の女性用の衣服。

口をあんぐり開けているカトリーナとは違い、二人は慣れた様子で選んでいる。



「あ、あの……」


「コレとコレもくれ」


「あ、コレの色違いありますか?」


「もう少し厚い生地のコートがいい。この時期だが、もし在庫があるのなら出してくれ」


「クラレンス殿下、これとこれはカトリーナ様に似合いそうだと思いませんか?」


「そうだな。ニナが選んだものは全て包んでくれ」


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