第23話


(美しい……?私のことを、そう言ったの?)


まるで本の中の王子様のようなセリフではないだろうか。

それを当然のように言ったクラレンスに戸惑いを隠せずにカトリーナはニナに声をかけられるまで固まって動けずにいた。



「ふふっ!カトリーナ様、顔が真っ赤ですよ?」


「いえ……あのっ、私はとても元気です」


「えっと、そういう意味ではないのですが……」



ニナは困ったように笑ってから「カトリーナ様は可愛いですね」と言って皿を片づけはじめた。

カトリーナも手伝おうとするものの、ニナに「今日はわたしがやりますから」と言われて大人しく椅子に腰掛ける。


カトリーナはこの日をきっかけに、クラレンスと共に食事をするようになった。

最初は朝食だけだったのだが、次第に夕食を一緒に過ごす回数も増えていく。

最近では毎日クラレンスと共に食事をすることが日課になっている。


美味しい食事に楽しい時間……自然と笑顔が増えていく。

クラレンスと共に食べていることで、カトリーナの食べる量も自然と多くなり、気がつくと随分と健康的な見た目に近づいる。

鏡で自分の姿を見る度に、髪の艶や肌の色が少しずつ変わっているような気がした。


今まで使用人として働いてきたカトリーナにとって主人と共に食事をすることに強い抵抗感を持っていたのだが、クラレンスの「これはアイツらを見返すための訓練だ」と言われたことにより気持ちの切り替えがうまくできるようになった。


それにゴーンやニナには何故か感謝されていた。



「逆にカトリーナ様に感謝したいくらいです」


「え……?」


「そうなのです。クラレンス殿下もちゃんと食事をするようになって我々も安心しています」



どうやらクラレンスも食事面は不規則であまり食べなかったそうだ。

好き嫌いも多かったが、カトリーナの前だと頑張って食べているとニナは言った。

嬉しそうに頷く二人を見て、クラレンスは恥ずかしいのか顔を背けてしまった。

彼の人間らしい一面を見ると、どこか遠くに感じていたクラレンスを身近に感じることができる。


カトリーナはニナと共に仕事を終わらせてから、令嬢としての立ち振る舞いを学ぶようになる。

そこではニナが侍女で、カトリーナが主人として対応しなければならない。

「そこで遠慮してはなりませんよ!」

「もっと堂々と指示を出すのです。言ってみてくださいませ」

「カトリーナ様、偉そうにしていいんです!」

何故か打倒サシャバル伯爵家に燃えていたニナが一番のスパルタだった。


トーマスにはダンスの基礎を習っていた。

何故ここの使用人は皆、なんでもできるのかを疑問に思ったカトリーナだったが、クラレンスほどになればそうなのだろうと勝手に解釈していた。


伸ばした髪を結えて垂れ目でよく笑うトーマスは剣術に長けて、とても強いのだそう。

いつもクラレンスと一緒に国境を見回りに出ている。

幼い頃から護衛としてクラレンスの側にいる幼馴染兼執事のようなものだと教えてくれた。


たどたどしくステップを踏みながら覚えていたカトリーナにトーマスは「リラックス、リラックス~」と言いながら、根気強く丁寧に教えてくれる。

そのおかげか緊張が解れて今度は合わせてやってみようと、ゴツゴツとした大きな手のひらを握ろうとした時だった。


背後から誰かに抱き抱えられる感覚にカトリーナは驚いていた。

カトリーナの視界には自分のホワイトベージュの髪がハラリと舞っている。

スッと冷気を感じて上を見上げれば、そこには黒いローブを着ていないクラレンスの姿があった。



「クラレンス殿下、どうされましたか?カトリーナ様が驚いていますよ?」


「クラレンス、殿下……?」


「ここからは俺が教える。トーマスは下がってくれ」



トーマスはその言葉を聞いて、キョトンと目を丸くした後にヒューと口笛を吹いた。

その後は息を漏らすようにして笑っている。



「うっわぁ~!クラレンス殿下ってば素直じゃないなぁ。やきもっ……ブッ!」



その一瞬でトーマスの唇が氷で塞がれてしまう。



「ん゛ぶっ!?」


「早く温めた方がいい。唇が腫れるぞ?」



トーマスは閉じた唇で「ン゛ンンンンッー!(人でなしー!)」と言って慌てて去って行った。

カトリーナがトーマスの出て行った扉を呆然て見ていると、クラレンスがカトリーナの手を引いた。



「トーマスさんが……」


「気にするな。いつものことだ」


「……ですが」



カトリーナがトーマスの心配していると、ひんやりとした冷気を感じてクラレンスに視線を戻す。

手袋越しに伝わる冷たい空気にクラレンスはハッとした様子でカトリーナから手を離した。

クラレンスの顔は青ざめている。



「すまない……手は平気か?」


「はい、問題ありません」


「そうか……これからはダンスの練習にも俺が付き合おう」


「え……?」


「今度からは俺に声をかけてくれ」



カトリーナが顔を上げると、眉を顰めたクラレンスと目があった。

何故、クラレンスがそう言うのか理由がわからずに首を傾げることしかできない。



「ですが、クラレンス殿下はお忙しいですし、トーマスさんの方が……」


「関係ない」


「どうしてでしょうか?」


「……それは、俺の方がダンスもうまいからだ」


「…………。そうなのですか?」


「つまり……っ、俺以外のやつに触れられるなと言っている!」



カトリーナはその言葉に目を見開いた。これは独占欲というものではないか。

頬がカッとなったのを誤魔化すように、カトリーナは俯いた。


しかし折角、クラレンスが時間を使ってくれているからと気持ちを切り替える。


離れようとするクラレンスの腰に自分から手を回す。

熱くなっていく体にひんやりとしているクラレンスの肌が気持ちいい。



「おい……!」


「クラレンス殿下、ダンスを教えてください」


「ああ……だが、触れていて冷たすぎないか?」


「大丈夫です。ひんやりとして気持ちいいですよ?」



カトリーナがそう言うとクラレンスは大きく目を見開いたあとに、ふといつもの表情に戻る。


ダンスの練習をはじめるものの、クラレンスの足を何度も何度も踏んでしまい、カトリーナは泣きそうになっていた。

しかしクラレンスは気にすることなく平然と「最初は誰もがそんなものだ」と言っている。


けれど彼のリードが上手いのか次第になんとなくではあるが足を踏まずに踊れるようになっていく。

どのくらい時間が経っただろうか。クラレンスから声がかかる。



「続きはまた明日だ。久しぶりに踊った気がする。案外、疲れるな」


「あのっ……ありがとうございます。とても、楽しかったです」


「そうか。俺もだ」


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