第21話

それから再び吹雪が来るということで王都に行くのは延期になってしまう。



「残念ですね。食糧は備蓄できておりますが……これからもっと寒さが厳しくなるというのにカトリーナ様のお洋服がないのは困ります」


「余った布があれば自分で作れますので」


「まぁ……!カトリーナ様は本当になんでもできるのですね。麓の街に降りて、余っている布があるか声をかけましょう」



ニナやトーマスが声を掛けてくれたのか、街の人たちがカトリーナのために余っている布やサイズが合わなかった洋服をナルティスナ邸に持ってきてくれた。

随分とたくさんの布や服が集まったため、カトリーナは手際よく自分のサイズに合わせていく。


サシャバル伯爵邸ではシャルルやサシャバル伯爵夫人が当然のようにカトリーナに仕事を押しつけていく。

「明日までにサイズを直しておいて」

「レースをつけておいて」

「オリバー殿下に渡すハンカチの刺繍をしておいて頂戴」

カトリーナはいつの間にか裁縫が得意になっていた。


何より母は刺繍が上手く、カトリーナと同じようにサシャバル伯爵夫人に仕事を押し付けられていたのだろう。

六歳まで屋根裏部屋で何もやることがなかったカトリーナは見よう見まねでよく刺繍を練習していたことを思い出す。

少しでも母の役に立ちたい、近づきたいからと思っていたからだ。

一緒に裁縫をしているとニナの姿が母と重なったような気がしてカトリーナは懐かしい気持ちになる。


服を揃えてもらい、体調が整ったカトリーナは本格的に屋敷で働き始めた。

クラレンスはいい顔はしなかったが、カトリーナは世話になっている分、少しでも恩返しをしたいという気持ちが強かったかもしれない。


仕事はすぐに覚えることができたが、辛い点といえば水が氷のように冷たくなってしまうことや早起きすると寒さが身に堪えることくらいだろうか。



「終わりました。次は何をしましょうか」



カトリーナは次々に仕事を覚えていく。

次は何かと仕事を要求するものだから、ニナにもゴーンにも他の侍女達にも驚かれてしまう。



「カトリーナ様、随分と手際がいいのですね。あっという間に今日一日分の仕事が終わってしまいましたよ」


「……?もう終わりでしょうか」


「十分すぎますよ!皆の仕事までやってしまうおつもりですか!?」


「ですが……」



俯くカトリーナはサシャバル伯爵邸でしていた仕事の五分の一も終わっていないことに戸惑いを隠せない。

するとニナはカトリーナの表情で察したのか「まさかこの倍の仕事をこなしていたのでは?」と問いかけられて、カトリーナは素直に頷いた。


カトリーナは日が昇る前には起きて誰よりも早く屋敷の掃除に取り掛かる。

そしてサシャバル伯爵夫人に、よしと言われるまで働き続ける毎日を送っていた。

自分がしていた仕事をニナ達に話していくと、次々に青ざめていく。


カトリーナは全く自覚はなかったが、どうやらサシャバル伯爵邸では働きすぎていたようだ。

食事の回数、働く時間、カトリーナがしていたことはどれも普通ではないらしい。

しかしサシャバル伯爵邸にいる時は食事をもらうために懸命に働くしかなかった。


『普通』を知る度に何故か腹の奥底から沸々と怒りが湧いてくる。

普通を知ってしまえば蔑ろにされていたカトリーナの心が軋むように叫びだす。


今まで考えないようにしていた。

考えれば辛くなるし、生き延びるためには仕方ないのだと自分に言い聞かせていたが、こうして目の当たりにしてしまえば忘れていた感情が湧き起こってくる。

思い出すほどに身を引き裂くような痛みがカトリーナを襲う。


『あの女と娘、あの男を殺して……!お願い、カトリーナ』


耳元で母がそう囁いたような気がした。



「…………」


「カトリーナ様?」


「申し訳ございません。大丈夫です」


「無理だけはしないでくださいね」



ニナの言葉にカトリーナは静かに頷いた。


今は十分すぎる食事も、カトリーナにもったいないくらいの綺麗な部屋を与えられている。

今は皆の役に立ちたい、喜んで欲しいと心から思い動いている。


また吹雪の間は邸で静かに過ごす。

温かい紅茶を飲みながら皆で話をゆったりとしたり、静かに本を読んだり、カトリーナは今まで経験したことのない穏やかな時間を過ごしていた。


カトリーナはナルティスナ邸ではじめての居場所ができたような気がしていた。

ニナもゴーンもトーマスも大好きだったが、カトリーナの特別はクラレンスにある。


クラレンスは暇になればカトリーナの側でくつろいだり昼寝をするようになる。

はじめはどうすればいいのかわからなかったし、何故わざわざカトリーナの側で休もうとするのか疑問だった。

しかし次第にクラレンスと共に過ごす時間が楽しくて大切だと思うようになっていく。

クラレンスといる時に自分がたくさん笑っていると気がついていた。


いつもクラレンスの羽織っていた真っ黒なローブは二人の距離が縮むのと同時に取り払われていく。

アイスブルーの髪は肩についていて男性にしてはやや長めだろうか。

ディープブルーの瞳は宝石のようにキラキラと輝いて見えた。

何より美しい髪と瞳を見ると大好きになった雪や氷を思い出す。


いつの間にかクラレンスの優しさは、カトリーナの救いになっていく。



「今日は二人で食事をしよう」


「……二人で?」


「どうした?」


「私は……クラレンス殿下と食事できる立場ではありません」



カトリーナはそう言って眉を顰めた。

サシャバル伯爵家でも当然だが、彼らと一緒に食事したことなど一度もない。



「立場など関係ない。俺がそうしたいと思った」


「…………!」


「理由などそれで十分だ」



クラレンスの力強い言葉にカトリーナを目を見開いた。

命令を仰がなければ動けないカトリーナからしてみればクラレンスには強く眩しく輝いて見える。

カトリーナは彼に強く惹かれていくのを感じていた。



「私は、ここに置いてもらっているだけでもありがたいです……これ以上、幸せになったら」


「……なったら?」


「…………」

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