第16話 クラレンスside

声を出さないまま肩を揺らしていたカトリーナはそのまま気絶するように眠りについた。

ニナが鼻をかみながら食器を片付けていると……。



「…………眠ったか?」


「クラレンス殿下、いらっしゃっていたのですか?」


「ああ、様子はどうだ?」


「声も出さずに泣いておられてっ……相当辛い目にあったに違いありません!わたしはもう我慢なりません!」


「わかったから落ち着いてくれ」



涙を流しながら鼻を啜るニナを見て、クラレンスは溜息を吐いた。

そしてそのまま視線をカトリーナに流す。



「今回の吹雪が治るのはいつになるでしょうね」


「さぁな。だが吹雪が治ればすぐに早馬を出す。早急にこの件について確認しなければならない」


「はい」


「これが身代わりならば許されることではない。それにサシャバル伯爵家の様子が気になる」



そして一週間後。

吹雪が治ったタイミングを見計らって、クラレンスは早馬で手紙を出した。

王都までは早くて半日ほどで着くだろうか。

そこから調査をして返事が返ってくるまでにどのくらいの時間がかかるのかはわからない。

どんより暗くなる空は今は嘘みたいに晴れ渡っている。

クラレンスは黒のローブを取り去って着替えていた。

久しぶりに国境の見回りに行かなければならないからだ。



「トーマスを連れて国境の見回りに行く」


「了解しました」


「それからゴーン、ニナ。カトリーナに何かあったらすぐに知らせてくれ」


「かしこまりました」



今は部屋で大人しくしているようだが、隙があれば働こうとする。

トーマスを見張りにつけても、カトリーナは基本的に邸の主人であるクラレンスの言うことしか聞かない。

クラレンスは働こうとするカトリーナを部屋に戻すということを繰り返している。


「カトリーナ、お前の仕事は食べて休むことだ」

クラレンスがそう言えばカトリーナは悲しそうな顔をする。

その表情がクラレンスをなんともいえない気分にさせた。

ある意味、吹雪で外に出られない一週間はカトリーナに振り回されていた。


食事はするのものの胃が小さいのか少量しか口にしない。

それには驚きで、なんとかカトリーナに食べられるものをと料理人達と共にメニューを考えているニナ。

ゴーンもカトリーナを娘のように心配しており、クラレンスに「ああしてはどうか」「こうしたらいいのでは」と提案してくる。


クラレンスもカトリーナが気になって仕方なかった。

ましてや追い出すなんてありえない。

カトリーナを見ていると雪のように触れたら溶けてしまいそうに儚い存在だと思っていた。

仕事をしている間もカトリーナのことで頭がいっぱいになる。

常識があるのかないのか、カトリーナの行動は予測不可能だ。


(今までどんな生活をすれば、ああなるというのだ)


恐らくクラレンスが想像を絶するような生活を送っていたに違いない。

しかしカトリーナに聞こうとしても、怯えた様に肩をすくめて口を噤んで小さく震えるばかり。


カトリーナの言葉や行動から想像からして、カトリーナはろくな食べ物も食べさせてもらえずに、ずっと伯爵邸で朝から晩まで働かされていたのではないかという結果に至った。


マナーは拙いが知識として身につけている。

文字も読めるようで、内容を理解しているかと思いきや知識に過度な偏りがあるようだ。

ここにくる前の鞭で叩かれたような傷、謝罪ばかりしていることを含めて厳しく当たられたに違いない。

働かなければ食べてはいけないのは当然だと思い込んでいる。

まるで洗脳のようだと思った。


それだけでもカトリーナが今までどんな生活をしてきたのかが垣間見える。

カトリーナと接しているとこれ以上、悲しい思いをさせたくないという庇護欲を掻き立てられる。

それはクラレンスにとって、はじめての経験だった。


カトリーナのことをもっと知りたい、そう思っている自分に気がついた。

その理由は自分でもよくわからない。

ただ、このまま放っておくことなど絶対にできない。

そう強く思うのだ。


もう一つクラレンスを苛立たせることがあった。

それはカトリーナがいつも言う「申し訳ありません」という言葉だった。

何かある度に頭を下げる。

その姿を見ていると心が締め付けられるように痛んだ。


そして国境から戻ってくると案の定、カトリーナは働いていた。

ニナが涙目でクラレンスにカトリーナを止める様に言っている。

食べたら働かないと落ち着かないらしく、カトリーナは今も床を端から端までピカピカにしている。


クラレンスがカトリーナを呼ぶと、すぐにこちらにやってきて頭を下げた。

はじめて会った時よりもずっと顔色がよくなってはいるが、まだまだ心配だ。



「また働いていたのか。俺がいない時はニナの言うことに従えと言っているだろう」


「申し訳ございません」


「息をするように謝るな」


「申し訳、あっ……」


「悪いことをしているわけではないのだから謝る必要はない」


「…………はい」


「それから暫くは体調を戻すことに専念しろ」


「ですが、私は皆様の役に立ちたいのです。でなければ申し訳なくて……」


「必要ない。ここでの環境は王都よりも過酷だ。肉をつけなければ働く前に凍え死ぬ。今は大人しく飯を食って寝ること。それが今のお前の仕事だ。わかったか?」



カトリーナとクラレンスの会話を聞いていたニナが声を上げる。



「クラレンス殿下、そんな言い方あんまりです!」


「カトリーナに回りくどい言い方は伝わらないだろう?」



クレランスがカトリーナと接してわかったことはいくつかあるが、その一つが自分の普通がカトリーナの普通とかけ離れているということだ。


普段ならば黒いローブを被っていることに多少なりとも動じたり不思議に思ったりするが、そんな素振りは一切ない。

世間知らずなだけなのか、恐怖心がないのかはわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る