二章

第10話 クラレンスside


サシャバル伯爵家の一人娘、シャルルは我儘で傲慢なことで有名らしい。

クラレンスは弟のオリバーから月に一度くる手紙でシャルルの対応に手を焼いていると手紙に書かれていた。

サシャバル伯爵夫人も必死になりシャルルをオリバーの婚約者として押し上げようとしているそうだ。


そしてついに娘のシャルルがベル公爵の怒りを買った。

あまりにも傍若無人な態度と、娘のアリーリエが被害に遭い傷つけられたことが、とうとう許せなくなったらしい。

前々からシャルルの言動には悩まされていたらしいが、今回は我慢ならなかったのだろう。


(あのベル公爵を怒らせるとは……怖いもの知らずと言うべきか、とんでもない令嬢だと思うべきか)


クラレンスも幼い頃から知ってはいるがアリーリエは良識ある令嬢だった。

そして弟のオリバーの婚約者候補でもある。


ベル公爵からは「シャルルを一度、親元から離して行儀見習いとして働かせて欲しい」と手紙が送られてきた。

しかしナルティスナ邸には仕えるような令嬢はいない。


遠回しに言ってはいるが社交界から消したいということだとクラレンスは理解していた。

ベル公爵がここまでするのは本当に珍しいことだった。

ただ圧力をかけて潰すのは簡単ではあるが、醜聞がつきまとう。

相手は伯爵家ではあるが、夫人の生家である侯爵家の顔を立ててのことだろう。

この処遇ならばベル公爵の判断に意を唱えるものはいないはずだ。


(……シャルルという令嬢の性根が腐っているのだろうな。ベル公爵がこのような処遇に踏み切るくらいだ)


クラレンスは厄介事を押し付けられて最悪な気分だったが、ベル公爵には幼い頃から世話になっている。

本来ならば我儘で傲慢な令嬢など受けいれたくはないが、ベル公爵の頼みとなれば話は別だと思った。


クラレンスはアリウーダ王国の第一王子として生を受けた。

父と弟とは真逆の珍しい魔法の力を持って生まれたクラレンスは強大な力をコントロールできずにいた。

歴史的にも氷の魔法は珍しく、文献にも残っていない。

クラレンスの感情の大きさによって力が暴走してしまうことがあったため周囲を怯えさせて、ひどい時には母に怪我までさせてしまうこともあった。

母は笑って「大丈夫よ」と言ってはいたが、幼いクラレンスの心に大きな傷が残るには十分な出来事だった。


王城での生活はクラレンスにとって窮屈で息が詰まる。

何より誰も傷つけたくないと思った。

そんなストレスから全身から僅かな冷気を放つようになったクラレンスは黒いローブを被るようになった。

なるべく人と関わらないようにして感情を押さえつける。

力を抑えるために精神を擦り減らす日々はクラレンスにとって思い出したくない記憶だ。


誰もがクラレンスの強大な力を恐れていた。

そんなクラレンスに気遣うことなく側にいられたのはクラレンスと対になる力を持つオリバーと父だけ。


「兄上、一緒に遊ぼう!」


オリバーのおかげで、なんとか外と繋がりを持つことができた。

でなければそのまま部屋の中で己の運命を嘆いていただけに違いない。

父は「その力は国を守れるようにと特別に授けてくれたのだ」と、クラレンスを否定することなく背中を押して、正しい道に導いてくれた。

母は何度怪我をしてもクラレンスを絶対に恐れたりはしなかった。


多少、捻くれたもののこうしてクラレンスがいられるのも家族のおかげだろう。

そして成長したクラレンスは自分の力を思う存分発揮するためにも辺境に行き、国を防御するためにも働きたいと申し出ていた。

それが十二才の時だ。


本来ならば長子ゆえに王太子として務めるべきだとわかってはいたが、クラレンスは自分の捻くれた性格や人に対する不信感が拭いきれない。

国王に向かないことは初めからわかっており、父にもそう話していた。


クラレンスは弟のオリバーが王位を継ぐべきだと言った。

幼い頃から無垢で純粋なオリバーに何度、助けられたことだろう。

人当たりのよさや、分け隔てなく与えられる優しさ、視野の広さを見て王太子として民の前に立つのはオリバーしかいないと思っていた。

なにより父と同じ魔法を使い、愛されている。

しかし頭の硬い父はクラレンスが王位を継ぐべきだと、なかなか首を縦に振ろうとはしなかった。


だが父の従兄弟のベル公爵はクラレンスのよき理解者だった。

国をよくしていくには自分の能力を最大限に活かせる方がいいと父を説得する手伝いをしてくれたのだ。

二年かけてやっと説得に成功し、十四で辺境の地に向かう。

そこで前々から人がいない北の領地を狙うバルブ帝国からクラレンスはアリウーダ王国を守るために戦った。


『バルブ帝国から北の地を守ってみせる』


クラレンスはその言葉通り、千の大軍から北の地を守り抜いた。

たった一人で。


極寒の北の地はクラレンスの氷の魔法と抜群に相性がよく、最大限に力を発揮することができる。

バルブ帝国はそれからアリウーダ王国に攻め入ることはなくなった。


クラレンスにはその功績を讃えられて十五才でクラレンスはナルスティナ辺境伯という爵位を賜った。

しかし強大すぎる力故に、貴族達には内密にすることを提案する。

知っているのは国のごく一部の上層部だけだ。


そして二十歳になった今はクラレンスは変わり者や呪われた王子として噂されるだけの存在だった。

それに加えてベル公爵に言って王都に自分の噂を流してもらう。

うまい具合に広がりを見せてクラレンスは辺境の地で国を守りながら伸び伸びと暮らしていた。

醜い、呪われている……爵位目当ての欲深い令嬢を避けるためにもピッタリだろう。

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