第4話
「このあたり、よく走るんですか?」
「そうね。仕事の後とか、家に持ち込みたくないことも多いし」
電気モーターの静かな音に包まれる車内で、どこか彼女の纏う空気はピリピリとしている。
「こうやって週末家に帰ると、あの子たちと顔を合わせる時間も少ないの」
「お仕事、忙しいんですか?」
「そうよ。それでこのまえ久しぶりに時間を作ったら、
「あ、はい……」
それは私に対する嫌味なのか、茉莉さんに対する愚痴なのか。
「まあ……私の方も、すこし悪いとは思ってるわ」
「えっ?」
「貴女はただ、茉莉に連れてこられただけなんだろうし……仕事のことなんて、私の勝手ね」
「そんなことは……」と喉まで出るが、飲み込んだ。
「結局私も、ああいう茉莉の性格には助けられてるし」
「それは、茉莉さんと結婚してですか?」
「そう。初めはなんで? って思ったけどね……」
文さんがアクセルを踏み、加速する。
昔はこうした高速道路は、物流のトラックや移動する人の自家用車で、いつも賑わっていたらしい。列島に張り巡らされた、鉄道・超電導リニアと自動車道。複数の高度化された移動インフラを、どう維持していくかは今の日本の課題だろう。
「顔をあわせなくても、家に誰かがいてくれるって、きっと大切なことなのね。父のこともあるし。皆と一緒にならなきゃ、私はたぶん……」
「あの、
「そんなに心配するほどじゃないわ。ただ、腰と膝がもうダメで、いろいろ鬱憤が溜まってるんでしょうね」
「はあ。それで……」
「もしも。もしも……だけど。あの人がやっぱりダメだって思ったら、遠慮しないで言ってよ? その時はホームに入れるから。賛成でしょ?」
「え……えっ!?」
それは、この人が実の父親を老人ホームにあずけるという案に、茉莉さんたちを説得する味方になれ、ということだろうか。
「べつに、父に恨みはないわ。感謝だってしてるつもり」
「でも。だったら……」
「……もともと父は、家に居るのが好きじゃないの。筋金入りの、仕事人間ってやつ」
仕事が生きがいで、それ以外にあまり興味がない人達という意味だったろうか。
「そのうえ人にも求める性質で、母さんや私は昔から結構言われてきたし」
それって、やっぱり恨んでいるんじゃ……?
ハンドルを握り、その道の先を見つめる文さんに、でもその事は聞けなかった。
「……まあ、おかげで私は大学だって好きに行かせてもらったし、お金で苦労した経験なんてなかったわ」
「そうなんですね」
「でも、だから。あんなふうに今の家で、自分がお荷物だって不貞腐れてるなら、あの人にとっても不幸でしょ?」
でも、
「ねえ、貴女。何か資格取って転職考えてるんだって?」
「え? あ、はい」
「しばらくあの家で、勉強とかしてみない? 専門学校とか、免許とか取るつもりなら……まあ、いくらかは援助できると思うけど?」
なぜ文さんは、突然そんな乗り気になっているのだろう。そしてどうしてそんなにも、私にしてくれようとしているのだろう。
「茉莉ね……多分なんだけど。あの子、子供欲しがってるみたいなの」
「そうなんですか!?」
「いえ。まだわからないわよ? あくまで、そんな感じがしてるってだけ……」
「そう……ですか」
でも、考えてみるとどうだろう。案外、あのあの茉莉さんのことだから……。
「それでね。もしそうだったら、これから貴女が家に居てくれれば……」
でも文さんのその言葉を聞いて、私は胸の奥がスッと冷えていく感じがした。
茉莉さんがもしも本当にそう考えていたとして、彼女は自分の出産や子育てに便利だから、私をこうして誘ったのだろうか。
「――あの子はとにかく、群れたがりなの」
「群れたがり?」
「あれで結構、人は選ぶんだけど。とにかく何かするときに、周りを巻き込みたがるのよ」
「……でも。そんなの、文さんはどう思ってるんですか? もしも茉莉さんが、子供が欲しくて。それで私に、そばにいてほしいって思っていたら……?」
「え? 私……?」
あのときあんなに反対されたのも、今にして思えば仕方がない。
彼女が忙しくしている間に茉莉さんは
文さんはしばらく考え込んで、長い沈黙が車内に降りる。
「……わからない」
「わからない……?」
「だって、そうでしょ? かりに、茉莉が赤ちゃんを産んだとして……そりゃあ、しばらくその子が可愛いでしょうけど。そうなれば、私だって子供が欲しくなるかもしれないし」
「えっ? 文さんが、ですか?」
「なによ……べつに、私はこういう感じかもしれないけど。あの子が産んだら、私だって……しかも、そうなったら皆だって……そう思うかもしれないでしょ?」
「はい……たしかに」
「そりゃあ、まだわかんないわよ? でもそうなったら、そこは……順番ってことになるだろうし。そもそも、茉莉が産みたいって思っているかも……まだ、わからないし。だから、わからない……わからないのよ。だって、そうでしょ?」
文さんはなんだか混乱してるみたいに、わからないという言葉を繰り返す。
「茉莉が久しぶりに、お葵と会わないかって誘った時もそうだった……なんていうか、あの子は引っ込み思案だけど、絵に関してはずっと凄くて……すこし、私のほうが引け目があったの」
それは、とても意外な告白だった。
「まあ結局は、もともと茉莉も私もあの子の絵が好きだったし。それで、葵の家でお世話なって、私も仕事を続けられた」
「そうだったんですね……」
「それでしばらくして
「司さんが……きて?」
それも、すこし意外というか。なぜか文さんは、そこで口を濁らせた。
司さんの話でも、いろいろ過去のあるあの人のことを、皆が受け入れたような形だと思っていた。
「なんていうか……ほら。女同士って……その、どうしていいかわからないでしょ? 私たちはほんと、それまで友達同士みたいなものだったから……司がきて、まあ……いろいろ」
「な、なるほど……」
それかしばらくまた沈黙が続いて、遠い水平線に陽が沈んでいく。
≪レベル4、自動運転に移行。自動運転中は自由な時間をお楽しみいただけますが、安全のためにしっかりと席につき、シートベルトは締めたたままお過ごしください≫
文さんはハンドルから手をはなし、すこし肩の力を抜いて息を吐く。
「ねえ。それで、茉莉とはどこまでいってたの? ホテルとかは?」
「えっ? いえ。まだ、そんな……」
「じゃあ……キスは?」
なぜだろう、自動運転の滑らかな走りは、すこし浮いたような感覚がした。
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