第17部分

「お嬢さん方、結構良い物ばかり選んでるねえ! 目利きは確かな様だけどコレの方は大丈夫かい!?」


 選んだ商品全てをカウンターに運ぶ途中、男性従業員が空いた手の親指と人差し指で円を作る様な仕草をしながら威勢良く言う。この世界では店員は敬語を使わないのが標準なのだろうか、なんて事を考えながらアイシスが答える。


「あら。貴方、私を誰だと思っているのかしら」


「へへっ、何処か良い処のお嬢さんでしたかね? それじゃあちょっくら計算をするんで少々お待ちを!」


 アイシスが身分を明かす前に一行はカウンターに着き、男が算盤の様な物を取り出して弄り始める。アイシスが知るそれとは形状が異なっていたが、そもそもアイシスは算盤の事もよく知らないので計算に使う物という事だけが分かるという意味では両者に差は無かった。


 その間タチバナは男の動きを注視しており、アイシスはそれが不正を見逃さない為なのだろうと予想していた。つまりタチバナは値段を全て覚えている上に算盤擬きの機能も逆側から見て理解出来ている、とアイシスは考えていたのである。果たしてそれは的中しており、更にタチバナはその間も周囲への警戒を解く事も無かった。


「えーと、合計で315000になるねぇ。中途半端だし、お嬢さん方は別嬪さんだしねえ。300000に負けてあげるよ! でも本当に大丈夫かい?」


 計算を終えた男が相変わらず威勢良く言った言葉にアイシスは思う。気前も良いし勝手に値引きしているという事はこの人が店主だったのかな、と。そしていよいよ運命の支払いの時がやって来てしまったと。実に鳥串3000本分、果たして本当に足りているのかと。


「ええと、少々お待ち頂けるかしら……」


 そう言いながらアイシスが不安を押し殺して財布代わりのポーチから金貨を適当に数枚取り出した時だった。


「ひえー! 金貨をそんな無造作に取り出すなんて、お嬢さん何者だい? まさか、街で噂になってたあのハシュヴァルド家の……」


 男が取り乱し始め、それを見たアイシスは逆に冷静さを取り戻す。少なくとも取り出した分で足りるという事は間違いなく、切りの良さを考えれば一枚で100000が妥当な所であろう。そう考えたアイシスが金貨三枚を摘まんで差し出しながら微笑みを浮かべて一言だけ口にする。


「アイシスよ」


「ひえー! とんだ失礼をしちまって申し訳ねえです! アイシス様は勇者様と一緒に居るって聞いてたからてっきり……」


 男の取り乱し様からハシュヴァルド家の地位がかなり高い事を察したアイシスであったが、直接の使用人であるタチバナは兎も角としても年上の相手や赤の他人に必要以上に畏まられるのは彼女にとって喜ばしい事ではなかった。


「気にしないで頂戴。威勢の良さは商人の命、そうでしょう? 勇者様の一行との件は……そうね、まあよんどころのない事情とでも言っておこうかしら」


「へへー、ありがとうございやす! では丁度頂戴いたしやす! ありあとやしたー!」


 アイシスの言葉を聞いた男が漸く差し出された金貨を受け取り、不慣れな敬語で挨拶をする。その直後からタチバナが大きな布を一枚カウンターの上に広げ、買った品々を手際よくその上に載せていく。そして雑多な品々はあっという間に風呂敷状に包まれた一つの荷物となり、アイシスはその手際の良さに見とれていた。


「では参りましょう」


 そのタチバナの言葉に我に返ったアイシスがこの店での出来事を軽く振り返る。初めてのショッピングはとても楽しく、タチバナとも多少仲良くなれた気がする。冒険に必要な物を短時間で沢山揃えられ、金貨の価値も判明した。アイシスにとって良い事ばかりであった事から改めて礼を言いたくなった彼女はカウンターの方に向き直る。


「ありがとう、中々良い買い物が出来たわ。それとおまけしてくれた事にも礼を言っておくわ」


 本人も随分と上から目線な気はしていたが、男の反応や元のアイシスの性格を考えればこんな感じだろう、という塩梅でアイシスが礼を言う。すると主人に合わせてタチバナも向き直り、軽く頭を下げる。


「いえいえ、こちらこそありがとうございやした。良い旅を!」


 最後まで威勢の良い挨拶に見送られながらアイシスの気分は上々であった。隣のタチバナは相変わらず無表情でその内心をアイシスは読み取れなかったが、その距離は縮まったとアイシスは信じていた。そんな良い気分なアイシスとタチバナが揃って店を出た時、アイシスはふと一つの事が気になった。


「ところでタチバナ、それ重くないのかしら?」


 単純な疑問をアイシスがタチバナへと問い掛ける。この店では結構な量の物資を買った筈であり、先程の男なら兎も角タチバナの細腕では……と視線を移すが、タチバナのメイド服は長袖でありその腕の正確な姿は見えなかった。


「……お心遣いに感謝致します。しかし私はこの程度の重さを苦には致しませんのでご安心下さい」


 タチバナがそう答えるが、主人と従者という立場上そう言っているだけという可能性をアイシスは捨て切れなかった。それを表情から感じ取ったタチバナが続けて言う。


「……ではお嬢様にご安心して頂く為に一つ芸をお見せ致しましょう」


 そう言ったタチバナが左手に抱えていた荷物を軽い動作で上に放り投げる。そのまま身長の二倍程の高さに達した荷物がタチバナの胸の高さまで落下すると左手で風呂敷の結び目を掴み、衝撃を吸収する為に僅かに腕を下げて受け止める。その光景をアイシスは口を開けてただ見つめていた。

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