湖での女子会

 郊外にある湖の湖畔に敷き布を敷いて料理を並べる。パンに野菜や鶏肉を挟んだサンドイッチや小さな前菜にピンが刺さったピンチョスなど、城の料理人が腕によりをかけたピクニックランチだ。

 小さな湖を含む周辺の土地は王家の直轄地であり、別荘として利用されている小さな館がある。エリーゼとその婚約者の妹であるメラニーを招くにあたり、画材が散乱する「秘密の庭」よりはこちらの方が良いだろうと「女子会」の会場として選定されたのだった。


「ローニャ様、この度はお引き受け下さりありがとうございました」


 スケッチブックを膝に乗せてスケッチをしているローニャにメラニーが礼を言う。


「……いえ。私の絵がお役に立てば良いのですが」

「謙遜なさらないで。私、お兄様にローニャ様の絵を見せて頂いてすっかりファンになってしまいましたの!」

「メラニーったら、とても長い手紙を書いて寄越したのよ」

「だって……! 私も是非ローニャ様に描いて頂きたいと思ったんですもの」


 顔を赤らめたメラニーは恥ずかしそうに笑う。メラニーの婚約者はここから遠く離れた土地の領主の次男で、居住地の距離が離れているのでまだ名前しか知らない状態らしい。


「秋にこちらに来られる予定はあるのだけれど、それまでずっと顔すら分からないのは寂しいでしょう。だから私の肖像画を作って送ろうと思っているのです」

「そうなのですね。ですが、本当に私で宜しいのでしょうか。婚約者様が初めて見るメラニー様のお顔が私の絵だなんて、なんだか責任重大で……」

「そう気負わないで下さいませ。私はどうしてもローニャ様に描いて頂きたいのです。ローニャ様の絵が良い……それでは駄目ですか?」

「メラニーはローニャの大ファンなだけなのよ。ファンが好きな作家に絵を描いて欲しいと思うのは当然のことよ。それで駄目だというのなら相手に見る目が無いのよ」

「……なるほど」


 ローニャは手元のスケッチブックに目を落とす。「ファンが好きな作家に絵を描いて欲しいと思う」気持ちはローニャにも分かる。父に強請って買って貰った敬慕する作家が絵を描いている姿を後ろから見てみたい。そんなことを考えたことがあった。どうしたらあんなに素晴らしい絵が描けるのか、この目で見てみたい。きっとメラニーの自分に対する気持ちもそれに似た物なのだろうと。


(少し恥ずかしいけれど……)


 「画家」として尊敬の目を向けられるのはなんだか恥ずかしい。しかし「眺める側」から「眺められる側」に立つのは悪い気はしなかった。


「構図は……お任せ頂けますか?」

「勿論! ローニャ様のお好きなように描いて下さいな」

「分かりました。では、どうか自然にお過ごしください」


 木の木陰で談笑するエリーゼとメラニーを眺めながら筆を進める。時折風が吹いて柔らかな日差しが降り注ぎ、美しいドレスを纏った乙女たちを照らした。


(ああ、やはり自然光は美しいわ)


 自然の恵みである太陽の光は人間を最も美しく見せる。日の光に照らされて煌めく髪、ヴィルヘルムのような色の薄い髪は特に日の下で映える。エリーゼの栗毛色の髪も明るさが増して光り輝いていた。


(飾った風では無く、自然体なメラニー様が良いわね。メラニー様の人となりが分かるような……)


 ピンク色の大きなリボンがついた大きなツバの帽子に同じピンク色のドレス。首元は白くて細かいレースの襟が着いていて可愛らしさの中に女性らしさが見え隠れする。


(義姉様とお話している時のメラニー様は本当に楽しそう。お相手の方もこうして楽しくお話出来る方だと良いのだけれど)


 メラニーの表情や仕草を一つ一つ手早くスケッチブックに描き貯めていく。こうしていくつも描いた物を持ち帰り「秘密の庭」の家でゆっくりと作品を作るのだ。

 空がオレンジ色に染まり始めた頃、楽しかった女子会もお開きとなりメラニーは馬車に乗って王都にある自宅へと帰って行った。


「では、楽しみにしておりますわ」


 そう言い残して去って行くメラニーを見送ったあと、エリーゼとローニャは別荘へ移動して夕飯をとった。仕事を頑張ったご褒美に今日は別荘に宿泊して翌日城へ帰ることにしたのだ。

 

「どう? 上手く描けそう?」

「上手く行くかは分かりませんが……善処します」

「ありがとう。メラニーは私の大切な義妹で友人なの」


 幼い頃からアレンと婚約をしていたエリーゼにとってメラニーは家族も同然、義理の妹であり、それと同時にかけがえのない友人だった。

 貴族のご令嬢たちと交流はあったものの心から気を許せて本音で語り合える友人は少ない。そんな中でもメラニーは特別な存在であり、だからこそメラニーの婚約が決まったという話を聞いた時、エリーゼは「幸せ担って欲しい」と心から願ったのだ。


「結婚というのは必ずしも幸せを運んでくるものではないから、メラニーには幸せになって欲しいのよ」

「そうなのですか?」

「貴族や王族の結婚は自由が無いの。ローニャとお兄様は特別よ。結婚は家と家を結びつける大切な役目を持っているから、親が決めた相手と結婚をするのが普通なの。それがどんな相手であってもね」

「……お貴族様は大変なのですね」


 しみじみと言うローニャの言葉にエリーゼはぽかんとした後に「ぷっ」と吹き出した。


「その『大変』という感覚、羨ましいわ」

「あっ……。失礼致しました」


 失言をしてしまったと顔を赤くするローニャをエリーゼは首を横に振る。


「良いのよ。そういう気持ちは忘れずに大切にした方が良いわ。私も貴女も相手に恵まれて良かったわね」

「はい」


 初めはぎこちなかった二人だが、この「女子会」を通してローニャにとってエリーゼは数少ない友人の一人となった。「互いに相手に恵まれて良かった」という言葉の重みを噛みしめながら、二人は夜遅くまで語り合ったのだった。

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