令皇貴妃
第48話
それから一年くらい経った後、皇后が懐妊した。
他の妃嬪がどう思っていたのかは分からないが、少なくとも若汐は心から祝った。
皇后のお腹の子の為に何度もピアノの演奏を聴かせた。
お腹の子も音楽に興味を持ってくれたら嬉しい、そう思いを込めた。
それから皇后は無事に出産。元気な男の子を産んだ。
皇族でいう、嫡子という身分である。
生まれながらにしてその男の子にはその身分が約束されていた。若汐はというとその一年後くらいに初めて懐妊した。
兆候はあったのであまり驚く事はなかったが、つわりが一番辛かった。
まだ妃嬪の中では若い方の若汐だったが、それでも妊娠中のつわりの辛さに若さは関係なかった。
やがて女の子を産んだ。雪がしんしんと振る、静かな夜だった。
思っていたよりも安産で終わり、母子共に健康な状態で出産は終わった。
子供は乳母に預けられた。若汐は出産からの療養中、嫌な予感がしていた。
架空の人物である自分が何故妊娠したのだろうか、おかしいのではないか、と。
自分は何かとんでもない勘違いをしているのではないのか、そんな考えが巡った。
「貴女も母親になる年齢になったのね。」
「恐縮でございます。皇后娘娘。」
互いに母親となった二人の女が茶を飲みながら話す。
もう若汐は娘と言われるほどのの年齢ではなかった。
この時代においても立派な一人の女になったのである。
中身とようやく身体の年齢が同じようになったのだ。
これであまり中身を誤魔化す必要もなくなってきたな、考えていた。そんなことをせずともバレてる人物は居たのだが。
「あの子も大きくなったら音楽を教えて欲しいわ。」
「考えが早すぎますよ、娘娘。」
若汐はそう言って微笑んだ。
架空の人物とは言え、無事に産めたことも嬉しい。それだけでなくこの時代だというのに子供も自分も健康だ。
それはこの時代において奇跡に近いことであることは若汐がよく分かっていた。
それが、皇后の幸せだった頃の話だった。
次に懐妊したのは一年くらい経ってからだった。
早くも二人目の懐妊に若汐は大いに喜んだ。
それは皇后も同じだった。
しかし、無事に生まれたのは良かったものの2歳で死去。心臓が悪かったのである。
この時代で心臓が悪かったというのはあまりにも運が無さすぎて、でも現代だったとしても心臓の悪い赤子は危ないことを若汐は思い出していた。
ピアノをそろそろ教えてあげようかと楽しみにしていた若汐は皇后や皇帝と共に大いに悲しんだ。
そしてまた三人目は生まれた直後に死亡。
早産だったのが原因だったと医者は言っていたが、それが本当なのかどうか分かるのは現代の医師だけだろうと若汐は悲しんだ。
度重なる子の死に心労が溜まった皇后は体調を崩すようになり、皇后と仲が良く身の程を弁えている若汐が後宮の差配を任されることになった。
皇帝の勅命だった。この頃から皇后と皇帝の仲はあまり良くないものになっていた。無事に子を産めなかったことが原因だろうか、そう考えながらも若汐は粛々と勅令を従った。
度々、その役目をきちんと果たしながら皇后の元へ見舞いに行っていた。
「大丈夫よ。面倒なことを押し付けてしまってごめんなさい。」
見舞いに行くたびに若汐に皇后はそう若汐を労っていた。
若汐の立場が変わって妃嬪達の態度が一変した。
誰もが自分に対してちやほやと持ち上げようとしている。
とても気持ちが悪かった。思わず吐きそうになることがしばしばあったくらいだった。
今まで音楽しか取り柄がないと思っていた女が後宮を取り仕切る立場になったのだ。
態度が変わるのは当然の摂理とは言えるが、若汐はずっと見下されていたのを分かっていたのでその変わりぶりが気分を悪くした。
だが若汐はピアニストである。笑顔の仮面は決して取らない。挨拶が終わった後も、妃嬪との無駄と思えるような交流もその仮面は決して外さなかった。だが、愉妃にだけは本音を話していた。恩人にだけは吐き出していた。
「それはそうでしょうね。貴女を本当に思ってくれている妃嬪もいるけど一部だけ。思ってもいないことばかり言われて辛いでしょう。」
「娘娘の方が皇后娘娘と仲がよろしいはず。何故私が任されたのか、分かりません。」
「それは陛下が私を女として見ていないからよ。冷遇されているの。」
「そうなのですか。初耳です。娘娘は何もしていないのに。」
「そう言うと思って黙っていたのよ。」
皇帝に冷遇されているというのに愉妃の表情は変わることはなかった。
もうどうでも良いのだろう。若汐から見た感じ、愉妃も位に興味がないようだった。それでも自分の夫に冷遇されているとはどういうことなのだろうか。何か粗相をしたわけでもあるまいに。若汐は疑問を持たずにはいられなかった。
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