第33話 日常に戻ったが日常ではない

 よく晴れた日の朝。

 通学路を一人でだらだらと歩いていた。


「ふわあ……」


 もう少しすれば梅雨入りをするだろうから、太陽光は全身で浴びておいたほうがいいだろう。

 そういえば、異世界はいろんな理由から曇りが多かったので、こうして朝から健康的な光を浴びられるのは、なんだか平和な感じがしてよい。


 俺は、遠くで右に左に揺れるポニーテル女子高生を見つけた。


「いや……ぜんぜん平和ではなかったか……」


 何事もなかったように日常を始めてみたものの、強制的に昨日の出来事を思い出させられた。


「今日から、委員長と修行って……まじかよ……」


 そうなのだった。

 昨日、四桜組の組長……じゃなかった。首領の鉄山じいさんから、頼み込まれて、結局、了承することとなったのだ。

 よって、今日から、俺は委員長こと久遠奏を鍛え上げなければならない。ついでにボディガードも。

 その理由は、昨日、概略しか聞けてなかったので、またあとで、委員長本人から聞くことになっていた。


 うーん。

 修行といっても、短期間で学ばせられることなんて、技術よりも、精神的なもの――心構えになるんじゃないだろうか。


 ならば、ちょっと、朝から鍛えてみるか?


 髪を揺らして、視線の先をあるく委員長は、まだ俺に気が付いていない。

 というのも、俺は今、足音などの気配全般を消すスキルを使っているので、それも仕方がなかったりする。

 正直なところ、本気で相手を殺そうとするならば、この隠密スキルだけでも十分だ。背後から近づいて、刺してしまえば、はい、終了。


 それにしても、くノ一が本当に存在していたとはなあ。

 忍者の件だって、一晩立つと、夢だったようにも思える。

 考えながらも、歩みを止めない。

 周囲に人はいないため、気配は消し続ける。


(まあ、やっぱり気が付かないよなあ。これでこのくノ一は、投擲スキルをつかわれていたら、一度、死ぬわけだが)などと、考えながら、さて、そろそろ声をかけようか――というときだった。


 風が強くなりやすい五月の悪戯なのか、突然、強風が吹き抜けた。

 すると、どうだろう。

 先を行く、委員長のスカートがふわりと浮かんだ。まるで、色恋の術を使用したかのように、きれいに、完璧に、宙へ浮く。

 だが、もちろん偶然のことだった。


 不測の事態に「わ」と委員長が小さな声をあげて、スカートを抑える。


 数秒後、すでにスカートは浮かんでいないが、俺は視線を外せなかった。先ほどの光景が目に焼き付いている。

 

 おかしい……中身が見えたのに、中にあるはずのものはあまり見えなかった。

 つまり、あれか。

 委員長は臀部を大きく露出するタイプの下着を着用しているようだった。

 そんな下着、俺は、グラビアとかでしか、見たことがなく、ゆえに、時間差で声をあげてしまった。


「え……?」と。


 スカートが浮き、委員長が抑え、俺が声をあげるまで、数秒程。

 状況が変わるには長すぎる時間だった。

 数秒あれば、命は奪える。奪われる。しかし、暗殺は成功せず、むしろ俺が迎撃されていた。


 やばい、と思ったときには遅かった。


「……?」


 委員長は、思いもしない声が背後から聞こえたために、急に立ち止まり、背後に視線を向けた。

 当然、そこには俺がいる。

 それも下半身に、視線を向けたまま固まっている俺が。


「……え?」

「あ、いや、これは修行のために――」

「――きゃああああっ!? 景山くんっ!?」


 委員長が真っ赤な顔で叫ぶ。

 俺は手を差し出して、落ち着かせた。


「ちょっと! ちょっとまて! 声がでかい!」

「な、なんで背後に立ってるのよ!? というか、今、見たの!? あなた、今、わ、わたしの……し、下着!」

「見てない! ていうか、ほとんど見えないだろ! その下着だと!」


 いろいろと食い込んでいるわけで、見えるところなんて、ほとんどない。


「そ、そんな下品な感じに言わないで……!! なんて人なの、あなたは」

「委員長こそ、なんで、そんなもんを身に着けてるんだよ……!」


 俺の言葉を受けて、顔は赤いながらも、委員長の目がジト目になる。


「そんなもん、ですって? あのね、景山君、考えてみてくれる」


 ぐいっと寄ってくる委員長。


「な、なにを」

「くノ一の衣装みたよね? あの衣装で、普通の下着なんてつけてたら、どうなると思う? 考えてみたことある?」

「あ、いや……」


 言われたので、考えてみた。

 つまり、半裸に近いわけで、そこに普通の面積の下着を身に着けていたら、委員長の容姿というのは、半裸に加えて、自分の下着を見せつけるようなスタイルに――。


「ちょっと!? 何考えてるの!? えっち!」

「はあ!? そっちが『考え見たことある?』って聞いてきたから、考えてみたんだろうが」

「過去の話よっ、今、考えろなんて言ってないでしょっ」

「っく。なら俺だって、修行のために背後から近づいてただけだ。委員長こそ、俺の気配に気が付かないのは、まずいんだよ。これが敵だったら、後ろから刺されておわりだぞ。おれは首領に、依頼されてるんだからな?」


 委員長は、一歩あとずさった。


「うう……たしかに、そうかもだけど……」


 このまま押し切って、話を変えてしまおう。

 まさか、朝から委員長と下着の話をすることになるとは思わなかった。


「ほら、さっきのことは忘れて、はやく学校行くぞ。今日は放課後から、修行と――あとは、ボディガードしなきゃならない事情、しっかり説明してもらうからな」


 なにせ昨日は、現場から逃げることだけを優先してしまったので、修行を了承したあとは、まともに話もしなかった。


 委員長は、「わかってるってば。説明もちゃんとします」と頷くと、恥ずかしいのか、タタっと数歩先を歩く。


 俺は、お決まりの展開を脳裏に描き、委員長を制止した。


「いや、こういうとき、先に行くと、大抵は同じことが――」


 そのとき、思いもよらぬタイミングで強い風が吹き、見事にスカートがまくれあがった。

 再び現れる、ほぼ肌色のスカート内。

 

 委員長は、すぐに抑えて、こちらに近づくと、俺の背中にまわり、両手で押してきた。


「……うう、景山君、さき、歩いてよう」

「なんてダメなくノ一なんだろうか」

「黙りなさいっ」

「委員長のときは、完璧なのになあ」


 そもそも、色恋の術を使うほうが、よほど恥ずかしい気もするけど――という言葉を飲み込んで、俺は、委員長に背中を押され続けた。


 さて。

 放課後、事情を聞くまでは、委員長の修行の方向性でも決めておくかな……。


 それにしても忍者にボディガードが必要な状況ってどういうことだろうか?


 

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