第31話 VS 忍者……?

 部屋にこだまするような声だ。

 四方八方から聞こえてくるのはおかしいので、これもなにかの忍術なのだろう。

 

 ここ数日で、色々とあった俺は、すぐに理解した。

 絶対に、なにかが起きる。そして巻き込まれる……。


 ふと思う。


 地球に戻ってきてから、変なことに巻き込まれる確率があがっていないだろうか?

 異世界だって、ここまで毎日、イベントは発生しなかった。

 そういや気にしてなかったけれども、魔王を倒したあと、地球へ返してくれる前に、女神がなんか言っていたっけ――と、考えたところで、思考をぶったぎるような、委員長の声がした。


 正確には、吐息、だろうか。 

 耳元で、「景山くぅん? ふぅ~、こういうの、どお……?」と、息を吹きかけてきたのだ。

 もちろん、どうもなにもない。

 俺は委員長を片手で雑におしやりながら、言う。なお、どこを触っても肌に触れるので、ひじを使う。


「いつまで色恋の術を無駄打ちするつもりなんだ。いい加減、学んでくれ……」


 心底呆れたように言ったものの、委員長は、俺の言葉には反応せずに、「ほら! わたしの言った通りでしょう! 景山くんには、わたしの術が効かないの!」と天井に向かって話しかけた。


 すると、どうしたことだろう。

 和室の天井の一部が、時代劇で見たワンシーンのように、するっとずれた。

 人が一人通れるほどまで開くと、絹の布がするりと高い場所から落ちてくるように、人が畳の上に着地する。

 

 その間、人間の耳で聴きとれるような音はならなかった。

 もちろん、俺は人間の規格ではない。


 男だった。俺よりも大きいから170cmは優に超えている。

 目つきは鋭い。黒い装束を身に着けている。

 くノ一である委員長は対照的に、上から下まで肌を覆っている。顔は隠していなかったが、首にかかっている黒布を上にあげると、顔を半分隠せるのだろう。

 衣装で見えないが、首や手首などから判断するに、体は鍛えているようだ。


 結論。

 見るからに、忍者である。

 誰が見ても、忍者だった。


 男は言った。


「なにを隠そう……俺たちは忍者だ。しかし普段は、四桜組と名乗り、任侠団体のかわを被っている。お前はそこに気が付かず、のこのこと乗り込んできたというわけだ」


 自信満々に言っている。

 わかってる。

 見れば、わかる。

 どうしよう、大変だ。

 ここにいる奴らは、面倒な奴らかもしれない。 


 俺はなるべく厳かに頷いた。テンションは合わせるに限る。これは陽キャに囲まれたときに学んだ処世術である。


「そうか……忍者か……そして任侠団体……なるほど……じゃあ、帰ります」

「ちょっとまてーいっ! 話は終わってないぞ!」

「ダメか……」


 流れに任せて逃げようととしたが、相手の反応は早かった。さすが忍者である。


 俺は、近くに立っていた委員長の耳に口を近づけて、訪ねた。

 吐息がかかる距離だが、まあいいだろう。スキルを使う気にもならない。


「あの男、だれだ?」

「……! わたしに色恋の術をかけようとしても無駄だからねっ!?」

「いいかげんにしろ」


 さすがに我慢の限界である。俺は委員長の耳をひっぱって、もう一度たずねる。


「よーく、きけ。きくんだ」

「いたたっ、ちょっと、そういうプレイはやめて!」

「うるさい。とにかくあの人は誰なんだ」

「兄! わたしの兄です!」

「はあ……? 兄貴?」


 俺は委員長の耳から手を放し、男に向き直る。

 20重畳ほどの広い和室とはいえ、人間が四人、それも、一名から敵意をむき出しでいられると、狭く感じる。


 男はゆっくりと頷いた。


「いかにも、俺はそこの落ちこぼれくノ一の兄だ。それとはちがい、完璧な忍者の、兄ということだ」

「絶対に面倒くさいやつだ、こいつ……」


 俺にはわかる。異世界にもこういうタイプは居た。

 そして、次はこう言うんだろ? ――『俺と戦え』とかな。


 目の前の男は、すぐに答えを示してくれた。


「俺は、四桜の里、疾風怒濤の弥一郎だ! 不本意ながら、落ちこぼれくノ一、色恋沙汰の奏の兄でもある! 我々が忍者であると知ったお前を、このまま返すことはできんぞ! どうしても帰りたいなら、俺を倒すことだな!」


 ほら……。

 絶対にそうくると思ったわ。


「それにしても……」


 俺は、くノ一装束に身を包む委員長を見た。いや、実際には身が包まれていることはなく、A4用紙を数枚張り付けたぐらいの面積しか守られていないが。


「な、なによ、そんなにじろじろみて……恥ずかしいから、やめてよ」

「今更、なに言ってんだ。それにしても、色恋沙汰の奏ってさすがにひどくないか」


 もっとましな四字熟語があるだろうよ。


 委員長は予想以上にうろたえた。


「し、しかたないじゃない! わたし、色恋の術しか、使えないんだし……兄さんには勝てないから、なに言われても仕方ないわよ……」

「ふーん……」

「わたしと兄さんは、頭領の直系だから、こんなんじゃ全然だめなの。なに言われても仕方ないでしょ……実力主義社会なの、現代忍者は特にね……」

「ああ、そうなの」


 なんだろうな。興味がない。なのに、とても気になる。

 なぜって、目の前の少女が、いきなり小さく見えたから。

 委員長が、思いのほか落ち込んでいるところを見た途端、俺の心のどこかが、かちりと切り替わった気がした。


 忍者とか、心からよくわからない存在だし、スキルツリーやレベルが目に見えない世界で、なにを根拠にジョブを理解すればいいのかなんて、わからないけれど、それでも、自称・優秀な忍者が『ここから返さない』と宣言するというのなら、俺も――勇者である俺にだって、譲れないものはあった。


 たとえ、勇者らしからぬ動きで背後から魔王をうち、誰にも感謝されないまま、異世界転生が終わったような俺でも、譲れない行動原理はある。


 制服のブレザーを脱いで、委員長に渡す。


「持っててくれないか」

「え? あ、はい……?」


 半裸の委員長が、受け取ったブレザーを丁寧にたたんで、抱いた。


 俺は、腕をまくりながら、弥一郎と名乗った忍者に話しかける。


「おい、あんた、久遠奏の兄のくせに、妹を大事にしないのか」

「笑止千万。できそこないのくノ一にかける情けなどない。それが忍者の定めだ」

「オーケー。そういうほうが、俺もやりやすい。いいやつは、殴りたくないからな」

「ほう……?」


 俺は、とりあえず、最低限の準備を終えてから、和室のなかで戦うことを決意した。

 目の前の忍者に宣言する。


「俺が帰ることは変わりはないし、忍者のことも知ったこったないけどな。なんか、委員長が落ち込んでる姿だけは、見たくないって思ったんだ。だからお前を倒してから、ここを出るよ。妹とたいして才能の差がないことを教えてやる」

「なんだと?」

「聞こえなかったか? お前は凡才だと、教えてやるというんだ」

「……き、きさま、コロス」


 ぐぎぎぎぎ、と音が聞こえてきそうなほどに、弥一郎が歯をくいしばる。

 プライドは相当高いらしい。


「やれるもんなら、やってみてくれ」と俺も迎撃態勢に入る。


 基礎ステータスで、十分に勝てるだろう。

 だが、ここは、妹への優位性を全力でぶっつぶすために、自己バフをかけまくる。


 小さく呟いた。


「身体強化、オールオン」

 

 これは魔法ではなく、技能(スキル)だ。ゆえに、クラスに応じた節の詠唱を口にすることはない。体の中にあるスイッチを入れる感覚、それだけ。

 

 スキルは、他者に干渉するものではなく、すべて、自分の体の中にだけ影響するモノだ。


 現時点では、魔法を使おうとしても、うまく発動しない。

 酸素がないところで、火を使おうとするみたいに、うまく着火しない。持続しない。効果が発言しない。

 きっと、魔法はこっちの世界の原理に則っていないのだ。世界にマナが存在しないから、外部に影響を与えられないのだ。

 けれども、スキルならば、すべて、自分のエネルギーを転換するだけなので、発動するのだと思っている。


 つまり。

 現世において、俺の能力だけは――魔王を倒したときと同じステータスへ昇華するのだった。


 相手も、腰を落とし、臨戦態勢に入る。


「忍法――」

 弥一郎が叫び、いくつかの印を手で結んだ。

「――口寄せの術!」


 口寄せ? つまり、召喚魔法か。

 異世界転生した今では、そういった事象が起こりうることだって、疑うことはない。

 異世界とは違う、地球の原理で動く、秘儀なのだろう。

 

 なにが、降りてくるのか――確認する必要はない。


 その前にぶっつぶす!


 俺は、足の指で畳をひきちぎるように、力を入れ、一足飛びに相手に近づく。

 魔法はない。武器も道具も装備していないので、特別なスキルを使うこともしない。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 ただのストレートをぶちこんでやろう。

 そして委員長と大差ないと理解させる――その時だった。


「まてえええええええええええいっ!! ちょっと、まてええええええええい!!」


 と、背後から停止の声がかかった。 

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