第28話 忍者の里……?

 場所は変わらず、公園だった。

 俺は委員長に腕をつかまれている。


「おねがいっ、ちょっと待って! ね!?」

「いや、帰らせてくれ」

「待って! お願いします! せめて、一度、忍者の里に来てもらえる!?」

「いやだよ……」


 絶対に、変なことに巻き込まれるし。


「ぜったいになにもしないから! ちょーっと、記憶がなくなるくらい!」

「強硬手段に出ようとしてるだろっ」


 とんでもない忍者である。


 久遠奏は制服姿に戻らずに、赤ビキニに、細めの前垂れをつけたような、くノ一衣装を着ていた。海辺ならなんとかなりそうだが、公園で見ると、ただの露出狂みたいだ。


「お願い! わたしに、ついてきて! このままだと折檻されちゃうから!」


 半べそをかいて、俺の足元にしがみついてきた。

 もはや、以前までの真面目な印象はふっとんでいた。


 なんというか……。


「委員長、哀れだ……」

「ひ、ひどいっ!?」


 俺にバレたなんて、自白しない限りは平気だろ――なんて、反論しようと思ったんだけど……あ、なるほど。理解した。


 さきほどから近くに一つ、気配を感じていた。

 こちらに近づいてこようものなら、委員長に服を着せようと構えていたのだが、いつまで経っても、近づいてはこなかった。

 不思議だったけれど、これ、隠密スキルを使ってる忍者なのかもしれない。俺の感知スキルが上回りすぎて、影の薄い一般人かと思った。


 ようするに委員長は監視されていて、今更「バレてません」と言っても、遅いということなんじゃないだろうか。


 俺は、囁きスキルを使い、委員長だけに聞こえるように言う。本人は自覚はないだろうし、監視役にもバレないだろう。


「委員長。俺たち監視されてるよな?」


 観念したように、委員長は頭を垂れた。


「うう……そうなんです……」

「なるほどな」


 落ち込み方が、ひどい。

 苦痛を感じているらしい。

 まさかとは思うけど、おどされたりしているのだろうか。もしくは、監視されるのが当たり前のような人生なのだろうか。


「なあ、委員長。まさか、自由を許されてないのか? たとえば、無理やり動かされているとか。セクハラがどうとかも言ってたよな? 変なことされてないだろうな」


 委員長の衣装は、そういう風に見れば、まさしく夜のお店のアダルトなそれにも見えた。ちょっとひっかければ、全部見えてしまいそうだ。

 忍者の里にもヒエラルキーがあって、委員長は常に監視され、色々と強いられているとか……そういうことを考える。ならば、早見くんを助けたようなことを、しないでもない。気は進まないけど、犯罪はダメだ。忍者だろうが、ダメだ。


 委員長は俺の足元で涙ぐみながら、言った。


「いいの、だって、自業自得だから……」

「委員長、それは洗脳じゃないのか? そういう考えはやめたほうがいい。委員長の人生は、全部、委員長のものなんだぞ」

「でも、わたし……忍者……」

「いやならいやって言うべきだ」

「そうじゃなくて、『クラスにはぐれ忍者がいるから応援頼む』って連絡しちゃったんです……早とちりしちゃって……」

「自業自得だった!」


 付き合ってられない。

 自分でカミングアウトするわ、自分で監視役作って逃げられなくなるわ、ポンコツ忍者にもほどがある。

 高校の一クラスをまとめる委員長としての適正は高いのに、なぜ忍者になるとポンコツになるんだろうか。よくわからない。


「おねがいしますぅ! 見捨てないでくださいぃ!」


 くノ一、久遠奏は、とうとう俺の腰にしがみついてきた。プライドがなさそうだ。


 今まで感じていなかった、人間のやわらかい部分が、ぐっと押し当てられる。視覚もすごかった。胸のあたりがこぼれてきそうだ。下半身も、前垂れのようなものだけで防いでいるので、ふとももから鼠径部まで、すべてが外気にさらされていた。

 赤が少し、あとは肌色だ。


 異世界でもそうだったけど、なんでこういうジョブって、致命傷を受ける部分や、太い血管が走っている場所の防御を捨ててるのだろうか。普通、そこをまっさきに守るだろうに……。


 疑問に思っていると、答え合わせがすぐにやってきた。

 委員長の周囲が、若干、ゆがむ――。


「お願い! お願いします、景山くん! いえ、景山さま! わたし、なんでもするから、一度、忍者の里についてきてっ!? ほら、いい匂いするでしょ? わたしの、胸、でっかいですよー? ついてきてくれたら、触れるかもしれないっ」


 ぐいぐいと、胸が腰あたりに押し当てられる。

 どこからか、奇妙な甘い匂いがする。

 それ以外にも細かいスキルが発動しているようだ。

 勝俣の件や、ほかの件でも感じていたが、やっぱり地球にもスキルはあるんだな。ステータス画面が開かないから、視覚化できないんだろう。


 俺は小さく息を吐く。


「おい、委員長」

「なあに?(はあと)」

「忍法・色仕掛けの術とか、そういうのを発動してるんじゃないだろうな? もしそうなら、本質的に、俺には効かないぞ、やめてくれ」

「え、なんで?」

「なんでもだ」

「わたしの色恋の術がきかない……?」

「夜の店の営業方法みたいに言うんじゃねえよ……」


 委員長が、ハッとして、俺を見上げた。


「ま、まさか、景山くん……? あなたの正体って……?」

「え、あ、いや」


 あ、やばい。なんか疑いの目だ。

 考えてみれば、多少は効いているふりをしたほうがよかった。

 勇者だのなんだのと言ってしまったし、変なところから勘繰られると面倒だ。


 委員長が口元に手をあてた。


「まさか、同性にしか興味が――」

「もう、帰ります。さよなら、委員長。またな」


 駄目だ、コイツ。まじで放っておこう。

 本日の放課後までは確実に抱いていた委員長への『同年代への敬意』みたいなものは捨てることにした。


 委員長の腕からすり抜けようとしたが、再度、ガシっと捕まれる。ホールドだけは、一流な気がした。


「やあああ、まってえええええ!」

「声! 声がでかい!」


 誰かに見つかる心配をしてくれ――でも、委員長は、なおもしがみついてくる。

 半裸で俺の腰あたりに顔をうずめている。


 誰かが見たら、俺が何かさせているように見えるじゃないか……!


 あ。まずい。

 声をあげたせいか、近くで散歩していたっぽい人間が、こっちに近づいてきそうだ。

 仕方がない……。


「わ、わかった! ついていく! だから、まず離れろ! 腰に顔をうずめるな! あと、服を着ろ――あっ、変なところ触るんじゃない」

「色恋の術……」

「だから効かねえって言ってるだろっ」

「ああ、やっぱり、景山くんって――」

「こ、こいつ……」


 とういうことで、俺は忍者の里とやらに向かうことになったんだが……。

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