SS  リアムと屋台 2

 「いやぁ、何がいいっすかねぇー」


 そう言ってキョロキョロとバートは辺りを見回す。

 リアムはバート、アッシャー、テオと共に市場を訪れている。恵真が好むものを数点買って帰ろうとアッシャーとテオに持ちかけると二人は喜んでついてきた。そしてなぜか一緒にいたバートもついてきたのである。


 「せっかくっすから、それぞれ違うものを選んで、どれをトーノ様が気に入るか競ってみるのはどうっすかね!」

 「じゃあ、アッシャーとテオはバートに付いていくように。金はこれを使うといい」


 そう言ってリアムは巾着状の小袋をアッシャーに渡す。中には硬貨が入っているのだろう。受け取るとチャリっという音が立つ。


 「いいの?リアムさん」

 「俺がトーノ様に約束したことでお前たちに手伝って貰っているんだ。気にすることはない」

 「ありがとう!」

 「やぁー、オレまですいませんね!リアムさん!」

 「二人から目を離すなよ」


 そう言うリアムに手を振って、3人は市場を散策し始めた。なぜかやる気に溢れていたバートであるが、普段の様子を見るにどう考えてもアッシャーとテオが買ってきてくれた時点で恵真は喜ぶだろうとリアムは想像する。果たして、バートに勝機はあるのだろうかと疑問に思うリアムだがあえて教える事もあるまい。

 リアムもまた市場の屋台を見て歩く。恵真の気に入りそうな食べ物といってもどのようなものがいいのだろう。一般的に女性が好む食べ物を買えばいいのだろうが、リアムにはそれもいまいちピンとこない。そのため、アッシャー達を誘ったのだ。きっとあの二人なら恵真の気に入るものを見付ける事だろう。


 少し気も楽になり、辺りを見回す。愛らしい刺繍の小物を置いた店、焼いた魚を置く店、色鮮やかな果実水を置く店と様々なものがある。売り子の声に買い手の笑い声、様々な香りが辺りには広がる。本当はこの賑やかな雰囲気も彼女に味合わせてあげられたらいいのだが。

 そう思うリアムは懐かしい光景に足を止める。それはリアムがまだ幼い頃に初めて屋台で食べたふわふわした砂糖菓子だ。風を扱う魔法使いが作るその菓子は、熱した金属の機械から魔法使いが風を操り、好きな形を作る。その愛らしい色と形で子どもにとても人気の菓子である。


 リアムも幼い頃、領地を馬車で通った時にどうしても欲しくなり、兄に買って貰ったことがある。本来、貴族の子どもが食べるようなものではないと叱られてもおかしくないのだが、同行した兄が許してくれたのだ。余りの嬉しさに食べられず、次の日には潰れてしまった。朝起きて、それを見たリアムは泣きながら兄に謝ったという思い出がある。そんなリアムを兄は笑いながら許してくれたものだ。




 それぞれ市場で買い求めた後は、皆で恵真の家へと向かう。テーブルの上にまずバートが買ってきたものを置く。どうやら自信があるバートはまず1番に見せるようだ。買ってきた袋から葉を結び作った大きな皿を出す。恵真は興味津々といった様子で、バートが買ってきたものを見ている。


 「オレが選んだのはこれっす!今、南から入って来たばかりの米を使った料理っす。米に野菜や肉を炒めて乗せてて、ちょっと流行ってきてるんすよ、これ!」


 大きな葉の皿にはパラパラとした米の上に炒めた野菜や肉が色鮮やかに乗っている。バートは胸を張り、自信満々である。そんなバートに恵真は笑顔で言う。


 「こういうの私も好きです!私が住んでるところでもこういうの食べたりしますよ!色合いも良くって美味しそうですね、これ」

 「…そっすか、好きっすか。うん、それは良かったっす」


 喜んでいる恵真に対し、なぜか少ししょんぼりするバート。おそらくバートは恵真が知らないと思い驚かせたかったのだろう。だが、恵真は嬉しそうに言葉を続ける。


 「こちらでもお米が食べられてるんですね!これは…茹でて調理するタイプかもしれない。もしかしたら、お店でも出せるかもしれません。バートさんが買ってきてくれなかったら気付かなかったかも…ありがとうございます、バートさん」

 「そ、そうっすか!それは良かったっす!いやぁ、じゃあ、オレが1位っすかねぇ」


 恵真の言葉にすぐバートは機嫌を直す。


「ぼく達はこれだよ」


アッシャーとテオが恵真に近付き、袋を渡す。中には丸いつやつやした赤い果実が入っている。甘酸っぱい香りが袋から零れ、恵真は自然と笑顔になる。それを見たアッシャーとテオは顔を見合わせ笑う。


 「お母さんが時々買ってくれてたんだ。ちょっと酸っぱいけど香りが良くって美味しいんだ」

 「うん、とっても美味しそうね」

 「うん。たまにびっくりするくらい酸っぱいのもあるんだよ」

 「そうなの?いい香りね」


 つるんと赤い実は持つとふにふにと柔らかく、その香りは柑橘類に近い。大きさはミニトマト程だろうか。袋の中にコロコロとした色合いの違う赤い実が入っている。どんな味がするのだろうと、恵真は楽しみになる。


 「ルルカの実は森の木になるんだ。美人の実って呼ばれてて女の人に人気なんだ」

 「でもエマさんはもう美人だよ、ね」

 「え、あぁ、そうだな…」

 「ふふ、ありがとうー」


 可愛い事を言ってくれる可愛い二人に恵真は相好を崩し、アッシャーとテオの頭を撫でている。テーブルにはバートの買ってきた米料理とアッシャーとテオが買ってきたルルカの実が置かれた。どちらも食べた事がない物で、恵真はわくわくする。


 「で、リアムさんは何を買ったんすか?」

 「ん、あぁ…そうだな、俺は…その…」

 「さっきから、持ってるその袋っすよね?何、入ってるんすか」

 「あぁ…」


 めずらしくハッキリしない態度を取るリアムを不思議そうに皆、見つめる。その視線に観念したのか、リアムが少しため息を付き、持っていた丸く膨らんだ薄い布袋を胸元に持ち上げる。それは特に特徴のある袋ではないが大きなものが入っているのだろう、丸く大きい。リアムがそっとその袋から何かを取り出した。


 「わあぁっ!可愛い!」


 それを見た恵真は歓声を上げる。リアムが買ってきたのはピンク色のわたあめである。恵真が知るわたあめとは違い、形がはっきりとしている。リアムが持つわたあめはピンク色で猫、そうクロの形をしたものだ。


 「形を説明するのが難しく、クロ様の形になったとは言い難いのですが…」

 「いえ!すぐにわかりました!可愛い、クロだ…」


 リアムはそっと、棒に刺さったピンクのわたあめを恵真に差し出す。恵真もまたそっと、それを受け取ると駆け寄ってきたアッシャーやテオの足元にしゃがみ込む。テトテトとクロも足元に来て、そのピンクのわたあめを見ている。


 「その、女性が好む味覚がわからず…子ども向けかとも思われるのですが…」

 「…大人になるとこういうの、なかなか買えないので嬉しいです」


 そう言った恵真はピンク色の猫のわたあめを見つめている。3Dラテアート、と言えばいいのだろうか、立体的なわたあめは猫の形を再現している。どう作るのだろうと恵真は不思議に思う。そんな恵真の疑問に答えるかのようにバートが口を開いた。


 「風の魔法使いが作るんすよ」

 「魔法使い!魔法使いが作るんですか?」

 「そう、ふわふわーって買う人の好きな形にしてくれるんだよ。ね、お兄ちゃん」

 「そうだな、屋台で作ってるのを見た事があるよ」


 風の魔法使いが作ったわたあめ、途端に可愛いと感じていた猫型のわたあめが神秘的なものに感じられる。ふわふわとした風合いを生かしつつ、クロの長いしっぽも再現されたそのわたあめを恵真はまじまじと見つめる。


 「こんなに可愛いと食べられませんね」

 「それはいけません!明日になれば潰れてしまいます。悲しい思いをしますよ?」


 何気なく零れた恵真の言葉に、リアムが慌てた様子で教える。まるで初めてわたあめを見た子どもに説明するかのようなその言葉に恵真はリアムを見つめる。リアムもまたそんな恵真の反応が不思議だったのか、恵真の顔を見ている。そんな中、バートがぼそっと呟く。


 「…リアムさんの経験っすか?」


 その言葉にリアムは黙り込む。

 思いもかけないリアムの反応に、バート以外の3人には笑みが零れてしまう。バートはというとニヤニヤしつつ、リアムを冷かしているようだ。リアムは気恥ずかしさからか、完全にバートを視覚に入れないようにしている。だが、その顔は普段より赤く見える。

 その様子にしゃがんでいる恵真はアッシャーやテオと目線を合わせ、再び笑う。


 「せっかくですから、皆で食べましょう!」

 「え、ぼく達もいいの?」

 「もちろん!ほら、二人もとって」

 「…でも、せっかく可愛いのにいいのかな」

 「いいのよ。ほら、こんなふうに!」


 そう言って恵真がクロの形をしたわたあめの耳部分をとって、自分の口に含む。それを見て、アッシャーとテオは顔をぱぁっと明るくし、わたあめに手を伸ばす。口に含んだテオは驚きで目を丸くする。


 「見て!お兄ちゃん、中までふんわりしてる!あとね、口に入れたらなくなっちゃうよ!」

 「うん、そうだな。初めてこんなの食べるな」

 「ふふ、じゃあ、バートさんとリアムさんも!」

 「あ、いいんすか?懐かしいっすねー」


 恵真は立ち上がり、わたあめを持って二人の傍へと行く。差し出されたわたあめをバートもつまんで食べる。恵真はリアムにも差し出した。


 「どうぞ!…って言うのはおかしいですかね。リアムさんから頂いたものだし…ありがとうございます。皆、食べましたよ。リアムさんも召し上がってください」

 「ですが…」

 「明日になれば潰れちゃいますよ?」

 「…トーノ様まで…」

 「ふふ、でも皆で食べると美味しいものがさらに美味しくなりますよ」

 「…ありがとうございます。では、失礼して」


 差し出されたピンク色のわたあめは大きなリアムの手につままれる。ふんわりした塊をリアムは口に運ぶ。あの日、兄に買って貰ったとき以来に食べる味だ。あのとき萎んで潰れてしまったわたあめを、幼いリアムは兄と二人で分け合った。だが今、こうして身分も環境も違う立場の人々と分け合っている。


 口の中で広がる甘味はあっという間に溶けて消えていく。リアムは兄に思いを馳せる。おそらく、兄は常に家を継ぐ重責を背負っていただろう。結局、自分はそんな兄に甘えてきたのだろうとリアムは思う。


 ならば、せめて選んだその生き方を誇れるように、兄と違う形で民を守りたい。貴族でありながら民と共に冒険者として生きる。何のために、誰のために剣を振るうのか。今、その思いを再び強くするリアムであった。

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