第14話「倒壊した屋敷」
学園に登校するための馬車の中、ミアが口を開く。
「ねえ、さっきのお父様の話……」
「そうですね。確かなことは言えないですけど……、貴族街というのが引っ掛かりますね」
不安そうなミアの心配を助長させたくはないが、誤魔化すのは良くないだろう。どのみち、この手のことに首を突っ込む質なのだ、彼女は。
「やっぱ、そうだよね。ルーシーいるといいな……」
馬車はいつも通り進んでいた。すでに喧騒に包まれてる大通りを眺めながら「ねぇ、ロルフ」とミアは手を握ってくる。とても冷たかった。
「ちょっと、調べてもらうこと出来るかしら。その竜について」
「……もちろんですよ、ミア」
ロルフは自分が分からなかった。ミアがこんなに心配している。自分もルーシーのことを知らないわけではないし、協力は惜しまない。危険性は高いので、ミアには竜について首を突っ込んで欲しくはないけど……。
でも、それ以上に――なぜ、苛立つのだろう。この冷たいが確かに温かさを持っているはずの手を振りほどきたくなるのだろう。
ロルフは自身の不可解さを抑えながら、ミアに約束した。
きっと気のせいだと思って。
馬車が学園につき、ミアはゆっくりと外へ出た。今日は乗り降り場に降りた彼女に、近付いてくる小柄で元気な姿のルーシーはいなかった。
「ロルフ、お願いね」
「はい」
ミアは肩を落としながら、ロルフに告げてきた。彼女はきっと学園内で情報を探るだろう。この学園にはそれこそ貴族街に住む者たちがいるのだから。
ミアが学園の校舎に入ったのを確認し、ロルフはいつも通りギルドに出勤することにした。もともと今日も働く予定だったが、きっと色々なことが聞けるだろう。冒険者からも情報が聞きたい。
そう考えてギルドに出勤した。自分のデスクに着いて早々――
「おい、聞いたか」
「なにをだ?」
ほら、きた。噂好きの同僚である。まだ、朝礼前。
炎狼の時もこいつはうるさかったしな。まぁ、こういう時の情報源としては真偽はともかく、早くて助かる。
「貴族街の竜だよ、竜」
「竜?」
「そう、竜だ。出たらしい。おかげで上はてんやわんやだ。昨日、ギルド長も出てきたって言ってたぞ」
「ああ、確かにお疲れの様子だったな。……討伐したのか?」
ロルフは相槌を打ちながら、なるべく話してもらえるように促す。
すると、同僚の男はぺらぺらとよく舌を回し始める。
「ん? いやー、そこまでは出来なかったらしい。事の発端は、昨日の夜中に轟音がしたらしい。それは屋敷が瓦礫になった音らしいんだけどな……」
「へえ。それで?」
「でな、何事かと思って周りの住人は出てくるだろう。貴族街だからさ、ベランダとかに。……そこでだ。見ちまったらしい」
「なにをだ?」
「そりゃ、竜だよ。昨日は満月だったろ。それで、くっきりと影だけ見えたわけだ。見た奴は、寝室からベランダに出てな。音のした方の上空にいるのに気付いたらしい。見上げると満月を背負って街を見下ろしている竜がいたんだってさ。そしてな、ここからが重要だ」
「竜が出たことよりも重要なことなんて無いだろ。災害だぞ」
ロルフは想像した。夜の街。満月を背にこちらを睥睨する竜。金色の眼が光る。混沌の象徴。厄災。化け物。
「それがな、その竜。別の奴が言うには、倒壊した屋敷の中から飛び出てきたらしい。街の外からじゃあ、ない」
興奮気味に語るその内容。屋敷の中からか。
ロルフはルーシーの竜化について知っていることは少ない。そもそもギルドにも知られていないようだった。つまり、めったに使わないし秘匿していた。完全に竜になるというのが、どういう状況なのか。想像もつかない。シスターレイラの炎狼相手に、腕一本で圧倒していた彼女が、そこまで力を使わなければならない理由はなにか。
「おい、聞いてるか?」
「ああ、悪い。あっと、そうだ。屋敷はどこにあったんだ?」
「ん? 確か――」
屋敷の場所を聞いて確信する。そこは以前、ミアに連れられて行ったルーシーの屋敷だった。
やはり、そうか。しかし、なぜ。ルーシーになにがあったのだろう。
◆
ロルフは急遽ギルドの仕事を半日休み、午後にルーシーの屋敷へ来ていた。
件の屋敷は、円状になっている王国内の中心部に近かった。
そもそも王国は丸い形をしている。中心に王城を据え置き、そこから円状に広がっていった。なぜ、広大な湿地のど真ん中に建国したのかはいまだに謎だが。
まあ、それはともかく上空から見ればバームクーヘンの様な形をしている。その中にある貴族街だが、一軒の大きさがとにかくデカい。権力を誇示したいのか、単に贅沢がしたいのか。いや、両方か。特に成金ほど無駄に豪華絢爛らしい。ギルドの噂好き同僚によれば、だが。あいつは噂をなんでも知っている。
おー、見事に壊れてるなー。
歩道から屋敷へは巨大な鉄製の正門と壁が立ちはかだっていた。両方とも難を逃れていたらしく、立派にその役目を果たしていた。
それにしても、人が多い。野次馬や記者らしき者。周囲の屋敷の使用人の様な者。衛兵が声を荒げ、散るように言っているが減らない。
人混みを掻き分け、唯一中が見える正門前の最前列へ躍り出る。
門の向こうには瓦礫の山が見えた。周辺同様に大きな屋敷だったろうに、もったいない。
周囲を見渡せば、左右、道を挟んで向こう側も一軒分しか見えない。奥にはもっと家があるのだろうが、デカすぎてそこまで視界に入らないのだ。
さすが貴族街。まぁ、ルーシーの家は見る影もないけど。
「見世物じゃないぞっ! お前ら、さっさと散れ!」
正門前にいた衛兵が肩を怒らせている。王国の騎士団だ。竜が出たとなれば、討伐も視野に入れなければならないから、その関係だろうか。
んー、面倒。正直、王国騎士の評判はあまりよくない。真面目なものがいる一方で、平和ボケしているのか、アホなことをやらかすやつもいるらしい。それに、今の状況ではルーシーと知り合いとバレると拘束される可能性すらある。
怒号が飛んでいる中、ロルフはそっと人混みから抜け出した。
「ふーっ」
人混み特有の濁った空気から抜け出し、一息つく。
さーて、どうするか。できれば、中に入りたいんだが……。
近くにいたサンディが話し掛けてくる。
「ロルフ、どうだった?」
「ダメだ。衛兵がいてとてもじゃないが中に入れない」
「まぁ、そうか。はー……、しょうがないな」
サンディ。彼女なら、容易に入ることが出来る。それも正面から堂々と。腕を組み、尊大だがサンディだって心配しているはずなのだ。彼女は普段の言動の割には、人情に篤い。特に気に入っている人物に対しては。
「頼む。だけど、治ったのかサンディの魔法」
「あー……、見た方が早いよ。付いてきて」
サンディの頭上に炎狼の時と同じ、真っ白なモザイクが浮き出る。
なんだ、やっぱりまだ治ってないのか?
彼女が両手を一回、打ち鳴らした。一瞬にして人だかりや衛兵が静かになる。身じろぎ一つしない。まるで、時が止まったようだった。
「どけ」
サンディが一言命じれば、人混みはざっとロルフたちに道を開ける。みな目が虚ろで生気が感じられない。
あれ、どういうことだ? なんで命令が通じているんだろう。
ロルフは訝しがりながらも、サンディと一緒にそこを堂々と歩いて行き――
「開けろ」
二人の衛兵にサンディが命じれば、彼らの手によって門が開かれていった。
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