第8話「吠える炎狼」
「なんか見覚えがあるな……」
気になりロルフは女性? に近付いていく。一方でロルフは半ば確信していた。その服――真っ黒い、まるで喪服のような格好。とあるエルフのシスターが着ていたのに似ている。
さらに大きな胸と誰もが振り返る美貌。エルフ特有の尖った耳。そして、特徴的な桜色の瞳。しかし、思い出している人物と肌の色だけが違う。目の前の女性は日に焼けた褐色の肌だ。だから半信半疑にならざるを得ない。
「かはっ」
ルーシーによって傷ついている女性は、震える腕を地面に立てると、こちらを睨んだ。口からはドロッとした血液が流れた。端正な顔が憎悪に歪み、醜くなる。その様子に思わず、近付いていた足を止める。
女性が地面に立てていた手に力が入ったのが見えた。その瞬間、彼女はすでにロルフの懐に入り込んでいた。お腹に突進されたのは、かろうじて分かった。地面に叩き付けられ、視界が目まぐるしく変化し、自分が転がっていることに気付く。受け身もなにも取れなかった体は冗談のように吹っ飛ばされた。
「ぐあっ」
どこかの壁にぶつかり、背中が強烈な痛みを発した。危険信号を伝えてくる。
「痛ってぇ……」
他人事のように言葉が漏れる。だが、すぐにその痛みは無くなった。代わりに、じんじんとした痒みの様なものだけが背中に感じる。
「……なんなんだ、お前らぁっ!」
女性の叫び声がした。見ると、真っ暗な闇の中で煌々と燃え盛る炎。――声は、見回り前に話したばかりのエルフシスター、レイラだった。
「あー、うるさいっ、なぁっ」
しかし、そんなレイラの叫び声を無視して、ルーシーが竜の腕をもって再び殴り飛ばした。轟音とともに、レイラは教会の壁に叩き付けられる。
「ルーシーっ、やめろっ」
ロルフはなおも攻撃しようとするルーシーのもとに走って近付き、肩を掴んだ。華奢な体とは思えない程の力で引っ張られ、転びそうになりながらも彼女の前に回ってなんとか踏み止まる。
「むー、なんでー。あれ、まだ動いてるよー?」
「よく見ろ、あれはレイラだ」
息切れしながらもなんとか伝える。冷静なようで、微かに興奮しているルーシーはロルフの言葉で止まった。じっとレイラを見つめる。今まで殴っている相手をよく見ていなかったらしい。
「レイラー? んー? ……あ、本当だっ! でも、何で?」
「こっちが知りたい。それよりも攻撃するな。……サンディも攻撃するなよーっ」
ロルフは後方で見ていたサンディにも忠告する。彼女は特に返事をすることなく、じっとこちらを見つめてくる。魔法が使用できないようだが、彼女の手札は別にそれだけでは無いのだ。今は本当に見守っているのだろう。理由は不明だが、返事はない。でも、多分大丈夫だ。
「んー、分かった。ロルフが言うならやめてあげるっ」
ルーシーは片手で抱き付いてきた。竜の腕は引きずったままだ。だが、その腕が一瞬にして視界から掻き消える。遅れてロルフの背中で、なにかがぶつかった音が鳴り響いた。
「懲りないなぁ」
彼女がぼやいたことで、レイラがまた突っ込んできたことが伺えた。
「ぐあああっ」
「あんまり、お痛すると潰しちゃうよー」
「……ルーシー放してやれ」
「ええー、……もう、知らないよー」
ロルフはルーシーの手から離れて後ろを振り返る。
ぼっとと竜の手から落とされたレイラ。彼女はその炎を燃やし、両腕で自分を掻き抱きながらこちらを睨みつけてくる。
「神罰を下してやる、お前ら」
威勢はいいが、レイラは涙目だった。ここまで突っかかってくると、もはや子供にしか見えない。望まない結果に、ひたすらにだだをこねている。なにが、彼女をそこまでさせているのか分からない。
「……レイラ、だよな」
「だったら、なんだ。幻滅したか。これも私だ」
「いや、そうじゃないが――なんで、こんなことをしている?」
彼女はもう負けている。ルーシーの遊び相手にもなっていない。その気になれば赤子の手をひねるように、簡単に殺すことができるだろう。
そして、殺害したところで炎狼には討伐依頼が出ている以上罪には問われない。むしろ、賞賛されるだろう。よくやったと。
すなわち、素性がバレた以上、レイラの命は風前の灯なのだ。それは、レイラも見回りに加わっていたのだから十分に分かっているはずだ。逃げたり命を懇願するのならまだしも、なぜこちらに立ち向かうのだろう。死にたがりとしか思えない。
「こんなこと? ……ロルフ、お前、私のなにも知らないだろう」
炎が一際揺らめき、レイラを包む。それは彼女の叫びの様にも思えた。レイラが口を開けば、炎は彼女を守るように展開し、熱さを増す。自分自身を抱いている腕の力が強まっているような気がした。
ロルフは見ていられなかった。レイラが俯いて、こちらを見ていない隙に抱き締める。
業火がロルフをも包む。
「……なんのつもりだ」
レイラは体を固くしていた。
彼女が炎を纏ってるせいで、あちらこちらを焼かれる。肉の焼ける音と匂いが自分でも分かる。レイラは怯えていた。彼女の体が震えている。
「レイラ、苦しんでいるのなら話して欲しい。少なくとも話を聞くことは出来る。助けることだって、きっと」
「聞いたところでお前はなにも出来ないだろう。精々死なないだけだ」
「そうだ。俺は死なない。だから、苦しんでいればどんな所でも、状況でも、何度でも助けてやれる。なにせ、死なないんだからな」
足が、胴体が、顔が、髪が焼ける。痛みがないわけではない、生身で身を焼かれるのは言葉に出来ない。狂って叫びそうになるのを必死で抑えていた。熱さが残酷なほどまで覚悟を問うてきている。
――お前にそんなことは出来るのか、と。
「……いつでも、か?」
「もちろんだ。絶対に」
「……その言葉、本当か? 本当に来てくれるのか?」
「約束する」
腕を離し、レイラの肩を掴んで目を見て言う。レイラの心に届くように、しっかりと。
炎に包まれた褐色のレイラは、普段よりも子供のような顔をしていた。不安がっている、しかし、同時に助けを求めてもいる。
「いいだろう……。だが約束を破ったらぶっ殺す」
不穏なことを言い、レイラは獰猛な笑顔で笑っていた。本当に普段の彼女とは似ても似つかない。
レイラは不意に倒れ込んできた。ロルフは慌ててレイラの体を支える。
その瞬間、レイラの炎の耳と尻尾は消え失せ、褐色の肌はすーっと白へ戻っていく。見慣れているレイラの姿になっていった。すーすーと寝息の様なものが聞こえ、ロルフはレイラが意識を落としていることに気が付いた。
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