第6話「炎狼はいずこか」

 三人で外へ出ると、街は生ぬるい空気が充満していた。肌に纏わりつくような嫌な風まで感じる。化け物が出没するには相応しい夜だな、これは。すっかり日は落ち、街灯がぽつらぽつらとあたりを照らしている。あらかじめ言われていた担当の箇所に向かっていると、サンディが話し始めた。


「……ロルフ。言っておくけど、連携は取れないものだと思ってて。きっとルーシーも同じでしょ」


 軽く言ってのけるが、それはパーティーを組んでいるにも関わらず、協力しないということか。……この二人の仲の悪さというか、避け具合は知っているから、まぁ予想は付いていたが。


「そんな気はしてたよ。……はぁ、一応聞くが、この場限りで協力するというのも無理なのか、二人とも?」

「私は無理かなー。この女は嫌い」

「ふん。ロルフ、見ての通りだよ。協力するという方が無理だね。なら、いっそしない方が無難でしょ」


 ロルフの問いに、二人はあっさりと拒否を示してくる。こいつら……。


「じゃあ、なにか。一人で見回りするのか?」

「いや、そこは三人で見回ろう。他の参加者に突っかかれると面倒だし」

「うん、私も」


 そこは同じ意見なのか。案外、一つのきっかけで仲良くなりそうなもんだけどな、この二人。その世界線はないのだろうか。二人とも交流があるだけに、間に挟まるとやり辛い。


「分かった、分かった。じゃあ、見回り自体は三人で、遭遇したら各々勝手に、で」

「頼む」

「よろしくぅ~」


 もはやパーティーの意味ないと思うのだが……、いたしかたない。これも仕事だ。下手に組ませて余計な騒ぎは起こしたくない。

 その日は結局酔っぱらいをそこかしこに見かけただけで、特になにも起こらなかった。見回りの効果だろうか分からないが、被害は出なかったようだ。

 次の日もなにも起きなかった。

 ただ、昼間にレイラがふらっとギルドにやって来た。なんでも、また依頼を受けるらしい。

 教会の内部事情を詳しくは知らないが、レイラはこういうことが多かった。ふらっと立ち寄っては、いくつかの依頼を受け、こなし、報酬をもらう。毎日じゃないあたり、困った時だけなのだろう。だが、教会のシスターが冒険者よろしくお金を稼いでいるというのも不思議な話だ。

 レイラとの最近の話題といえば炎狼討伐の見回りのことなので、自然とパーティーの話になった。

 だから駄目元でレイラにパーティーの様子を相談してみたのだ。どうにかできないものか、と。

 レイラはシスターだけあって、親身に話を聞いてくれたが、同情されるだけで解決には至らなかった。心は軽くなったので効果はあったと思う。

 夜――再び会ったレイラが声を掛けてきた。

 ギルドの待合室、見回り時間前のため賑やかな中でレイラの憂う声がロルフを励ます。


「ロルフさん、……なんというか、頑張って下さい。協力できることがあればなんでもするので」

「あー、助かります。でも、なんでもは良くないですよ」

「なんでですか?」


 きょとんとするレイラにロルフは苦笑いするしかない。レイラって天然なところがあるんだよな。強いからいいものの、襲われないか心配だ。

 まあ、それはいい。それよりも、サンディとルーシーがなぜ仲が悪いのかくらいは知りたい。だが、二人とも頑固なので、まったく分からないのだ。


「レイラも知らないですか、あの二人の仲が悪い理由」

「いえ、私も詳しくは分かりません。知り合った時にはすでにあんな感じでしたので」


 そうなんだよなー、二人は結構前から知り合いみたいんだけどな。ん? そういえば、いつからなのかすら知らないな。


「ロルフさん」

「あっ、はい。なんでしょう」

「もしですよ。本当に炎狼に遭遇したら、どうしますか?」


 遭遇したら――そりゃあ、討伐に向けて攻撃するだろう。そのために参加しているのだから。

 まぁ協力を得られそうにないから、二人の攻撃を見ながらになるが。下手に介入したら、こっちが死にかねない。


「そりゃ、攻撃しますよ。討伐したいので」

「討伐、ですか……。実際、そんなこと可能なのでしょうか?」

「どうでしょう? 可能な限りってところじゃないですか。みんな」


 元々犯罪を犯していた者たちだって、弱い者ばかりじゃない。そうそう簡単には殺されないはずだ。それなのに、あっさり殺害されているあたり、強力な化け物なのは間違いなかった。


「そうですね。……ロルフさん気を付けて下さいね。同情してはダメですよ」


 同情? あの二人にだろうか? それとも被害者たちに?


「あの――」


 その時、ルーシーの大きな声が耳に入った。


「あっ、いましたっ」

「ごふっ」


 レイラに訊く前にルーシーが突進してきて、咳き込んだ。この突進癖はいい加減直して欲しい。毎回的確にお腹を殺しにきている。


「ごほっ、ごほっ。ルーシー、俺を見かけたら、所かまわず突進してくるのはやめろ」

「王冠野郎が外で待ってますよ、行きましょうっ」

「おいっ、話を――。はぁ、レイラまたな。行ってくる」

「はい。頑張って下さい」


 レイラはにこやかに手を振ってロルフたちを見送った。

 その後、王冠野郎ことサンディと合流し、また酔っぱらいを介抱する羽目になってしまった。この街、多すぎではないだろうか。

 そして――今夜。

 見回り三日目、参加者たちはやや慣れてきており、気が緩み始めているのが隠しきれていなかった。そのことに気付かないくらい、無意識に。

 だからだろう、まんまとやられてしまった。

 ロルフ、サンディ、ルーシーの三人が見回りから帰ってきてギルドに入ると、中はいつになく騒然としていた。受付前の待合椅子に人だかりができている。


「なんだ?」

「気になるね……」


 サンディがやや強張った表情で言う中、ルーシーがそこへ走り出した。


「おいルーシーっ、待てっ!」


 ルーシーの後を追い掛け、ロルフたちも人だかりを掻き分けて中に入っていく。


「捕まえ、た……」


 ようやく見つけたルーシーの肩を掴むと、その向こうには惨たらしい光景が広がっていた。ルーシーは微動だにしない。

 ――目の前には一人の男性が椅子に横たわっていた。

 酷い惨状。全身が黒焦げだ。防具は肌に張り付き、もはや原型をなしていない。焦げ臭いにおいがそこらに充満している。


「おい、なんだこれは」


 ロルフが言葉を失っている間に、追いついたサンディが近くの冒険者に詰め寄る。ルーシーは穴が空きそうなほど、負傷している男だったものを見ていた。


「殺されたんだ――炎狼に」


 サンディに詰められた冒険者の男が、呆然と呟く。どこでやられたのか、どうやって殺されたのか、そもそもなぜコイツが――訊きたいことは山ほどあった。

 ロルフもその冒険者に訊く。


「他の二人は? 三人一組のはずだろう?」

「殺された。殺されたんだ。なんなんだ、あれ」


 彼はぶつぶつと呟き始め、発する言葉が意味を成さなくなっていく。この様子、……近くで見ていたのか?


「いくら聞いても無駄だ。炎狼に殺された、それを繰り返すだけで話にならない」


 近くで聞いていたギルド職員が冷静に告げた。

 訊けば、この冒険者が横たわっている男をどうにか運んできたらしい。炎狼にやられた。悪魔だ。魔法も物理もなにも効かなかった。すべて炎に呑まれた。

 そう繰り返すだけだったらしい。

 どうなってる? 今までのルールだったら、こいつも元犯罪者ということになるが……。他の二人もか。


「ウオォォォォーーーーーーン」


 騒然としていたギルド内が、一瞬にして静寂に包まれる。夜闇に響く狼の遠吠え。野太く、聞くものを恐怖させる威圧的な声。


「ウオォォォォーーーーーーン」


 繰り返される。


「やめ、ろっ。アイツだっ!」


 それまでぶつぶつと呟くばかりだった冒険者が、途端に怯えだした。なにかを思い出している。頭の中で繰り返されている。


「ウオォォォォーーーーーーン」


 遠吠えは幾度も木霊する。怯えていた冒険者が喚きだし、自分の声でどうにか聞こえなくしていた。


「おいっ!」


 近くの冒険者が背後に向かって声を荒げた。後ろを振り返れば、争うようにサンディとルーシーがギルドを出るところだった。

 いつの間に。

 ロルフは思わず舌打ちして、二人を追い掛けた。


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