第258話 出立までの日々
思考加速の魔法はひと月ほどかかってようやく実用的な水準まで完成度を高めることができた。
そして色々と使ってみた思った。これはハッキリ言って、今までリアが開発した中で一番革新的な魔法だ。というのも、応用が利きすぎるのである。
まず単純に情報処理能力が上がる。剣の訓練でカイドさんと対峙している時もこの魔法を使えば、相手の動きから剣の軌道が予測するほどの余裕がうまれた。これがすごい。マジですごい。何度か痛い目をみつつのトライだったけれど、初めてカイドさんの剣を的確な角度で受けきったときは彼も目を丸くしていた。勿論全部カンペキに避けられるわけではないけれど。
そして次に魔力の節約。得た相手の情報から攻撃魔法に使用する必要魔力を導き出すのは勿論、そもそもの魔法の構造に思考加速を組み込むことで大幅なコスト改善が可能になった。今まではいちいち演算してられないという理由で、適当に振り分けていた魔力を今度はキチンと必要な量だけ送り込むのだ。リア曰く、今までが無駄過ぎたとのこと。
で、最後。これがなかなかに凄い。なんと、今までの素の演算能力だと使えなかった魔法が使えるようになったのだ。その代表が
(目標は勿論テレポートだよ! 目指せクラナねーちゃんの家!)
早く転移魔法を開発してクラナさんと一緒に暮らしたいらしい。
ただ、まだ完全なテレポートの実現にはまだまだ課題が多いのだ。例えば、渡す座標。アポートでは相対位置を用いて物体の転移ができる。しかし、目測で自分との位置関係が測れない場合はどうしようもないのが現実。一体魔女ステラはどうやってテレポートを実現したのだろうか。
(最後に聞いとけばよかったな)
(それはそうだけど、答えが最初から分かってもつまらないよ。それより今は試したいことが沢山あるんだから! 生体実験とか!)
(そ、そうか。ごめん)
今のリアは魔法の研究に費やす時間と材料が揃った最高潮の状態だ。出来ることがどんどん増えていくのが楽しくてしかたないんだろう。
そういえば、まだアポートを生き物で試したことが無かったんだっけ。
ただ他にも使ってみたい魔法がはある。例えば魔女が使っていた人の認知から外れる魔法も思考加速が必要な部類だ。そう考えると、半年の準備期間で終えられる気がしないな。
さて、話は変わってカイドさんによるドギツイ訓練が始まってからひと月。リアと旅にともに出るラプイルタの現状を見てみる。なんと警邏隊の中に数名の脱落者が出ても、朝の訓練所にラプイルタの姿があった。
今まで知らなかったのだが、彼女にはなかなか根性がある。どうやら彼女の中で訓練に耐えきることを今の目標にしているらしい。
正直イルタがガイリンまで行きたい理由を考えると、このモチベーションの高さは不思議だ。
「イルタ、どう? ちょっとは強くなれた?」
「……まだまだ。一度もカイドに剣を当てられたことがない」
安心してくれ。それはリアも一緒だ。
どれだけ彼の剣を避けられるようになっても、攻撃だけは当たらない。当たらないというか、完全に弾かれてしまい、その流れでバシッと行かれるのがパターンだ。
「あの人、手を抜かないから」
「当然。手を抜いたらわたしたち、強くなれない」
「そうだね。今の内あの強さに慣れておこう」
フォニに訓練をつけて貰った時もそうだった。あまりに強大な壁に慣れてしまうと、次に戦う相手が小さく思えてしまう。アレよりマシだよなーって感じ。
「あとイルタには旅の途中、いろいろなことを任せると思うから。道具の使い方とかお金の管理とかも覚えておいてね」
「わかった。獲物の解体とかはもともと得意。任せてほしい」
イルタには生活面の管理をすべて任せることにした。食事や寝床の準備、お金の管理まで、勿論リアがやった方が効率も良いし楽だとおもう。でも何か役割を与えてあげた方がきっと彼女も居心地がいいだろう。そう思って彼女には出発までに色々と勉強することをお願いしたのだった。
旅立ちに向けて、様々な準備が整っていく。この束の間の休息のような日々も、もうあと3か月。つまり半分を切った。休息というには辛い訓練も毎日あるし考えることも多いけれど、安心してベッドに入れるのはこの村を出てしまえばそうないことだ。今の内に堪能しておこうと思う。
出発までひと月。リアとしてはもういつでも出られるという状態だが、精神的にはやはりそうは言えない。
ズバリ言ってしまうと、エルさんやアトリ、スティアと別れるのが辛いのだ。何を今更、とは言わない。
この準備期間で彼女たちはただ何もせず暮らしていたわけではない。皆、それぞれルーナさんたちの助力の元、この村での生活の為に色々と村を駆け回っていた。
まずはエルさん。彼女は今、村の中央にある食堂でパートのようなことをしているらしい。それを聞いた時俺は「店員にあんな美人エルフがいたらお店は繁盛するだろうなー」とバカみたいなことを考えていたのだが、実はエルさん、ホールには出ず厨房で働いているのだそうだ。
パレタナでは料理好きの一面が垣間見えたが、職に選ぶほど好きだったとは……。
(ねぇ、ミナト、お母さんが働いてる食堂までこっそり行ってみない?)
(いやお前が親みたいになってんじゃん。んなもん堂々と行けばいいだろ)
別にエルさんは来るなとは言っていないからな。先方に迷惑さえかけなければ、胸張って行けばいい。
とりあえずリアはひとりで、村の中央にあるその食堂まで偵察に向かった。
『食事処くま』
大陸共通語でそんなニュアンスの店名が書かれた看板を見上げる。店自体は木造平屋の大きな建物だ。お金持ちが行くような気取った雰囲気もなく、いわゆる大衆食堂的な印象を受ける。
(くまってあの熊? え、アレがメインなの?)
(いや熊料理の店じゃないだろ。たぶん)
まだ俺とリアがソフマ山脈を彷徨っていた時、魔獣と化した熊を殺して食ったことがあった。……あれは食えたもんじゃかったな。もちろん俺たちの下処理が悪かったのもあるが、あまりに獣臭すぎた。アレが名物だとは到底思えないし、そもそも材料の供給が追っつかないと思う。
ま、入ってみればわかるさ。
意を決して、扉から中へと入る。チリンチリンと開き戸にぶら下がる鈴の音がなる。
「いらっしゃーい! おひとり?」
その音を合図に、店員らしき女性の声がすぐに飛んできた。
「ああ……なるほど」
そこでようやく俺たちはこの店の名前の由来に察しがついた。
エプロンを付けた若い女性の頭頂部にはふたつの丸い耳。なるほど、なるほど。確かに『くま』だ。
「なにか?」
「ああ、いや……ひとりです」
「はーい」
あんまりジロジロと耳や尻尾をみるのも失礼なので、そこで自分の興味を一旦断ち切った。
「こちらへどうぞ」
奥のカウンター席へ案内されながら、店内の込み具合を見てみる。昼食事のピークを過ぎた時間帯を狙ってきたので、客の姿はそれほど多くなかった。
(さて、お母さんは頑張ってるかな……?)
(いやだから親かよ)
(そんなこというけどさぁ……お母さんって、働くの初めてなんだよ? 気になるじゃん)
(うっ……それは確かに)
普通に論破されてしまった。確かにリアの家族は皆誰かに雇用されて働くという経験が今までなかった。そもそもエルフの里自体の社会性の無さもあって、しっかりやれているのかが気になる。
(もしお店の人に叱られて、裏で泣いちゃったりでもしたら私は……)
(うーん……)
ない、とも言いきれない。繰り返しになるが、エルさんは純人に捕まるまで、家族以外と接した経験がほとんどなかったのだ。もはや箱入りというレベルじゃない。下手すりゃスティアの方が社交性の面では上の可能性すらある。
「はーい、お茶どうぞ」
「どうも」
まあまだそうと決まったわけではない。ひとまずメシでも食った後にシレっと中を覗きに行こう。
「あの注文……」
「はいはい。今日の献立は青ヤマメの漬け焼きだよ」
「あっ、はい。それひとつ」
ところでこの大陸の飲食店事情をひとつ。
なんとこの大陸にはオーダーの概念のないお店がそれなりある。つまるところ、決まったメニューしか出さないのだ。だから今日この店で食べられるのは『青ヤマメの漬け焼き』一択。まあ食糧事情的にも食べられれば充分なところがあるので、外野知識であれこれ言うのは違うだろう。
とにかく今はなんとも美味そうな響きの魚料理を……って、しまった。魚料理が出るならアトリを連れてこればよかった。あの子、魚好きだもんな。
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