第113話 王の樹海
俺たちは再び『王の樹海』へと足を踏み入れた。
「おーい。あんまり奥まで行くなよ」
近くで警邏をしていた兵士は以前と全く同じ声を掛けてくるのだが、今回ばかりは彼の言う事は無視だ。
俺たちは地面へと等間隔に埋め込まれた標石を頼りに森の奥へと向かった。
森の中は昨日までと同様にレベルの高い森樹鬼が跋扈している。未到達の地点へたどり着くまでに十数体を倒す羽目になった。
お姉さん曰く、大森林は2日も走れば向こう側まで行ける距離だという。でもそれは恐らく魔物を倒す時間が計算に入っていないので、実際は4日ほどかかるのではないだろうか。
というか、今日明日はどうやって寝るんだ……?
まあ、しばらくは依頼で出ている冒険者の元に駆け付けるのが最優先だ。それまでは休む時間すら勿体ない。
身体強化をマシマシにして、移動の速度を上げる。
(標石を見失わないようにな)
(うん。ミナトは音の方お願いね)
俺は身体を動かすリアの代わりに、周囲の音の解析に集中する。
こうやって分担作業出来るのが俺たちの強みだ。リアの高性能な耳の力もあって、些細な環境の変化を一早く察知できていた。
……しかしこの森には本当、森樹鬼しかいないな。
魔物界のゴキさんこと小鬼すら見かけない。流石は海樹王の森と行った所か。
しばらくして、俺たちは段々と森の雰囲気が変わってきたことに気づく。
(あれ、これって家だよな?)
(だね。それで、これは井戸かな)
葛のような植物に覆われた何かを見つけた。シルエットや配置的に、これどう考えても誰かの家なんだよな。勿論、人は誰も住んでいないけれど。
その後も、家を突き破るようにして大きな木が生えていたり、倒木に石像が押し倒されていたり。そんなポストアポカリプス染みたオブジェクトは森の奥へと進むにつれて増えていく。
標石は幾つかの村を越え、そして街へと続く街道の面影を追うように設置されていた。もしかしなくても、ここが飲み込まれた都市、その残骸なのだろう。
その中でもひと際目立つのは、大きなお屋敷から飛び出るこれまた物凄く巨大な木だった。
(なにこれ、世界樹?)
リアがそう思うのも無理が無いほどにド迫力の木だ。
ちなみに和製ファンタジーにおいて世界樹といえばエルフだが、リアは俺の記憶を見るまで世界樹というものの概念すら知らなかった。
(多分そんな神聖なもんでもないと思うが……)
飲み込まれた街に圧倒された俺たちは、しばらく速度を落としてその様子を見て回った。
だが、そんな呑気な行動を咎めるかのように、急に事態が変化する。
リアの耳が微かな声を捉えたのだ。
『がって!──ききるから!──まって、マタク──だって!』
ひとつは女の声。ガラスを引っ掻くような高い声だ。
『ミヤ──でも──が』
次に野太い男の声。
見つけた。冒険者は近く……ではないけれど、確実にこの場所を進んだ先にいる。
(リア!)
(うん、すぐ行こう!)
リアの耳でギリギリ捉えられた声というのは、即ち対象まで結構な距離があるということ。聞いた感じ彼らは結構なピンチに陥っていると考えられる。急がねば。
リアは身体強化を全開にして標石を追う。
「邪魔!」
途中、何度も森樹鬼とエンカウントするが、コイツらに構っている時間はない。もう素材なんて気にせず当てやすい位置へ向けて魔法をブチかましていく。
そして、しばらくして……。
「右からまた新手だ! ヤバい、攻撃が追いつかねぇぞ!」
「だから、そんな荷物捨てなって!」
「いやでも依頼が……」
「依頼なんてもうどうでもいいよ! 街に戻るよ!」
近づくにつれてハッキリしていく声に、なんとなく聞き覚えがあった。
そして、ようやくその姿をこの目で確かめる。あーやっぱコイツらか。
「大丈夫!?」
「あ、あんたは!」
ピンク髪の女性がリアを見て目を見開いた。
そう、今回派遣されていた冒険者パーティとはスイで見かけた、姫パーティの事だったのだ。なんという偶然。
「ギルドの依頼で応援にきた」
「僕らを助けに!? ああ、女神さまは君だったのか──ぐふっ」
「さわんな」
今はそんなお約束してる場合じゃないんだが!?
「とにかく、私が魔物の相手をするから、あなたたちは体制を整えて」
「いや、しかし! 君のようなか弱い女性に守られるなんて」
「うるさい! いいから下がれ!」
パーティの中一人、ゴリマッチョな男を蹴飛ばして前線へ出るリア。
すると、彼らをマークしていた森樹鬼たちは一斉にリア目掛けて襲い掛かってきた。
何体いるんだこれ。少なくとも20は下らない。でも、リアがひとりで頑張ったあの『狂乱』に比べたら何てことはない。
「ひぃぃ! あんな数無理だって!」
「大丈夫、アイツらは皆あの子を狙ってる! 今の内に!」
「えっ、ミヤハ何を……」
何やら不穏な会話が後ろから聞こえてくるが、森樹鬼の対処でそれどころではなかった。
(あのピンク頭は何を?)
一瞬の隙を利用して、振り返る。すると──。
「アレっ!? いない!?」
パーティの姿は無くなっていた。大量の魔石をその場に残して。
だけど、聴覚はしっかりヤツらを捉えている。
『はぁっ……はぁっ……あの少女は大丈夫なのか!?』
『ひとりで応援に来るくらいだから大丈夫でしょ!? それよりもっと速度出して! 街まで飛ばすよ!』
『ミヤハが速すぎるんだって! こんな速く走れるなんて知らなかったよ!』
まさかの置き去り。
(って、それより魔石を回収しないと、どんどん寄ってくるぞ!)
(う、うん!)
リアは慌てて彼女等が置き去りにした魔石をマジックバッグに回収する。
が、少し遅かったようで。
(ヤバい。数がどんどん増えてる)
魔石に引き寄せられた森樹鬼たちがどんどん集まって来ていた。
(これ、魔力もつかな……)
(ブーストかけるわ。すまんけど、聴覚の方も頼む)
(うん、わかった。お願い)
カッコつけた言い方をしたが、要はいつもの魔力補給。俺の場合、恥ずかしながらエッチな思いをすれば魔力が増える。ならば、過去の思い出でもエッチだと感じれば当然魔力ブーストはかかる。ただ、毎回同じオカズだと飽きるように、魔力ブーストも内容が新鮮でないと得られるものは多くなかった。
……いや真剣な話だよ? 一応。
とりあえず、今はノインと寝た時の事を思い出している。うおおおおお! ……ってやっぱり微妙だな。
魔力は増えているけど、やっぱり過去の記憶だとそこまでブーストがかからない。
(大丈夫! なんとかいけそう!)
俺がアホなことをしている表で、リアは魔法辺りの木々をなぎ倒し、取り入れる日光を増やすことで魔力消費の少ない光魔法使えるようになっていた。
そして数十分の格闘の末、ようやく波は引いた。
(なんとかなったー!)
まだ魔力に余裕が残っていた。これも、リアの光魔法の腕のおかげだ。
(お疲れ。本当役に立てなくてすまん。改めてバカみたいな能力だな……)
(何言ってんのさ。ミナトのブーストのおかげで石撃人形にも勝てたんだよ?)
ああ確か、ブーストで増えた魔力を一気に流し込んで意識を上書きしたんだっけ。
あんな芸当は≪黄昏≫の魔力では不可能だ。なぜなら、石撃人形自体が≪黄昏≫の魔力を持っていたから。それを上回る魔力で上書きする必要があった。
ただ、これからそんなことをする必要が出てくるのだろうか、という疑問もある。
またあの石撃人形が出てくるとも考えられない。
(それよりこれからどうしよう)
リアは元来た道と進行方向と交互に見る。
そうだ、あのパーティは? そう思って耳を澄ませども、声はとっくに聞こえなくなっていた。
逃げ足はえーなおい。
そして、進行方向には打ち捨てられていた荷車があった。近寄って見てみると、中身は新しいもので、塩や鉄製品などの物資が積み込んであった。おそらくこれはあのパーティが隔絶集落へ移送するために運んでいたものだろう。
(ねぇ、これ私たちで集落まで届けてあげたほうが良くない?)
(え、でも俺たちの依頼はあの冒険者たちの応援だぞ?)
(冒険者への応援じゃなくて、移送作業に対しての応援だから。アイツらが放棄した分を私が完遂するだけだよ)
まあ、そうともいえるのか? 救援と言うよりも、増援てな感じで。
(もしかして跡を追うのが面倒になっただけじゃ)
(だって、アイツら勝手すぎるんだもん! 魔石置いて逃げ出したんだよ!? これ日本なら犯罪じゃん!)
日本に魔石遺棄罪は無いが、まあ状況的なことを考えると業務上ナントカ罪にはなるのか?
とにかくこの世界のギルドへ訴えたらそれなりの罰は下りそうだ。
(まあ、あんなヤツらのことはどうでもいいよ。今はこれを待ち望んでいる人に渡してあげたい)
殊勝なことを思いながら、リアは荷車をマジックバッグへと収納する。
(それに他人と行動するのってしんどいしね)
そして微妙に本音をちらつかせた。
またリアは標石を頼りに樹海の向こう側を目指すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます