第20話 ざまあヒロインと悪事Ⅳ
私は人通りの多い駅近くの大通りまでやってきた。
こんな所にやってきたのは、人込みに紛れた方が逃げられると思ったから。
最悪交番にも駆け込める。
その場合、捕まるのは私って可能性もゼロじゃないけれど。
通りは無数のカップルたちで賑わっていた。
いや普通にサラリーマンのおじさんとかも歩いているし、休日の繁華街だからこんなものなのかもしれないけれど、なぜかやたらと目に付く。
どいつもこいつも浮かれていて、楽しそう。
フン……!
ザコどもが……!
こっちの気も知らないで……!
本当なら、今頃私も内木とイチャラブしていたはずなのに……!
それがどうしてこんな目に遭っているのよ……!
今すぐこの場で爆弾を爆発させたかった。
幸せな連中を根こそぎブッコロしたい。
同時にお腹も空いてくる。
なんかチョコ食いてえ……!
食いたくねえけど食いてえ……!
食いてえ……!
金もねえ……!
そんな事を考えながら、私は歩く。
歩き続ける。
その時ふと私の目に、カップルの片割れの女の顔が留まった。
マジでブスい。
若いのはいいけど、シミソバカスだらけのゴミみたいな顔面レベルしてやがる。
それなのに、隣を歩く男は中々のイケメンだった。
ブスのくせにムカつく。
そうよ……!
この私と比べたら天と地ほども差が……!
そこまで考えた時、脳裏に先ほど撮られた自分の姿が浮かんだ。
差が……ないわね……。
私も私でみすぼらしいし……。
「べ……別に私がカワイくないわけじゃない……!
今一時的にブスなだけ。
私だって本気出せば、雪村たちくらい……!」
そこまで言って、言葉に詰まる。
その言葉がウソだから。
自分で言ってて分かる。
「……」
確かに私はブスじゃない。
毎日努力し続けてきた私だから、平均以上の見た目だって自覚はある。
じゃなきゃミスコン3位だって取れなかった。
容姿って人の好みが大きいけど、少なくとも『誰が見てもブス』とかって顔ではない。
普通に好きって言ってくれる人はいるはず。
だけど。
そんな程度のスペックでは、雪村たちには絶対に勝てない……!
これは明白だった。
まず顔面偏差値が違い過ぎる。
あの3人はマジでチート。
アプリで加工したみたいな顔してる。
それに、今の私にはお金も……パパの会社もないし。
内木から見たら、どう見えるんだろう。
私が内木だったら、顔で負けてお金もなくて将来性もない女なんて……選ばない……!?
「ああああああああ……!?
どうしてこんな事になっちゃったのよ……!?
私はいつだって、内木のために頑張ってきたのに……ッ!!!」
呟いた瞬間、ふと内木とのことを思い出す。
『私、アイスココア飲みたい♡』
『うわっ!?』
この間アイスココアを奢らせたときの光景。
何か違和感があった。
自分の言葉と矛盾しているような……。
……………………………………。
あれ……?
内木って、私と会う時いつもどんな顔してたっけ……?
なんかいつもイヤそうな顔ばかりしていたような……!?
それか……困った顔か……!
「い、いやあの時は奢らせたから……!
私と居て嬉しくないはずがないし……!」
私は必死に思い出そうとする。
私と一緒に居て、楽しそうにしている内木の顔を。
だけど、そんなものは幾ら思い返しても出てこなかった。
最近だけじゃない。
小学校からずっとだ。
内木はいつも暗い顔をしていた。
だから私もクソダサ陰キャなんて罵りまくっていたのだ。
アイツ。
私と一緒に居て、楽しかったことなんてあるのかな。
「ひ……ひょっとして内木の奴……!
私と一緒に居ても、たのしく、ない……!?」
まさかと思う。
否定したい気持ちが真夏の積乱雲並みに湧きおこるも、全く否定できない自分がいた。
それでも私は、楽しくないという事実を否定する。
これを認めてしまったら、私の人生が終わる。
そんな気がしたから。
全力で阻止する。
「そうよ……!
そんなはずない……!
だって私はいつだって内木の役に立とうとして……!?」
そこまで考えた所で、今度は別の出来事を思い出す。
『これ以上他人に迷惑かけるんじゃない!』
パパの声だ。
さっき怒られた時の奴。
私としては一ミリも迷惑なんて掛けてるつもりはなかった。
それは厳然たる事実。
だって、この私が声を掛けて上げてるんだから、それだけでも価値があるはずなのだ。
だからアイスココアぐらいは奢らせても、私というブガッティ(数億円以上する超高級車)クラスのハイスペ女と付き合えるという価値に対するリターンとしては当然過ぎるし、そもそも私は内木の役に立とうとしてるんだから、絶対許されるはず……!
「……許されるはず……なんだけど……!」
自信が無くなる。
だって今の私は、ぜんぜん魅力的じゃないし……!
私は立ち止って、すぐ横にあったビルのショーウィンドウを見つめた。
そこにはうっすら今の私の姿が映っている。
ボロボロのジャージ服を着た、化粧もしてないみすぼらしい女。
この姿を見て、ブガッティをイメージできる人間などこの地球上に居ないだろう。
むしろ牛乳拭きとったボロ雑巾とか、そういうのをイメージする。
「もしも……!
もしも、内木が許してくれてたとしたら……!?
だったら、なんで私はここにいるの……?
内木の部屋に居られたんじゃないの……?
なんでここに内木がいないの……?
私……1人ぼっちじゃない……ッ!!」
内木が居ない恐怖に体がガクガク震える。
さっきまであった怒りの感情は消えて、残っているのは1人ぼっちの寂しさだけだった。
急に地面が無くなったような気がして、私はその場に崩れ落ちた。
涙がポトポトと零れ落ちる。
そんなはずない……!
そんなはずないの……!
そんなはず、ないんだけど……!
でも……!
正直……内木にとっては迷惑だったんじゃないかって、そんな気しかしてこない……ッ!!
一度現状を認識してしまうと、もう自分にウソは吐けなかった。
いくら否定しても、私の本心が次から次へと真実を告げてくる。
自分の都合の良いように記憶を書き換えることすらできない。
「……私……間違ってたのね……」
認めたくなかった。
認めたく、なかったけれど。
認めざるを得ない。
今まで誰にも、いや内木にだけは迷惑掛けてないと思っていたんだけど、そんな事は無かったんだ。
私は内木にとって、ウザいだけの女だった……ッ!
その事実が猛烈に辛いッ……!!!
ショーウインドウのガラスに縋りつく。
もう涙も隠せなかった。
ゴミ……ッ!
内木にとって価値がない私なんて、ただのゴミ……ッ!
だって私……ッ!
内木に愛されるためだけに頑張ってきたのに……ッ!!
その内木から愛されないなんて、生きている価値ゼロ……ッ!
今すぐこの世から消えるべきゴミッ……!
生き物ですらない汚物……ッ!
私は泣いた。
泣くのを抑えられなかった。
道行く人たちの視線を背中に感じながら。
ブザマなことこの上ない。
だがそれも仕方がない。
私はブザマなんだもの。
「……ッ!
私、負けてる(・・・・)んだ……!
現在進行形で……!
いや、初めから勝負にすらなってない……!
このままじゃ内木はあの三人の誰かとくっ付く……!
それはもう恋愛の神さまが定めたレベルで決まっている……!
なぜなら私はザコだから……!」
そこまで呟いて、私は立ち上がる。
膝の上に手を突き、ショーウインドウの表面を拳で叩いて。
私の心に再びメラメラと怒りの炎が湧きおこる。
「それだけはだめ……ッ!
内木と付き合うのは私……!
何が何でもそれだけは、絶対に死守しなきゃいけない……!
だって……それが私の存在する意義だから……!
私の全ては内木と結ばれるためだけにある……ッ!!」
だったら!
今すぐなんとかしなくちゃ、いけない!
私は涙を拭いた。
そして考え始める。
落ち着け……!
考えろ……!
泣いても無駄だって事は、私はずっと知っている……!
そういう時は『泣くんじゃなくて立つ』んだってパパから教わっているから……!
だから私は小さいころから死に物狂いで頑張ってきた……!
今この瞬間も……!
「私は立つ……!
そして、勝つ……!
絶対に……!」
頂点に輝く月を睨み、私は覚悟を決める。
このブザマな私を受け入れる。
そして、どうすればここから逆転して内木と付き合えるかって、その事を真剣に考えるの。
じゃないと一生後悔することになる……!
まずは、私がいけなかった事を考えよう。
どこがいけなかったんだろう。
具体的には、私のどこが迷惑だったか。
私の何が間違っていたのか。
「…………。
やっぱり私がワガママばかり言ったことかしら。
さすがにちょっと調子に乗り過ぎよね……。
でも雪村たちだってワガママ言ってるじゃない。
突然デートしろとか弁当作るとか家にお邪魔するとか……」
そこまで考えた私は、今度は内木と雪村のことを思い返してみる。
すぐに浮かんだのは、この間の表参道デート。
パジャマ同然の格好で現れた内木に対して、雪村が言った言葉。
『カッコイイ』
アホの雪村にしては珍しく真顔で言うからそれもビックリしたんだけど、問題はその後の内木の反応。
『え!? え……! そそ、そうかな……?』
内木も珍しく喜んでいた。
ちょっぴり、いや完全に照れた顔を咄嗟に俯くことで隠し、縮こまっていたのだ。
私の知る限り、あんなに嬉しそうにしている内木は見たことがない。
だからあの時は雪村に嫉妬したんだけれど……。
今思うと完璧に内木の気持ちを捉えていたわね……。
もっと準備してくるはずだったのにゴメンっていう内木の気持ちを、完全にフォローした一言だったんだわ。
カッコイイなんて言葉も、誰からも言われたことなかっただろうし。
雪村のことだから、内木を堕とすための策略とかじゃないんだろうけれど……。
それでも本能的にアイツはできている。
心から内木を喜ばせることを。
そしてそれは、明星院や小金井も同じ。
そうか。
私とあの三人の間には、相手を喜ばせる、って部分での差があるんだわ。
見た目や身体能力とかのスペックの差もあるけれど、1番大きな差はそこ。
所謂『コミュニケーション能力』。
アイツら私よりスペック高いくせに、私よりはワガママ言ってないし、しかも言ったとしてもその後内木をめっちゃ喜ばせてるんだ。
つまり、アイツらは内木が喜ぶようなことをきちんとやってる。
困らせてばかりの私とは正反対に。
「……だったら私はもっと、内木が喜びそうなことを考えて行動しなくちゃいけないわね。
でもそのためにはどうしたらいいんだろ……」
そこまで考えて、私はふと周りを見る。
通行人が私を避けている。
さっきまで、普通に通りを歩いていた時はすぐ傍をすれ違っていたのに。
ひょっとして私、今こいつらに対して迷惑をかけている……?
そう思った。
刹那、私はある事に気付く。
「そうか……相手の事を考えるのか……!?」
それに気付いた瞬間、私の全身に電流が走る。
まるでそれまで人類が積み重ねてきた歴史が、まるごとひっくり返ったような革命的な発想だった。
まさか、相手の事を考える必要が、この私にあるなんて。
だがあるのだ。
なぜなら私は、現在進行形で負け犬だから。
現状のままでは、泣こうが喚こうが内木は盗られてしまう。
内木がどうやったら私のことを見直してくれるか。
それは、『内木がどうやったら喜ぶか』を常に考えて行動に移せばいい。
今までも私はそうしてきたつもりだったけれど、それは違った。
今までの私は、『私の中の内木』が、どう喜ぶかで判断してきた。
でも今からは違う。
ちゃんと内木を見よう。
そして、内木がイヤそうにしていたら、それはイヤなんだってちゃんと受け入れよう。
それだけ。
その上で、私が内木と結ばれるために、今何をするべきだろう。
「……たぶん問題になってくるのは、私が既に行ってしまった迷惑に対する責任問題ね。
1番はSNS。
この問題はきちんと解決しなければならない。
じゃないと内木はいつまで経っても私のことをいい女だとは認めてくれないと思うから。
スペック的にも、そういう不祥事抱えてる女とかリスクしかないし……。
むしろ自分の犯した罪をちゃんと償える女こそ、内木は求めるんじゃないかしら……」
正直この辺りは分からない。
だって、内木がどう思っているか、本人に聞いたわけではないから。
これもあくまで『私の中の内木』でしかない。
「でもそんなに間違ってない気はするわね。
だって、内木があからさまに私のことを避けだしたのはつい最近のことだし。
ちょっと前までは、イヤそうにはしてたけどなんだかんだ私に付き合ってくれていたわ」
ああ、その事は内木に感謝しないと。
ありがとうって、言いたい。
「…………………………………。
なぜかしら…………………………
急に恥ずかしくなってきたわ……」
内木のことを考えるといつも気持ちが揺れる。
ああ。
でも今思えば、私は内木に甘えていたわね。
だって、『内木なら私がどんなことをしても受け入れてくれる』って勝手に思い込んでたもの。
アイツも人間なんだから、そんなわけないのに。
で。
とりあえず、どうする?
まずは謝罪。
迷惑をかけた人たちに謝罪した上で、きちんと罪を償わないといけない。
もちろん相手の事を考えて、それを行う。
『謝るから許して』という気持ちではなくて、ただ行動として謝る。
なぜなら許せというのは私の都合でしかない。
その上で、相手の事を考えた行動をその場その場で取り続ける……ぐらいしか方法はないだろう。
それが誠意ってものだろうし、恐らくコミュニケーション能力を磨くことにも繋がると思うから……!
更には、それをしながら自分磨きも続ける。
今のままの自分じゃ勝てないことが分かっているから。
雪村も明星院も小金井にも負けない、最高のヒロインになるために。
「よし……ッ!」
私は涙を拭う。
もう涙は出てこない。
ここから勝利する。
雪村たちを出し抜いて、絶対に私が内木とゴールするんだ。
そのために死ぬ気で頑張る……ッ!
「よおおおおしッ!
もう二度と負けないんだから!!
見てなさいよ!!」
私は月に向かって吠えた。
「キミ、ちょっといいかな」
直後、近くを歩いていた警官に職務質問される。
なんで!?
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