揺蕩う決着、勝利を狙う男たち
砲撃戦の最初の犠牲者は都市連合艦隊の中から出たが、それは王国軍の優位を証明するものでは無かった。むしろ戦友の復讐心に猛った砲艦は、王国の大型艦の射程を探るような慎重さをかなぐり捨て、レイシン河の流れを利用して急速に間合いを詰めて砲撃を始めた。まるでコヨーテの群れがバイソンを狩るかのごとき
標的となった五隻も単なる浮島などではないことを証明しようと激烈な反撃を加え、レイシン河の水面は狙いを外した砲弾が上げる水柱でまるで間欠泉と化したかの様。
だが全体的に戦況は都市連合の優勢に傾いていた。前進しながら砲撃を繰り返す、ただでさえ少し小振りな砲艦は横腹を晒す王国軍の大型艦に比べて小さな的だったし、例え左右について狙いが定まったとしても、距離をどんどん詰めて来るために距離を測るのは容易ではない。二、三発砲弾を喰らって船体が傾きながらも打ち返していたレンデンマーニ号が火薬庫を破壊されて
撃沈された艦の乗組員のほとんどは、旗艦シューラリス号の
ここ100年程の王国と都市連合の戦いは殆ど砲撃戦に終始した為、各小型艦もこういった状況は慣れている。敵小型艦の列を越えて前進してきている砲艦の中でも、当座の敵を
「やべぇな…今回はさすがに…」
負け戦か、と続けようとしたサーマイヤーフは慌てて言葉を飲み込む。司令官がその言葉を口にする時、得てしてその予想は現実のものとなるものだ。オカルトじみたゲン担ぎだけでなく部下の士気を保つためにも、決して口にしてはいけない。苦境に有っても
「閣下、司令座乗艦を失った小型艦は個々の判断で砲艦を包囲しようとしています。通例であればそれで間違いではないでしょうが、今回は例の小型艦の突撃戦法が有ります」
「なるほど、優位に立てば判断力を取り戻す可能性があるってか。だが制止しようにも命令の出しようがねぇぜ」
「危険ですが砲撃戦にシューラリス号も加わりましょう。それで当面の戦力差は四対八で元に戻ります。意表を突くことでしょうし、一、二隻は沈めることができる筈です。敵のマッコミヤット砲に注意を怠ることはできませんが…」
「砲艦はそれでいいとして、小型艦の対処にはなってねぇぞ」
「予め当方の小型艦が集結しつつある、右翼に近いミルメラディオに、敵砲艦を六隻まで減らしたら急進するように伝えます。大型艦が砲撃戦から離れて前に出て来れば、緊急で隊の指揮を取る事は小型艦にも伝わるでしょう」
「なるほどな。賭けにはなるが…まぁ前に出るのも、敵旗艦をマッコミヤット砲の射程に捉えるためと考えれば一概に悪手とは言えまい。やるか」
「はい、ただミルメラディオが指揮権を得る前に再び小型艦が制圧され始めた場合は、残念ですが今回は…」
「わかっている。その時は小型艦は諦めて大型艦のみで撤退だ」
「申し訳ありません」
「今から謝ってるんじゃねぇ。景気の悪いツラ見せんな。俺たちはここから盛り返すんだぜ」
言葉だけでどうなる物でもないとは判っているが、敗戦を前提にした言葉を無視できずにサーマイヤーフが
「あちらはんも気張ってはるけど、どうやらこっちが一枚上手のようどすなぁ」
「当然です。それに砲艦が劣勢になっても、こちらはまだ大型艦を予備兵力として残しています。やはりヴィセングル兵は砲撃戦でこそ」
暗にお前の提言は机上の空論に過ぎなかった、とリーゼンバーグが告げると流石に気分を害したのか、ウンヒョウから返答がある。
「せやかてせっかく数年かけて練り上げた白兵戦用の兵士を遊ばせとくのも阿呆らしわぁ。ラインズマンはんが改めて命じたら、砲艦を囲もうとしとる敵艦を
「ふむ‥‥確かに放置するのは面白くない動きです。再び突撃させるとして…」
そこで言い
「それだけで済ますのも芸が無いな、と思いまして」
「それは当然やわ。勿論小型艦の
「魅力的な案ですが、
「兵士の勢い次第では乗り込ませても良いかもしれへんなぁ。ただ忘れとるみたいやけど、
「仰る通りですな。では小型艦に指示を伝えましょう」
大きく頷いたリーゼンバーグが少し離れ場所で控えていた‐彼らも得体の知れない雇われ軍師を嫌っている‐幕僚団を呼び寄せ、指示すると慌ただしく伝令の支度を調え始める。
「これで勝負あり、といきたいものですな」
「そうやなぁ。もっと準備に時間が取れたら、勢いをかってレミレイス言うたかしら、王国の港まで揚陸できるくらい数揃えられたんやけど」
欠伸をかみ殺しているかのように口元に手をやるウンヒョウを
都市連合の元々の作戦では小型艦は状況に関わらず
「シューラリスです!敵の旗艦が前に出てきました!」
思わぬ言葉にリーゼンバーグも窓の外に目をやると、確かに他の艦より一回り大きく、加えて王国の国旗と艦隊、そしてサーマイヤーフ個人の紋章が掲げられた
「数の不利を補うつもりか?」
「司令官、砲撃をシューラリスに集中させますか?他の艦に対して手を緩める危険は有りますが、旗艦を沈めてしまえばこの戦いは我らの勝利です」
「そうだな…いや待て、他の大型艦に当たる砲艦を一隻ずつ残して五隻をシューラリスに集中することはできるか?」
「直ちに検討します!」
「任せる。それと小型艦にはさっきの命令をそのまま遂行させる。そちらの準備は?」
「数が多いため、手間取っているようです」
「そうか」
都市連合艦隊旗艦は会戦の勝利、いや宿敵サーマイヤーフの命を手にするチャンスを前に色めき立ち、いつの間にか司令官の隣で傍観者のような風情を
艦橋をこっそり離れたウンヒョウは母国語でヴィセングルの船乗り達に対して毒づいていた。
「低能の猪武者どもめ、折角この俺が必勝の策を授けてやったのに中途半端な時期に激発しおって。これではあのお方に合わせる顔が無いわ」
戦場に有って興奮のあまり胴間声を交わす艦内に有っては、たとえ都市連合の公用語を使っていても気にも留められなかっただろう。なおも不満を漏らしながら、ウンヒョウはボートが係留されている甲板へ向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます