第4話 オリエントの不死尼僧
「――ぐすっ、もういいね……一時休戦だぉ……」
漸くに泣き止みながら、パーシバルがそう告げると、此方も漸くに血が止まった二人が判ったよと頷いた。
其れにしても彼等は頑丈である。傷の治りも異様に早い。普通の人間ならば即死していても、おかしくはないのだが。
彼等の身体能力は常人を遙かに凌駕する。
腕力、脚力、動体視力、瞬発力、持久力、耐久力、免疫力、回復力、其の他あらゆる身体機能は常人の二~三倍は有すると思われ、裂傷による出血や骨折でさえも数十分から数時間で完治する。流石に脳を損壊したり首を切断されたら死ぬのだが、寿命に措いては今の処、見当も付かないのである。そんな優れた身体を持つ彼等だが一つだけ身体的欠点が有った。
彼等『人造人間』には生殖能力が無いのである。性行為は出来るものの、無精子症なのである。しかしグラントンやパーシバルに云わせれば、不老長寿で子供を作りまくっていては何れ、人口爆発を起こしてしまうから細胞が生殖機能を制御しているのではないかとの見解をしているのだが、詳しい事は解らない様である。
此の事についてパーシバルは、プレイボーイを気取れて大変に宜しい、と公言して憚らない。何処迄も馬鹿な奴である。
「其れにしても、日本なんて極東の果てに行って何するつもりだよ。東洋の秘薬の類なら態々、現地に行かなくとも、幾らでも輸入で賄えるだろうに」
「いやいや、やっぱり現地に行って直接、確かめて見たい物も有るじゃない。科学者としてはさぁ」
「其れに今回は秘薬だけじゃあ無ぇべや。実際に不老長寿の人物に会いたいと思ってんだぁよぉ……未だ不確定だべがな」
俺達以外にも、不老長寿の人間が見つかったのかと尋ねると、其れを之から見つけようとしているのだとの事だった。
「聞いた事ない? 東洋の果ての国に住む、何百年も歳を取らない女の話」
そう聞いてベラミーは頷いた。何時だったか、何かのインチキ臭い書物で読んだ覚えがあったと――あれは確か希代の山師、カリオストロの書いた奇譚集だったかな? 其の他にも似た様な書物を幾つか読んだ記憶があるけれど、どれも胡散臭い物ばかりで、とても真実とは思えぬのだが……。
「其れって雅か、『オリエントの不死尼僧』の伝説の事を云ってんのか?」
二人揃って「其れ‼」と言い放った。
此奴等、本当に大丈夫かと真剣に心配してしまう。しかしフランケンシュタインの弟子達には、どんな胡散臭い物だろうと試してみたいのだろうか? 今迄にも何て馬鹿馬鹿しいと思う採取や実験を幾度となく繰り返してきたが、此処最近は特に眉唾な御伽話の類に迄、手を出す事が増えてきている気がする。
神を否定し、怪異を嘲笑い、森羅万象を向こうに回して近代科学の道を突き進むと云っていた博士の理念からは、どんどん遠ざかる様な気もするのだが。
そう云うと、そんな事は無い。未知の物を精査するのは科学の基本であると言い放ったが何処となく歯切れが悪く、自信無さ気な表情が二人からは読み取れる。
焦っているのだろう――博士の復活を目指してから既に百年近くも経ってしまっているのに、未だに人造人間作製の足掛かりさえ掴めずにいるのだから。
藁にも縋る心境なのかとポツリと呟いたら、「ローマは一日にして成らず‼」、「万里の道も一歩から‼」と大声で叫び返して来たが何か虚しく響いた。
「其れよりも先ず、此の壊れた家具類――片付けなきゃね」
「今日が休みで良かったべ」
こんな時には我々、人造人間は便利なのである。桁外れの馬鹿力で重たい荷物や塵等も、あっと云う間に片付けられるからだ。
未だ形の有る家具を更に粉々に壊して、塵屋の馬車を呼んで片付けさすと、パーシバルは馴染みの家具屋の旦那を休日なのに御構いなしに引っ張り出して、新しい家具を持って来さした。通常なら一~二日掛かる仕事も、半日で済むのである。
之こそ雅に人造人間の利点だなと云ったら、「そんな事で利点と思うな」と、二人して怒るのだが、自分としては此の程度で充分な気もするのだが――其れは云わずにおこう。
其れにしても、明日出社して来た社員達の反応は面白そうだ。いきなり応接室が、たった一日で大規模な模様替えをしている状況に、如何いう感想を述べるのだろうか。
ヴィクトル・フランケンシュタインは天才だった。恐らく人類史上一の大天才と云っても過言では無いだろう。しかし天才で有るが故に、其の性格は少し歪んでいた。
彼は異常な迄の秘密主義者なのであった。
己が研究の核たる部分は、例え実弟であろうと、一番信用のおける助手であろうとも決して其の秘事を明かさなかったのである。
ある意味、『博士』が脳だけに成ってしまったのは自業自得なのである。其れを云うと二人は怒るのだが、紛れもない事実である。
――あの日――『博士』自身への『人造人間』の手術を行う時にも、アンリとエルには施術の進行方法しか教えず、其の為に取り返しの付かない事態に陥ったのだ。
尤も、『博士』の身体が激しく損壊してしまったのは、余りに凄まじい落雷の為なのだが。
あの、とんでもない落雷の御陰で、『博士』の膨大な秘密研究資料が全て灰になってしまわなければ――もし、『博士』が二人に研究内容の全てを打ち明けてさえいれば――百年近くも世界中を放浪する事も無かっただろうに。
天才の秘密を解き明かすには――失われた謎を再構築するには――未だ未だ時間が掛かりそうである。
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