第2話 ワシントンDC首都警察警部 ジェイムス・ベラミー

 一八七七年、アメリカ合衆国。 


 ワシントンD・C首都警察に勤務しているジェイムス・ベラミー警部の元に、とある政府高官からの出頭命令が下ったのは厳しい寒さの最中、一二月初旬の事だった。

 随分と背が高い、六フィート八インチ位は有るだろう。青味掛った黒髪を耳が半分隠れる程度に伸ばし、少し眼球が斜視している事を気にしてか、薄い黒色掛った眼鏡を掛けている。パッと見では判らぬ程なのだが。しかし彼は目鼻立ちが整った美丈夫の為に斜視した眼も寧ろ独特の魅力と為っており、女性受けも良いのだが其の事に当人は気が付いていない。瀟洒な漆黒の背広に黒革の長靴、漆黒の二重回しを着込んだ其の姿は颯爽としている。

 彼は執務室に入ると、キッチリとした敬礼を翳して挨拶をした。


「失礼します。ジェイムス・ベラミー、御用命により出頭致しました」

「ああ、待っていたよベラミー君。まあ、其処の椅子にでも掛けたまえ」

「いえ、本官は此の侭で結構です。其れよりも何用でありますか? 又、KKK団絡みの事件でしょうか」


 此処最近、アメリカ全土で再びKKK団(白人至上主義を唱える過激派集団)の活動が活発化して来ており、其の規模は数百万人にも達しようとする勢いで、政府も手を焼いているのであった。

 ベラミー警部は、其の卓越した指揮能力と行動力で過激な活動家の検挙率が優秀なのである。


「いやいや、今回は奴等の事では無いのだよ。実はね――君、日本国へ行ってみないか?」


 唐突な提案にベラミーは思わず戸惑った。


「はっ? に、日本国へで――ありますか?」


 日本国と云えば最近迄、オランダとポルトガル、スペイン、其れに清国位としか交流を結んでいなかった極東の辺境国である。そして極、限られた程度にしか貿易も行っていなかったのだが、そんな日本が遂に全面的な国際交流に乗り出したのである。

 其れはアメリカ合衆国による、更なる極東地域開発の為の、かなり強引な開港要求であったのだが、政権に不満を持った知識階級の者達の手によって革命が起こり、遂に日本は新たなる政府の元で性急とも云える程の文明化を推し進め始めた。

 其の為に今、日本国では西洋式のあらゆる物事を取り入れようと、諸外国の知識人の来訪を多く募っているのである。


「君に発足したばかりの日本警察の指導員として、辣腕を奮ってもらおうと思った訳なのだよ。君は人種差別や他民族に関しての偏見等とは、無縁の思想の持主だからね……」

  

 そうゆう意味では、打って付けの人選なのだろう。しかし日本への出向は多額の報奨金が出るとの事で非常に人気が有り、優秀な能力を持つ者か、生半な伝手でも無いかぎりは其の役得に有り付けない筈なのだが。


「何故、一介の警部である私なぞに、其の様な大役を御命じになるのでありますか?」


 そう云うと、高官はしどろもどろに変な言い分を語り始めた。そして、何にしても良い話なのだから受けてくれないかと、哀願する様な眼差しで此の話を纏めようと必死になっている。


 ――ああ、脅されたな――。


 何となく見当は付いたので、日本への出向を承諾すると案の定、ホッとした顔で溜飲を下していた。


「ああ、そ、其れとだね――君と一緒の日程で私が懇意にしている実業家のグラントン君が、やはり日本に渡航する事になっているのだよ。君も確か、グラントン君の処に居るパーシバル君とは昵懇の仲だと云うじゃないか、是非ともに頼みたいのだがね……」


 想像通りの頼み事を云って来た。少々、ウンザリしながらも「心得ましょう」と云い放ち、執務室を後にした。



 街の中心部から少し外れた処に在る、四階建ての堅牢そうなビルヂング。

『グラントン商事』と書かれた看板を見上げながら、ベラミー警部は、チッと舌打ちをして裏手に廻り込んだ。そして裏口の扉を開くと其の侭、社長室の在る二階へと足早に登って行く。

 今日は日曜日なので従業員は居らず、社長秘書のチャールズ・パーシバルが一人、応接間の机に足を乗り上げて食事をしていた。


「随分と御行儀が悪いな、阿保秘書」


 いきなり罵倒されたにも関わらず、パーシバルは笑顔で「やあ、警部殿。君も食べる」と、新聞紙に包まれたフライドチキンを差し出した。

 線の細い男だ。背丈も五フィート六インチと、やや小柄である。金色の少し巻き毛の髪で襟足を肩まで伸ばし、何処となく女性的でもあり少年的でもある中性的な容姿を持つこの若者は、其の端整な見た目とは裏腹に、かなり個性的な性格の持ち主なのであった。

 自称、天才であり、変態でもある彼にとっては中途半端な悪口等は通じない。

あらゆる罵詈雑言も、優秀で稀有な美貌を持つ自分への妬みから来る皮肉の言葉で有ると勝手に解釈しているので、何を云われても蛙の面に小便という具合なのである。

 ベラミーも其れが解っているので、敢えて深くは突っ込まないのだ。


「御前ぇ一人か? グラントンは居ねぇの」

「社長は取引先の何処かの社長と、何処かのレストランで会食中だよぉ」

「御前ぇ一応、秘書だろう――ちゃんと誰と居るか位は把握しとけよ」

「だって僕、今日は御休みだもん。此処ん処、飛び込みの仕事が多くてねぇ……今日の会食もイキナリ決まったんだよぉ――社長の家に直に会いに来てさ」


 御前も一緒に住んで居るだろうと云うと、大した要件では無いので昼食がてら済ませてくると云い残して、社長一人で行っちゃったんだよと、余り興味無さそうに呟いた。


「まあ、でも何かしらの書類作成は遣らなきゃならないだろうから、こうして休日出勤してるのさ。如何、僕エライでしょ!」

「コッチも、偶の非番の日曜日に出頭命令くらって、いい迷惑被ってんだよ。何だよ、日本へ行けってのはよ」

「あっ‼ もう其の話、聞いたの」

「さっきな――どうせ御前等の指しがねだろう」


 そう云うとパーシバルは、「大当たり~‼」とハシャギながら、「でも、何で僕等の絵図だと解ったの?」と間抜けな質問をして来た。 

 何年、付き合ってると思ってんだ。御前等の遣る事なぞ御見通しだと叫ぶと、「君は中々、鋭いねぇ」と真面目な顔で褒めて来たので何だかムカッとした。

 因みに、あの政府高官を脅したネタと云うのが訊くに堪えない様な下品さであり、余計にムカムカして来た。


「何にしても極東の地、神秘の国ジパングだよ! 僕等が未だ見ぬ、色々なモノが有りそうじゃないか――さあ、やるよぉ‼」

「何をやるんだよ?」


 そんなの決まってるじゃないかと、今度はパーシバルが叫ぶと、不意に下階から少し訛った口調で同様の文句が聞こえてきた。


「何、惚けた事云ってるだ――おら達の目的は常に一つだべ」


 明かに怒気を含んだ様子で階段を上がって来たのは、グラントン商事の若き敏腕社長、エドモンド・グラントンである。

 随分と小柄な男だ。四フィート八インチといった処であろうか――ベラミーと比べれば大人と子供の身長差である。漆黒の強い直髪が針鼠の様にツンツンと立っており、厚い瞼に鷲っ鼻、おちょぼ口に尖った顎、何処か小悪魔を連想させる様な独特な容姿である。

 此の男、八年前に移住して以来、類稀なる商才で瞬く間に多額の財を築き上げ、今では若くしてアメリカでも指折りの資産家となっているのである。


 ベラミーは一つ溜息を吐いて、『博士』の事かと尋ねると「其の通り‼」と、二人揃っての答えが返って来た。

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