【34】民衆の前で全てを説明する

 俺は城を出るとイリカを誰にも見つからなさそうな建物の陰に隠しておくと、ヒョオゼを呼び出して再び騎士の姿に変わる。


「ヒョオゼ、イリカのことを頼むぞ。誰にもバレないようにしてくれ。あと、もしイリカが目を覚ましたら、自分がフェリガンの召喚魔だと説明してこれを見せるように、多分それだけで信じると思うから」


「かしこまりました。フェリガン様、お気をつけて」


「あぁ、よろしくな」


 俺はヒョオゼにイリカのことを任せると、巡回している適当な騎士を捕まえて民衆を広場に集めて欲しいと伝える。ただやはりすぐにそんな命令を信じることは無く、どこか俺のことを怪しんでいる様子であった。


 まぁ、こうなるよなぁ……。それじゃあ、さっそく使わせてもらうか。


 俺はこれはジョーダルからの命令だと切羽詰まった表情で伝える。その言葉を怪しんでいた騎士であったが、本当にジョーダルからの命令だと面倒なことになると考えたのか、民衆を集めることをどこか渋々といった感じで了承すると街の方へと歩いて行った。


「よしよし、上手くいったな。後は……、もう何人かに声をかけておくか」


 街の中を駆け巡り先程と同じことを数回繰り返したところで、人々が集まるのを広場で待った。そして、騎士たちの働きもあって民衆が続々と集まってくるの観察していると、ズリズリと何かが引きずられているかのような音が聞こえてきたため後ろを向く。


「お、やっと来たか」


 音の正体は召喚獣達であった。縄に繋がれたジョーダルとその部下達をラファインが引きずっているようで、残りの3体がその周囲を囲んでいる。


 そして、俺の近くまで歩いてくるとラファインが口にくわえていた縄をグイっと勢いよく引っ張る。その勢いによって騎士達の体は宙に浮き、放物線を描くかのように俺の目の前に落ちた。


「あー、疲れたぜ……。たくっ、何で俺がこんな面倒くさいことをしないといけねぇんだよ。お前らも手伝えよな」


「よいではないか、お主がわらわたちの中で一番力持ちじゃからついつい頼ってしまうのじゃ」


「そうだぞ、ラファイン。お前は本当に頼りになる」


「そ、そうか?」


「もちろんだ。それにお前は強いからないつも助かっているぞ」


「そ、それなら仕方ないな。もっと俺を頼ってくれてもいいぞ!!」


 この4体の関係は昔から変わらないなぁ、ラファインも素直というか馬鹿というか……。


 3体の口車に乗せられてラファインはよく面倒な仕事を押し付けられていたのを思い出した。そんな様子をほのぼのとした気持ちになりながら見ていると、ジョーダルが急に立ち上がって俺の前に立った。


「な、何をするつもりなのだ……!?」


 その顔には恐怖が伺える。歯をガチガチと鳴らし、膝も震わせて呼吸も荒い。


「何って……、まぁ、皆に事情を説明するんだよ」


「こ、殺すのか……?」


「……はぁ?」


「私をこ、殺すつもりなのだろう!! 民衆の前で無残にボロ雑巾かのように、惨めに残酷に殺すつもりなのだ!! そうに決まってる!!」


 ジョーダルは勝手に思い込んで、勝手に1人で盛り上がっている。実際の所、俺にジョーダルを殺すつもりはない。イリカのことを利用しようとしていたということに関しては少々腹立たしい部分があるが、流石に殺したくなるほど憎しみを持っているわけではないし、催眠なんかにかかったイリカにも悪いところがある。


「いやいや、別に殺すつもりなんか」


「嘘をつくな!! 殺されるんだ……。私は今日殺されてしまうんだ……」


 うずくまりガタガタと震えているジョーダル。最初に会ったときの落ち着いた雰囲気はどこへやら、今のジョーダルはとても騎士団長とは思えない。


 はぁ……、めんどくさいなぁ……。別に殺すつもりはないって何回も言ってるだろうに。


 これ以上構っていても時間の無駄になると考えた俺は、ジョーダルを無視して説明を始めることにした。


 集まった民衆からはどうして集められたのか、ジョーダルがどうして縛られてそこにいるのか、そして俺は誰なのかといったようなことをひそひそと話している内容が耳に入ってくる。そして、事情を知らない騎士達もこの状況が飲み込めないため、下手に動くこともできずにおろおろとしながらただただ立っているだけであった。


 うーん。このまま話しても駄目そうだなぁ……。あ、そうだ。


 心ここにあらずといった様子の者達の注意を引くために手のひらを空に向けると、最大出力の焔龍えんりゅうを放った。空高く昇っていく炎の龍を見た民衆、そして騎士達は茫然としており、先程まで騒がしかったのが嘘かのように静まり返っている。


「はい。静かになったので始めますね。えー、まずは――――」


 聞く準備ができた人々に向かって話し始める。その内容というのは、これまでの出来事とイリカについてのことであった。イリカがジョーダルに催眠をかけられていたこと、反乱にイリカが手を貸したのは本意ではないこと、イリカの知り合いとしてそのような状況は認められないため連れていくことを伝えた。


 そんな話を聞いた民衆の反応は明確に動揺している者、俺の話を怪しんでいるのか眉間にしわを寄せている者、いまいち状況を呑み込めていないのかポカーンと口を開けている者と様々である。そして、騎士達も恐らく事情を知っている者といない者がいるのであろう、怒りをあらわにする者、動揺している者、近くの兵士に詰め寄っている者とその反応はバラバラであった。


 まぁ、いきなりのことで全てを飲み込むことはできないだろうけど、嫌でも飲み込んでもらわないといけないからな。


 そんな民衆をよそに話を続ける。さっさと説明を終わらせて早くこの街を出たいのだ。


「これがこの国の現状です。こんなことにイリカは利用されたくないので、後は皆さんでどうにかこうにかやってください。イリカは俺が連れていくので」


 それを皮切りに民衆達から、イリカを連れていくな、この国をどうにかしろ、もっと詳しく説明しろなど色々な言葉を投げかけられるが知ったこっちゃない。


「あー、俺から話せることはもうないから、詳しくはこいつから聞いてくれ」


 そう言ってジョーダルを掴むと民衆の前に放り投げた。ガシャンという音と共に地面に激突したジョーダルは、うぅ……と呻きながらよろよろと立ち上がる。


「ほら、出番だ。皆に説明してあげろ。このためにお前を連れてきたんだからな」


 プルプルと震えているジョーダルは顔を上げたかと思うと、キッと俺のことを睨みつけて口を開いた。


「殺せ!!」


 その言葉を合図にどこからか軽装の兵士が2人現れて、それぞれの剣が交差するように俺の首をはねた。……かと思われたが、その刃は届くことなく。俺の頭が無くなるよりも先に襲ってきた2人の首が無くなったようだ。そして、その2人の首を跳ね飛ばしたのはサンルフとウォネークの2体だ。


 流石にこの2体をかいくぐって俺に攻撃を当てるほどの実力はなかったみたいだな。


 よくやったと2体の頭を撫でながらひとしきり褒め終えると、ジョーダルの方へと体を向ける。


「……ジョーダル」


 尻餅をついたジョーダルに近づく。


「ひっ……!!」


 酷くおびえている様子のジョーダルの肩に手を置く。ビクッと体を大きく揺れたジョーダルの耳元に口を近づけて、誰にも聞こえない様に今後のことに伝えた。


「分かった?」


「わ、分かりました……。だから、殺さないで……」


「うん。殺さないから、後は任せたよ」


 その言葉と共に手のひらに光の球を出現させると、それを思いっきり握りつぶした。次の瞬間、目を開けているのがやっとなほどの光が辺りを包む。混乱している民衆をよそに俺は召喚獣を連れて広場を後にして、イリカを回収するとそそくさと街を出るのであった。

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