3月5日(土)-②
ワークデスクすら端に寄せて、伽藍とした教室の中で、決闘のようにアリトと正面から向かい合う。
メティカは縦にしたデスクの裏に隠れてはいるが、アリトの立ち位置と直線上にあり、彼の守りを信じているのが理解できた。
「では、いきます」
「いつでもいいよ」
合図をして、自分の内側にある魔力に集中していく。
魔術とは、呪文を使った自己暗示によって、生物が持つ魔力を自分の想像する形へと作り変えるもの。個々人の持つ魔力は色が違い、その違いによって魔術の難易度は変わる。赤は炎、青は水といったような連想できるものが再現しやすく、そこから熱さなど、存在全てを再現するには、詠唱や補助、そして本人の想像力が必要となる。
私の魂の色は黒。黒は滅多に見られない色ではあるが、私はそこから煙や暗闇しか想像できず、直接的な攻撃には向かない。
私がそれをどうやって解決したのかというと、割と子供だましのような方法で、攻撃魔術を身につけていた。
幼い頃好きだった英雄伝。その英雄が使用していた、触れたものすべてを喰らう黒い槍。本がボロボロになるまで読んで、細部に至るまで想像できるようになったそれを、長い訓練の末に作り出せるようになったのだ。
もちろん伝記のそれを完璧に模倣できたわけではないが、私の槍は触れたものから魔力を吸収する。試し打ちをしていた時、うっかり穂先に触れた兄が魔力切れを起こして倒れてしまい、随分と驚いたものだ。
切れ味は並程度でしかないが、だとしても魔術師相手であれば、掠っただけでも必殺になりうる。
あんな啖呵を切ったのだ。ぜひとも教授には、私の魔術を見事防いでいただきたい。
「其は簒奪の獣。己が為財貨を積み、蟲と錆にて
伝記の一部を流用した呪文を終えると、私の右手に黒い靄に包まれた槍のような何かが現れる。かなり恥ずかしい語彙の数々ではあるが、これが伝記の原文であるため、そのまま持ってくるしかなかったのだ。
「
未だ慣れない恥ずかしさに耐えながら、それを槍投げの形に担ぎ、より強く、より速く、より正確に投げられるように強化魔術を唱えていく。ちなみに、私は身体強化が一番得意だ。
「いやはや。遠慮はいらないと言ったのはこっちだが、もう少し手心があってもいいと思うんだがね……」
アリトの顔は呆れたように引きつっているが、それでも笑みを浮かべている。その余裕を引っぺがしてやろうとやろうと、全力で引き絞った身体から自慢の魔槍を教授へ向けて放り投げた。
迫りくる槍を目にしてなお、アリトの笑みは崩れない。それどころか、安心したように目を閉じて、静かに呪文を口にする。
「波乗り地揺れ、
槍は道を塞ぐように現れた青い渦の中に突っ込んでいき、だが少し勢いが失われた程度で、止まることなく突き抜ける。突き抜けたその先にも、新たな渦が口を開けていて、さらに勢いが失われていく。
しかしそれだけでこの槍を止めるには明らかに距離が足りない。彼が居たはずの位置と私は、10mも離れていない。
渦の影響を受け少しずつズレていく槍を遠隔操作で修正しながら、三度、四度と渦を貫き、最後にはドスン、と鈍い音が聴こえる。
しまったと思い音のした方へ視線を向けると、そこにアリトはおらず、教室の床に突き刺さった槍が形を失い、靄に包まれて消えていくのみであった。
「言っておくけど、僕は移動していないよ」
聞こえてきた声に従い視線を右にずらすと、無傷で立つ教授と、その後ろで肯定するように頷くメティカの姿があった。
一体何をされたのだろう。槍が逸れていくのはわかっていたが、それに合わせて修正していたはずで、外れた理由が思いつかなかった。
ぐるぐる考えているうちに考えすぎたのか、少しだけ足がふらついてしまう。寄ってきたアリトに抱き止められ、彼の口がにこやかに弧を描いていることに気が付いた。
「申し訳ない、学生にかける魔術ではなかったね。気分は大丈夫かね?頭が痛いとか……」
「え、ええ。問題ありません。それよりも、一体何をなさったのですか?」
悔しさと成長の機会を天秤にかけ、悔しさをどこかに投げ捨てながら質問を投げると、学園の教師に違わない、的確な指導が飛んできた。
「なに、簡単なことだよ。渦を回転させて一点突破されないようにするのと同時、色を混ぜて船酔いのような症状を起こしたんだ」
トンボの目を回すのと一緒だと、フェルト先生は指をクルクルと回して見せた。
何かの本で読んだが、目の錯覚を使って描かれる、だまし絵というものと同じものだろうか。そう言われて思い返すと、確かに自然的な渦では見ない彩度の高い色が混ざっていた気がする。
どうやらそれによって私の認識が狂わされ、槍自体が逸らされると同時、私自身で間違った方向に操作してしまっていたようだ。
私も護衛として実力をつけてきたはずなのに。悔しさから思わず漏れた、どうしてという言葉には、アリトがいたずらが成功した子供のような笑みで返す。
「もしなんの小細工もなく真正面からぶつかれば、何もできずに破られていただろうね。だが、逸らすのもそれに気付かせないのも、工夫次第で可能なんだ」
才能があれば、そんな小細工をする必要もないんだろうが。と自嘲気味に笑う彼に、そんなことないと必死に賛美の言葉を並べるメティカ。体感で彼の実力が低いとは感じないが、恐らく杖を使うのも、それがなければ正確に魔術を使用できないからなのだろう。
三度目となる絆を読み取れる光景と共に、彼の自信が偽りでなかったことを再認識していると、優し気に声をかけられた。
「君はまだ若い。こういう応用もこれから学んでいけばいいさ。たまには僕の講義にも顔を出してくれればうれしいな」
「ありがとうございます、教授。その時はお世話になります」
二人ともその言葉にまた笑顔を浮かべて、紳士的にドアを開け、会場へと誘導してくれた。
「魔術試験はこれでおしまいだ。学力試験も頑張りなさい」
「はい。本日はありがとうございました」
担当してくれた二人に礼を言い笑顔で部屋を出ようとしたとき、背後から再び声をかけられる。
「それと、私たちも陛下から話を聞いている。困ったことがあれば、私かメティカに相談してくれたまえ」
こちらに視線を向けぬまま告げられたその言葉に、こちらも努めて反応しないように軽く会釈だけを返し部屋を出ていく。反面、私の心の内は、一緒に犠牲になる人間が出来たと、飛び跳ねたい気持ちでいっぱいだった。殿下と聖女の今日の様子を見るに、たくさんお世話になるだろうし、また今度貴族として挨拶に伺わねば。
そうしてスタッフの案内を受け、学力試験が行われる別の
「私の隣、次から教師が変わるらしいけど……」「なんでも試験官が倒れたとか……」
聞こえてきた内容を疑問に思って、その中の一人を捕まえて何かあったのかと聞くと、喜んで教えてくれた。
「あそこの白髪の子いるでしょ?あの子、試験官を倒しちゃったそうよ。確か特待生だったわよね?」
先生がボロボロにされるなんて怖いわ。と、なるほど。どうやら聖女がやらかしたらしい。というか、そんなにも目立つことをやって、あの子は存在を秘密にされていることを理解しているのだろうか。
ただまあ、その実力に間違いはないらしい。これで空気も読めるのであればこちらも助かるのだが。
なんてことを考えていると、今度は私が試験を行っていた隣の教室からすさまじい光が漏れ出した。その光が収まったと同時、中から弾かれたように教員らしき人物が出てくる。
「治癒士をすぐに!それとポーションの用意も!」
などと慌ただしく叫び、それにつられて他のスタッフも四方へ駆け始め、会場全体がにわかに騒がしくなった。
心配と呆れを半々に、近くに様子を見に行くと、教師らしき男性が担架で運び出され、そのあとを苦笑いを浮かべたサミュエル殿下が、スタッフに支えられた状態で続く。恐らく私と同じように本気でかかってこいと言われ、本当にすべてを賭けて魔術を使ったのだろう。
本当になぜ、こんな人間が勇者に選ばれてしまったのだろうか。早速アリト教授たちの助けが欲しくなり、思わずため息が漏れてしまった。
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